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 狼の姿をして二本足で立つ種族の名は、ルポラポル。好戦的で獰猛、怪力であり、鋭利な牙と爪も強力的だが、咆哮は壁をも破壊できると言われている。そう本に書いてあったことを、見下ろされながら思い出した。黄色い毛の先が緑色に色付いた狼は、三メートルは身長がありそう。下から見上げれば、より大きく見える。なにより、怖くて固まってしまった。野生のライオンの前に落ちたようなもの。


「……ああ、そうか。この姿を見るのは、初めてか」


 大きな口から零れた低い声は、間違いなくレムネーだ。この大きな狼が、レムネーだとわかり、恐怖が薄れて肩の力が抜ける。


「……ワォ」


 私が出せた声は、それだけだった。この国を旅していれば、様々な姿をした種族に会えると期待していたけれど、彼が初めてだ。人間の王が納めるこの国の住人である種族だけれど、普段は人間の姿でいる。人間そのものだ。他の種族も大半はそうしているらしいから、もしかしたら私はたくさんの種族とすれ違ったかもしれない。現に、仲間の中にいたのだから。

 目に焼き付けるように観察していたのに、顎に傷がある人間の顔に戻ってしまう。私を抱え上げると、軽々と木に登った。間もなくして、下をファメー達が通過する。やっぱり上を見ない。上が弱点なのは間違いないようだ。


「捕まったのに、よく逃げ出せましたね」

「姿を解放してロープをちぎった。……お前を一人にしたと知れば、捕まった先で救出されるまでメラマヴロにどやされそうだから」


 上を目指してよじ登りながら話すと、レムネーは嫌そうに顔を歪めた。レムネーのそんな顔は初めて見る。


「……メラはそんなことしないと思いますが」

「お前は知らないのか。殿下と崖から落ちた時も、身を投げてまでお前の元に行こうとして、止めることに苦労した」


 ジオスと崖から落ちたあと、そんなことがあったなんて初耳。メラマヴロならやりかねない。私と秘宝を守るためことが、メラマヴロの役目。身だって投げて駆け付けてしまいそう。

 秘宝と言えば、他の国の秘宝が盗まれていることを思い出す。城の襲撃は、エレクドラーロを狙っていたのかもしれない。結局聞き忘れてしまったけれど、あれ以来なにも起きていないから、私がぶら下げている秘宝が狙われることはないだろう。


「……この匂いはなんだ」


 レムネーから口を開いた。レムネーから話し掛けてくるなんて珍しい。そもそも、こんなに話すレムネーを初めて見た。


「フィイロ。ファメー達が使っているロープの元です。これを使って網を作っていたところなんです」


 頑丈そうな枝に腰を下ろして、私はまた網作りをする。すぐそばの木の枝にしゃがむレムネーは、口を閉じてしまった。普段の無口発揮。なんだか初対面の人と、いきなり二人っきりになってしまった気分。


「……巣の場所は、わかってますか?」


 コクリ、とレムネーが頷く。


「夕方まで待つべきですね」


 コクリ、とまたレムネーが頷く。


「……レムネーは、ルポラポルなんですか?」


 コクリ、とレムネーはまた頷いてみせるだけ。一人でいるより、気まずい。


「ルポラポルは、気性が荒いと本で読んだのですが、レムネーはそんな感じではないですね」

「……姿を解放すれば気性が荒いとは言われる」


 素顔を出す時、姿を解放すると呼ぶ。また会話が途切れてしまい、ぐりぐりと糸を伸ばすことに専念してしまおうか。


「……オレは大人しい方だと、よく言われる」


 レムネーが、ポツリと漏らす。


「だから、討伐の一員に選ばれた」


 好戦的で獰猛な種族、ルポラポルの中でも大人しい性格のレムネーだからこそ、魔物討伐一行に選ばれた。その怪力は心強い味方だ。私は納得して頷く。


「オレは一人で動けるが、協力することは苦手だ。作戦があるなら、お前の指示に従う」

「へ? あ、そうだったんですか……協力プレーは苦手だったんですね」

「レーガがオレに合わせているだけだった」


 よくレーガとレムネーが協力して戦っているけれど、レーガが上手くコンボを決めていたんだ。流石はリーダー。主人公肌さん。レーガあっての一行だ。


「……では、主役をお願いしますね」


 作戦を委ねられた私は、にっこりと笑いかける。仲間を救う物語を描き、主役のレムネーに実現してもらう。本当は救出する様子を全体を傍観したいけれど、生きるか死ぬかだ。私も協力をする。


「先ずは皆が運ばれた巣の状態を教えてくれませんか?」

「……直接見たらどうだ」

「……はい」


 言葉で説明できないと、レムネーに拒否されてしまった。直接見に行こう。


「また姿を解放してもらえますか? 咆哮で全ファメーの注目を集めてほしいのですが」


 レムネーは頷いた。さっきのような咆哮なら、一発で注目が集まる。小さくとも、多勢で強敵なファメーに狙われてもらう。いくら姿を解放して更に怪力を発揮できても、またもや捕まる。


「この網で一部を釣り上げるので、エレクと大暴れします。その隙に私がポル達のロープを切ります。ポルの遠距離魔法で攻撃してもらう時には、エレクと離脱してもらいます。それで皆で逃げましょう」

「……」


 レムネーが頷かない。少し考えているように、他所を向いた。口を開くまで時間がかかるみたいだから、私は網作りを続ける。


「ジオス」

「ん?」

「最初にロープを切るべきは、ジオスだ」


 ポルではなくジオスと言うから、首を傾げた。ポルより、ジオスの魔法が効果的という意味か。水の魔法は、確かに多くの敵に攻撃を放つことも出来る。でもそういう魔法は、ポルの方が強力のはず。私が知らないだけで、ジオスにはこの状況を解決できる魔法を持っているのかも。


「わかりました。ジオスを最初、ですね」


 ジオスの次はポルを優先に、皆を自由にする。素早く、行動しなければ。レムネーとエレクドラーロも、長くは持たない。


「巣を確認したいので、案内してください」

「……」


 レムネーが腕を伸ばしてきたので、私は手を掴もうとした。ぐいっと引っ張られたかと思えば、また抱えられる。そのまま、レムネーは軽々と枝から枝へと飛び移った。葉や小枝が落ちると、ファメー達が反応して下を通過する。やっぱり、上を向かない。獲物が見付からず、巣に戻った。最初から上を通れば捕まらなかったな。馬は必要だから、上を通る手段は無理か。

 ファメーの巣は、小枝で作られたドーム状。ここも木々に囲まれて、巨大なドラゴンは召喚しても身動きできなさそう。でも、網を張るには最適だ。巣に戻るファメーは、ざっと二十匹は確認できた。もぞもぞと動き回るファメー達は、まだ獲物を探し回っているみたい。他は巣の入り口でロープを作っているようだった。鉤爪を擦り合わせたあと、ロープとロープをくっつけて干している。面白い生態だと眺めた。上から見ると、頭は長方形で目が見えない。上に注意がいかないのは頭の形のせいか。頭蓋骨も長方形なのだろうか。

 気になって頭蓋骨を想像してしまったけれど、一旦離れて網作りをした。時間はたっぷりあるから、余裕で仕上げる。ナイフでも切れない頑丈な網の出来上がり。あまり物語や報告について考えないようにしたけれど、夕方まで時間があって、ついつい考えてしまう。時間が余りすぎたから、余分なフィイロの糸で他の道具を作る。スカートを破って、不格好だが手袋を作った。と言っても布を手に当てて糸を絡めただけ。糸の端に石ころをつけた。オモリだ。右手と左手に一本ずつ。枝や幹に投げて巻き付ける練習をした。それから、また狩人の森に入った経緯。森の中の緊迫。あっという間の襲撃。順番に思い出していくと、あることに今更気付く。


「レムネー……」


 こんな時まで仮眠をとっていたレムネーを呼べば、目を開いた。


「……さっき、ジオスのことを殿下って言わなかった?」


 殿下と崖から落ちた。レムネーは確かに言っていたはず。すぐにジオスの顔が浮かんだから、さっきは聞き流してしまったけれど。

「言った」と、レムネーは短く告げる。


「……ジオスは……王子なの?」


 頭が理解できないまま、質問だけが口から出た。レムネーは頷く。


「……えっ? アルートゥリア陛下のご子息なの?」

「……違う。別の国だ」


 レムネーは、少し怪訝にしかめた。そうだ。王様は昔息子を亡くし、後継者は甥だ。王様の甥でもない。人間の王が納めている国は、ここだけ。別の国というと……。


「……ジオスも人間じゃないの?」

「……」


 他の種族の王族だということ。レムネーと同じく、別の姿を持っている。レムネーから返答はなかったけれど、私はそうだとわかった。崖の下でジオスは、自分は人間ではない口振りだったんだ。怪我で朦朧として微塵も気に留めてなかった。


「ジオスは本物の王子なの?」


 比喩ではなく、正真正銘の優美な王子様。身形も、仕草も、微笑も、優雅なジオスが王子様。


「え、王子様なの?」


 執拗に聞き返す私に、レムネーは面倒だと思ってしまったのか。なにも答えてはくれなかった。




20150827

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