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魔物討伐一行の旅に加わってから、五十日。ジオスが、他の二人と合流することを提案した。ポルとロサが真っ先に反対の声を上げる。
「なんで!? 別々に行動するって決めたじゃない!」
「反対よ!」
レーガだけは、苦笑を溢す。レムネーは相も変わらず、会話に入ろうとはせず、ただ聞いているだけ。私もメラマヴロも、黙って見守る。
「理由はラメリーです」
「えっ!?」
ジオスが残りの二人と合流する提案を決めた理由を話したから、私は驚いて震え上がった。私はなにも言っていないと思うのだけれど。
「ラメリーなら、彼らを懐柔できるかもしれません。陛下もそろそろ彼らの様子を知りたいはずです。一度、合流した方がいいでしょう」
「……ああ、ラメリーなら」
「ラメリーなら……いけるかしら」
ジオスの考えを聞き、ポルとロサは納得した様子で私を見る。レーガ以外と距離を置いていたジオスが、私をきっかけに仲間に気を許し始めた。だから残りの二人も、私をきっかけに仲間になれるかもしれない、という話。ちょっと私を買い被りすぎだ。
「え? そ、そんな懐柔って……まるで猛獣みたいな言い方……」
冗談にしてはピリ辛だと苦笑をすると、何故かジオスとポルとロサがレムネーに目を向けた。視線を追いかけた私とレムネーは目を合わせると、首を傾げる。私も曖昧な笑みで首を傾げた。
「仲良くなれるなら、いいんだけどな。オレも説得出来なかったし、ラメリーから試してみてくれるか?」
「レーガに無理だったなら、私が試しても無駄だと思うんだけれど」
レーガが笑いかけてきたけれど、私は困ってしまう。仲間を冒険に誘う主人公タイプのレーガの説得が、通用しない猛獣。私はそんな質じゃない。
「陛下のためにも、一度は会うべきです。報告してください」
「……はい」
ジオスはにこりと笑う。報告は私の義務だ。それだけでも会う理由になる。私は頷いておいた。
ジオス曰く、例の二人は東南を進んでいるらしい。こちらが急げば合流できる可能性は高いそうだ。ただ、問題が一つある。砂漠にも思える暑い荒野の次に、聳える森。森というよりジャングルのように高い木々が並び鬱蒼としている。その名は、狩人の森。エクドラの二章で登場させた森だから、少しは調べてある。見てみたいとも思っていた。中に入りたいとは思ってなかったけれど。
「確か、危険な森だよね。ファメーという狩りをする生き物の縄張り……。集団で襲いかかり、捕まったら最後、生きたまま食べられてしまうんだよね。小さくとも、人間や大きな生き物を狙う……」
「おや。勤勉ですね」
白馬に乗るジオスが私を振り返って微笑んだ。相変わらずのうっとりしてしまう王子様のような微笑だけれど、捕まったら生きたまま食べるような猛獣がいる森に入るから、私は上手く笑い返せない。そんな私の顔を見て、横のレーガは笑う。
「出来るなら避けたいが、突っ切らないと合流できないからな。入るしかない」
「森を避けて通ると、四日はかかります。"クロロ"は恐らく森を避けて、この向こうにある街に行ったはずです」
森を見据えるジオスが口にした名前に反応をする。
「クロロって、名前なの? 一人は」
「……いえ。二人を合わせて、"クロロ"です。通称、クロロ」
「……ふぅん」
ジオスは目を合わせないまま言うし、ポル達はまた嫌そうな表情をしたから、詳しくは聞かないことにした。クロロ。なんだか可愛い響きに思えるのに。二人合わせて、クロロと呼ばれるほど親しい仲なのだろうか。
「ファメーに見付からないようにゆっくり進みましょう。誰も口を開かないように」
「見付からないで済む可能性は?」
「……五分五分です」
ポルに答えると、ジオスは続けた。
「見付かった場合の対処法は、とにかく"逃げる"です。ファメーは捕まえることに長けた生き物です。幸いなことにすぐに殺されることはありません。捕まれば巣に運ばれ、夕方頃に食されます。彼らが一番油断していると言えますので、襲われたら逃げてください。逃れた者が夕方に襲撃を仕掛けて、捕まった仲間の救出をするのです。誰か一人でも逃げ切ってください。いいですね?」
念を押すジオスの真面目な顔を見つめながら、息を飲む。スリリングだ。エクドラの二章では、何事もなく通り過ぎたシーンを書いたけれど、実際はどうなるかがわからない。襲われれば、敵わない相手。狩人の狩り場に足を踏み入れる兎も同然だ。恐ろしい。
「あたしは無理。助ける自信がないから、いざって時は囮になるから助けて」
治癒専門のロサが潔く手を上げる。じゃあ私も、と手を上げようとしたら、同じ馬に乗っているメラマヴロに手を掴まれてしまった。
「ラメリーも、逃げてください」
「え? 私は戦力にならないかと」
「エレクドラーロが救出の手助けとなります。ともに逃げましょう」
メラマヴロは私が捕まることに反対しているに違いない。でも確かに、エレクドラーロが私の戦力だ。それがいいのかも。
「ラメリーは、エレクドラーロと知識で救出をしてください」
ジオスが私に向かって微笑んでくれた。物語のために調べて得た知識、か。ジオスの笑みには、すぐ照れてしまって参る。本当に優雅でかっこよすぎる人だ。
「ロサも深傷を負わされないように抵抗せずに捕まった方がいいですね」
「捕まったら口を塞がれるんだっけか? ポルも逃げた方がいいな」
「最悪、あたし一人が捕まって皆が救出する展開がいいわね」
ロサは自嘲を漏らす。逃げられるなら、それが一番。呪文を唱えられないように口を塞がれるから、捕まったらなにも出来ない。大事な戦力であるポルも逃げるに徹する。
「俊敏なレーガは先に逃げてしまってください。僕とレムネーとメラマヴロで、凪ぎ払ってから逃げましょう」
逃げる隙を作るため。作戦を理解したと、全員が頷いた。いざ、恐ろしい狩人の森へ。誰もが口を閉じる。馬で静かにゆっくりと、鬱蒼とした森を進む。森の中も、暑い。五メートルはありそうな木々の隙間から、眩しい陽射しが射し込むと全体的にペリドットの景色。どっしりした木も、ほっそりした木も、苔を生やしている。垂れ下がる扇のような葉も、蔦も、ペリドット色。遠くで高らかな声を上げる鳥の歌が聞こえ、穏やかな熱帯雨林に見えた。そう悠長に観察しているのは私だけ。潜んでいるかもしれない狩人を警戒して、レーガ達は周りを見張っていた。掻き分けながから進む馬達は歩きづらそうだけれど、止まらずに進まなくてはいけない。十二時間ほどかかるから、それまで緊張と恐怖に耐えなければならない。
この緊張感、二章に付け加えよう。そしてこの森の描写も。隅々まで眺めていると、馬達の様子に異変が現れた。怯えて足を止め始める。一同は、見付かってしまったと理解した。
メラマヴロ達は剣を抜くと、左右の茂みからカサカサと蠢く音が接近してくる。私とメラマヴロに飛び掛かったファメーは、三匹。猫並みの小ささだけれど、姿は恐竜のよう。メラマヴロが盾にした剣に乗ったファメーを間近で見た。固そうな皮膚はダークブラウン。後ろ足は逞しく、黒い爪がある。前足は短いが、爪は鉤爪のように大きい。長方形の頭をしていて、ギョロっとした目は黄色。メラマヴロを見ていた。鉤爪には白いロープらしいものがあり、それが振られるとメラマヴロの口に当てられる。呪文を唱えさせないためだ。塞がれる前に、メラマヴロは凪ぎ払う。でも他のファメーが、メラマヴロとカルディに引っ付いた。他にも小さな狩人が飛び回って白いロープを舞い上がらせる。
「レムネー!!」
「!?」
メラマヴロが私の腰を抱え上げたかと思えば、後ろにいたレムネーに私を投げ渡した。ファメーを振り払ったレムネーは、咄嗟に受け止めてくれる。メラマヴロは。メラマヴロは捕まってしまった。カルディごとメラマヴロは地面に捩じ伏せられたかと思えば、茂みの中へと引きずり込まれてしまう。たった三匹の小さなファメーが、颯爽と連れ去ってしまった。メラマヴロだけじゃない。前方にいたポルとロサも馬もろとも消えている。レーガとジオスまで、茂みに引きずり込まれてしまった。誰も、逃げられていない。私とレムネーを捕まえようと、四匹のファメーが飛び掛かる。逃げようとレムネーは馬を走らせようとしたけれど、馬では逃げ切れない。白いロープに絡まれる前に、レムネーは私を担いだまま馬から飛び降りた。地面を転がり込めば、また別のファメーが飛び掛かる。
だめだ。逃げられない。皆が捕まってしまったら、全滅だ。皆が、死んでしまう。せめて、レムネーだけは逃がそうと、エレクドラーロを召喚しようとしたその時。
「投げるぞっ!」
身体が浮いたかと思いきや、レムネーに空に向かって投げられた。エレクドラーロの背に乗って空を飛んだ時に感じた恐怖に悲鳴すら出ない。ぶつかるように、どっしりした木に掴まった。下は三メートルはありそう。固まってしまったけれど、馬の悲鳴を聞いてレムネーを振り返った。四匹がかりで、馬とレムネーが連れ去られていく。あの、怪力のレムネーまでも、ねじ伏せられるなんて。
ファメー達は、いなくなる。私なんて眼中にないみたいに、行ってしまった。長方形の頭は、上を向けないのかもしれない。弱点か。なんて頭の中で分析しつつ、私は泣きそうになる。一番最悪な展開だ。
ここは主人公が一人になっても、仲間を救出する場面だろう。何故、私。何故一番の役立たずの私。捕まった仲間を救出する場面を、間近で見たかったのに、何故私一人。私も、囚われたい。
苔まみれの木にしがみながら、脳内でめそめそする。でも仲間の命の危機だ。そんなこと考えている場合ではない。これだから、私は主役に相応しくない。書くことばかり。今は仲間を救う主役に徹しなければならない。
深呼吸をして、切り替える。私の武器は、エレクドラーロとナイフのみ。エレクドラーロを出したところで、木のせいで身動きが取れないかもしれない。ファメー達も、巨大なドラゴンを容易く捕まえられてしまう。夕方になる前までには、巣を見付けないと。地上だと、私まで捕まる。だから木から木へと移動した方がいい。落ちずに移動する自信はないけれど。
ファメーが来て、皆を連れ去った方角を見ていたら、ジオスの言葉を思い出した。エレクドラーロと知識で救ってほしい。知識、か。この森に関して、本から得た知識を掘り出してみる。
ファメーが振り回した白いロープの正体に気付いた。あれは植物だ。フィイロ。一番大きな扇型の植物で、内側はまるで蜘蛛の糸の塊。こねて伸ばして束ねたものは、あんな風にロープ状になる。ラッコが石で貝を割るどころじゃない、高い知能だ。恐ろしい。フィイロは植物らしく火に弱いけれど、私は火を持たない。レーガ達を拘束するロープは、私のナイフで切ろう。
巣のある場所次第だけれど、エレクドラーロに囮になってもらい、その隙に皆を救い出す。こんな安直な作戦では心細い。他に手はないかと考えてみた。
鳥が一羽、向かいの木の枝に泊まる。エメラルド色の姿。一部他の羽根より長い羽根は、サファイア色。この森に住む美しい鳥、カルタヴィ。さっき聴こえた鳴き声は、この子達だろう。今更私に気付いたカルタヴィは、驚いて飛び去ろうとする。でも蔦に羽根が引っ掛かり、危うく落ちるところだった。ちゃんと、飛び去っていく。
それを見て、思い付く。フィイロはロープ並みに束ねずとも頑丈だと、本に書いてあった。森の中心部辺りに巣があるから、大体二三時間進めば見付けられる。夕方までは七時間といったところだろうか。それまで、武器を作ろう。武器というより、罠だ。
先ずはフィイロを見付けなきゃ。手が届く場所には扇形の植物は見付からない。隣の木の枝に飛び移り、探した。低い位置にある枝から届くフィイロをなんとか見付けて、ナイフで切り取る。腰に巻き付けたスカートを外して、それをかご代わりにした。どれくらい必要かはわからないけれど、三枚で十分かもしれない。フィイロの三十センチの茎を一つへし折り、ナイフを差し込んで皮を削ぐ。中の維管束こそが頑丈な糸になる。両手でこねるように回していけば、粘土のように伸びていく。手は絞り出された液まみれになるけれど、これぐらい我慢できる。太さを一ミリに目指すと、目視しずらいほど透明になった。ふわりと舞い上がるくせに、引きちぎれないほど頑丈だ。結構簡単だと、右足を揺らしながら糸を作る。網状に編み込んだものを、巣の周囲に垂らしてから地上にエレクドラーロを召喚。そうすれば、エレクドラーロに飛び掛かったファメー達は、網にかかる。全員とはいかないだろうけれど、残りはエレクドラーロに踏み潰してもらおう。これなら、皆を救う時間稼ぎも出来る。私ってば頭いい。
自画自賛している間に、茂みを駆け巡る音が近付いてきた。またファメーか。この低い位置にある枝にいては捕まるかもしれない。身構えれば、それが見えた。
「ガルゥ!!」
大きな大きな狼が、飛び付いたファメー達を捩じ伏せ、噛み千切り、振り払う。その狼は、二本の足で立ち上がる。レムネーと同じ、黄色の毛並み。レムネーと同じコートを着ている。レムネーと同じ大きな剣を背負っていた。
「アオオォウウ!!!」
「!?」
残りの二匹が飛び掛かると、狼が爆音のような声を放って吹き飛ばす。私はそれに驚き、足を滑らせてしまった。フィイロを包んだスカートを抱えたまま、背中から落下する。茂みがクッションになり、多少はまし。でも、私は大きな狼の後ろにいる。大きな大きな狼は振り返り、倒れている私を見下ろした。
20150824