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以来、多勢を相手する場合の対処法は、エレクドラーロに蹴散らしてもらうことに決まった。そして、二週間後ほどで実行。相手は熊のような胴体と、鰐のように大きな口を持った魔物の群れ。二十にも及ぶ魔物と巣の前で対決。囲まれてしまうその前に、前のように巨大な姿のドラゴンとして召喚した。戦えるかどうか心配だったけれど、杞憂に終わる。エレクドラーロは長い尻尾を振るだけで二十にも及ぶ魔物を蹴散らした。威嚇の声は地面を揺さぶり、魔物達を怯ませる。迫力は満点。味方としても満点。
レーガとレムネーとジオスはエレクドラーロを横切り、攻撃を始めた。エレクドラーロも自分で判断をして、足や尻尾で魔物を捩じ伏せて援護をする。エレクドラーロの活躍によって、負傷者を出すことなく勝利をして、巣も壊すことに成功をした。
消えてしまうまで、大きなエレクドラーロの顔に抱き付いて褒めちぎる。えらいえらい。エレクドラーロは、上機嫌に尻尾をゆらゆら揺らしては喉を鳴らす。それが地響きみたいだったから、レーガ達と一緒に笑った。
ジオスも笑ってくれる。あれから、特に会話をすることはなかったけれど、穏やかに挨拶をするし、レーガと私の会話を聞いてはクスクスと優雅に笑っていた。ただでさえ優美な容姿のジオスが優しい眼差しと甘い笑みになると、まるで理想の王子様みたいでうっとりしてしまう。時折、はぁ……と息を漏らして見とれてしまいそうにもなる。普段から無我夢中に執筆している姿を晒しているのに、間抜けな姿は晒せないと気を引き締めた。空のような美しい長い髪を見ていると、触りたくもなる。たまには三つ編みにしたら、どうかな。なんて時々、馬で移動しながら背中を見て思った。
そのせいの夢だろうか。青い髪の青年が夢に出てきた。でもウルフヘアーと短め。左耳の前に三つ編みを垂らしていた。夢の中ではその三つ編みを間近で見るほど見つめたのに、顔ははっきりとは見えない。彼は言う。ノートを持っているだろ、と。
ゆっくりと意識を浮上させて、目を覚ます。宿の天井を見つめながら、今の夢を思い返す。時々、夢に出てくる魅力的な異性が気になってしまう。夢中になる。それを一目惚れと呼ぶのなら、私は人生で何百も一目惚れしたことになってしまうかも。物語で登場する人物が、魅力的な容姿が多いせいだろうか。夢って不思議と思いながら、青い髪の異性について考える。次第に恋愛をする物語が思い付いてきた。起き上がって、私は早速書き始めてみる。エクドラの三章は見直しを済ませてから、王様に送った。まだ感想の手紙は貰っていない。四章はまだ構想を練っている最中なので、お休み中。
エクドラのおかげか、午前中にその短編を書き上げられた。前の世界では音楽を聴いたりDVDを観ながら、書いていたから遅かったのだろうか。今じゃあ荒野に座り込んでても書ける。机が一番捗るけれどね。
報告書用の紙、五枚分の恋愛小説。ベッドの上で読み返しながら、ロサとポルに見せようかと思い付く。前に書いて見せてよと言われたけれど、そう言われても書けないと答えた。誰かのために物語を書くのは苦手。
「でも陛下のために物語書いてるでしょ」とポルに返されて困った。王様のためでもあるけれど、一番は私が書きたいから。頭の中でそのストーリーが流れていくから。王様のため、王様の励まし、それが活力源になってくれる。結果的に王様が唯一の読者になっているだけで、陛下に言われたからエクドラを書いているわけじゃなくて……。なんて言えばいいかわからない。ま、それはあやふやに終わった話。恋愛小説が書けたなら、ちょっと見せてみようか。いつもなら面と向かって読んでとは言わないけれど、今は機嫌がいい。それに、午後から外でお茶する予定だった。
支度をしてから、それを持って、メラマヴロと宿を出た。
その街の名は、カーランタン。発音はランー、タン。ランーと上げて、タン。その街は噴水が有名。大理石の噴水の中には、蛍のように灯るランタン石が引き詰められている。日が出ているうちは、水晶のように透明。どうせなら、一緒に見ようと誘われた。私が見るつもりだと、二人はわかっていた。
噴水が見えるカフェのテラス席。パラソル付き。お薦めのケーキを食べながら、早速渡してみた。ロサから一ページを読み始めてくれる。
内容は、三つ編みと青い髪の魔法使いの青年に、予知夢者として異世界から召喚された少女。同居生活を始め、次第に恋が芽生え、愛し合う。こんな濃厚な恋愛小説を、王様には送れない。少女視点の女性向け。
一ページ遅れで読んでいるポルが、三ページをせがむ。読んでいる最中のロサは「待って」と言いながら、食いつくように文字を追う。目を丸めて赤面したり、頬を押さえたり、甘いシーンに反応してくれているとわかった。読み終えたロサが呆然としている間に、ポルが最後のページを読み終わるまで待つ。
「す、すごい……面白い」
「本当文才があるのね、流石陛下に気に入られるわけね。甘すぎて、読んでるだけで照れちゃう……」
頬を赤らめながら、二人はポツリと感想を漏らしてくれたから、テーブルの下で私は足を揺らす。
「世界観が面白いわね、風変わりな魔法世界……。読みやすいから、すぐに読めたわ」
ポルの感想には、ちょっとグサリときた。あれでしょ。あの、あれだ。語彙が少なくて、軽々読めるってことでしょ。しょぼん……。世界観はありがちなファンタジーの異世界のつもりだったけれど、この世界の住人には縁がないらしい。ありがちな魔法使いだけどなぁ。
「ね、ねぇ? これ、あなたの体験したことなの? この、甘い感じの同居生活とか……本棚に押さえつけられたこれ、とか……見つめ合いとかっ」
更に赤みを増した顔のままロサが詰め寄る。ポルも答えを知りたがって、ジリジリと詰め寄ってきた。
「え? いや、私はほとんど想像で書いてるよ。甘いシーンとかも大半は……」
自然と思い浮かぶから書ける。でも、ふと。体験を元に書いた恋愛小説を書いたと思い出した。うっかり、二歩下がった位置に立っているメラマヴロを見てしまい、慌てて顔を背ける。紅茶をゴクリ。
そう言えば、あの恋愛小説にも書いたおまじない。てんとう虫に恋の相手と出会うことを願うもの。この世界に魔法があるから、こんな願掛けも魔力を纏って実現する魔法になるのではないか。ふと思ってしまったけれど、そうなるとてんとう虫がメラマヴロに留まったということは、メラマヴロが恋のお相手……。
「じゃあ……この青い髪の魔法使い……モデルはジオスじゃないの?」
ポルの質問が追い打ちになり、私は噎せてしまう。
「振舞いがなんとなく、連想させるというか」
「髪も青いし」
「ち、違うよ! やだなぁ、もうっ」
ちらほらとジオスの微笑が浮かんだなんて言えず、私は紅茶を流し込んで喉を癒す。
「それにしても、いつもこんな小説を書いているの? 陛下が……読むの?」
「え? ううん! これは送らない。この世界に来てから、三作目で二作目は長編の冒険物語なの。こんな濃厚な恋愛小説は送れないよ。二人が楽しんでくれてよかった、ありがとう」
一作目も恋愛小説だったけれど、これは送れない。感想はもらえたから、私は大満足。返してもらって揃えていると、二人が私の後ろに目を向けた。誰かが、立っている。
「僕にも読ませてください」
見上げてみれば、私を微笑みを浮かべて見下ろすジオスがいた。青い刺繍が施された純白のYシャツ。ノースリーブで惜しむことなく色白の肌を出している。腰には剣のみの軽装。左腕は背中に隠し、右手が私の手にした紙を取った。
「あっ……! だめ!」
慌てて立ち上がって取り返そうとしたけれど、避けられて空回り。
「……何故、彼女達はよくて、僕はだめなのですか?」
きょとんとしたジオスは、身を引いて返してくれない。ポル達がジオスと連想してしまうからだめなんですけど! 言えないから、とりあえず奪い返そうと手を伸ばす。
「女の子向けの恋愛小説だから! 読んでもっ!」
「恋愛小説は読んだことありませんが、楽しめるかもしれませんよ?」
「と、と、とにかくだめです!」
私の手を避ける原稿を必死に追い掛けるけど、取り返せない。挙げ句には私の手を避けながら、ジオスは読み始めた。ぐはっ! やめて! 冒頭から青い髪の魔法使いの容姿の描写があるんだからぁあ!
「おっと」
「!」
飛び掛かって両手でジオスの右手を掴めば、後ろにあった空いているテーブルにジオスを座らせるような形になった。初めてジオスが左手に持っているものを見る。本だ。ペリドット色の一冊の本。青い髪の男と本――ノート。夢と妙に繋がってしまい、ドキッとした。
「どうしても……だめですか?」
追い打ちに、ジオスの微笑が目の前に。王子様のような微笑みで、お願い。ガッと顔を中心に、赤面してしまう。見られないように、両腕を盾のようにして隠した。
「だめ、です!」
「そうですか……残念です。気が変わったら、読ませてくださいね」
やっと諦めてくれたジオスは、私の手に原稿を持たせる。私はサッと背を向けて、椅子に座った。ぐう、耳が熱い。ポルとロサは口元を押さえて、笑いを堪えているみたいだった。この一行には色恋沙汰はないものだから、私の反応は極めて面白いらしい。気をまぎらわせようと紅茶を飲んだ。すると、右からさっきの本が差し出された。
「この本は、あなたのものですか?」
旅の荷物は必要最低限を心掛けているから、本は持ち歩いていない。だから答えは考えずとも、違うと否定する。でも見覚えがあって、私は受け取ってよく見てみた。表紙にドラゴンの絵。エレクドラーロによく似ている。というより、エレクドラーロを私がスケッチしたものだ。それが印刷された表紙のタイトルは、エクドラ。ポカンとしたあと、慌てて中を開いて確認してみる。ズラリとタイプされた文字が並んでいた。でも冒頭を読んでみれば、私のエクドラ。ペラペラと捲っていけば、他にもエクドラのスケッチが挿し絵にあった。更には旅の最中に書き下ろしたものまでしっかりある。
「私のエクドラだ! なんで!?」
「知らないのですか? 先日から本屋で発売されて、話題沸騰だそうです。著者ラメリーと書いてありましたので購入したのですが」
「発売されているの!? き、聞いてないっ!」
ジオスに平然と教えられ、私は絶句してしまう。エクドラが、発売。十中八九、王様がしたのだろう。原稿は王様が持っているのだから。でも王様がそんな勝手に出版なんてするわけない。私はすぐにメラマヴロに目を向ける。
「……この旅に出る前に……陛下はあなたに許可を取ったと思いますが」
「許可? 許可って……」
少し考えて、困ったような表情をしながらメラマヴロは言った。旅に出る前を必死に思い出そうと、本を額に押し付けて唸る。
――ラメリー。この物語を出版したいと、思っているかい?
エクドラを渡した時に、確かに出版について問われた。
「……あれか! あれが承諾になっちゃったんだ!」
頭を抱える。出版されたら、嬉しい。そう答えたから、王様はいいと判断したんだ。ガクリと肩を落として、椅子に戻る。
「恐らく、陛下は改めて手紙で知らせたはずです。移動のため、受け取れなかったのでしょう」
メラマヴロは跪いて王様のフォローをした。別に怒っていないから、私は笑みを見せる。旅を初めてから、王様の手紙は一つしか受け取れていない。出版には驚いたけれど、別に嫌ではないから、ちゃんとお礼の手紙を送ろう。
「出版なんて、すごーい! おめでとうって言うべきよね?」
「本当におめでとう。買わなきゃね!」
「や、やだなぁ、旅には邪魔になるからいいよ」
ロサとポルが祝ってくれるけれど、照れてしまう。出版された驚きから、喜びで心がポカポカと浮き立つ。ペリドットの分厚い表紙。タイトル、エクドラ。エレクドラーロのスケッチ。そっと撫でて見つめれば、うるうると視界が歪み始めた。次第に涙がボロボロと落ちてきてしまう。
「ラ、ラメリー?」
「だ、大丈夫!?」
「ふぐっ……うっ、うあういひぃ!」
「なに言っているかわからないからとりあえず落ち着いて!」
ジオスが買ってくれた本を、汚さないようにテーブルに置いて、顔を押さえる。椅子の上で膝を抱えるように、めそめそした。
ドタドタと駆けてくる音が近付いてきたから、なにかと顔を上げてみる。すると、レーガが滑り込むように飛び込んできたから、震え上がった。
「どしたラメリー!? 腹痛めたのか!? 医者呼ぶか!? 運んでやろうか!?」
血相かいた顔で問い詰めてくるレーガに、ただただ口をポカンとしてしまう。
「落ち着きなさい、レーガ」
ジオスがレーガの首根を掴んで、引き離した。
「ごめん、ちょっと感極まって……私、泣き虫だから」
「そ、そうなのか? オレ、ラメリーが泣くところ初めて見た……」
レーガが取り乱した原因を聞いてきょとんとしてしまう。結構、泣いていると思っていたんだけど。
「……城を出て以来、ラメリーは涙を流していないです」
「あれ。そうだったっけ」
ずっと一緒にいたメラマヴロが言うなら、そうなんだろう。
「そっかぁ……じゃあ私は幸せな旅をしてきたんだねー」
「!」
過酷なのに泣かずに笑っていられたなんて、つくづく幸せだったと納得する。物語も書けているし、旅に出てよかった。王様のおかげ、そしてレーガ達のおかげだ。
レーガは笑みを深めると、一緒に食べ物屋を回っていたらしいレムネーの持つ食べ物を一つ取った。
「三手羽食べるか? なっ? なっ?」
鶏みたいで三つの羽を持つ鳥、手羽先の唐揚げ。外はカリッとして、中はジューシーで美味しいんだよね。喜んで貰おうとしたけれど、レーガの手をジオスが遮った。
「先に、サインをもらってもいいでしょうか?」
ジオスはペンを取り出して問う。油にまみれる前にサインすべきか。照れくさくなりつつも、私は頷いてサインを書こうとした。でもラメリーの名で、サインしたことがない。不安になって、とりあえず原稿の裏で練習をしてみる。すると、サラリと私の肩に青い髪が垂れてきた。顔を上げてみれば、真上からジオスが覗き込んでいる。ち、か、い。
「おや、失礼」とジオスは自分の髪を掬って背中に回した。さっとサインをして、離れてもらおうと本を渡す。
「買ってくれて、どうもありがとうございます」
「どういたしまして。出版、おめでとうございます」
にこ、と優しい微笑でジオスは受け取ってくれた。そこで初めて、レーガとレムネーは私の本が出版したことを知る。レーガがまた騒ぐから、ジオスは首根を掴み落ち着かせた。
「出版したのに、なんで泣いたんだ?」
「感動のあまり」
「あはは、喜ぶと泣くのか。オレ、悔しい時にしか泣いたことねぇや。ポルとロサはこの旅の始めくらいに、返り血や泥を浴びて泣きべそかいてたな」
「煩いわね!」
笑うレーガを眺めたあと、ジオスが持つ本を見る。じっと、眺めていたらまた涙が溢れてきた。ボロボロと溢していたら、手羽先を差し出そうとするレーガを押し退けて、ジオスはハンカチを差し出してくれる。それで目頭を押さえても、涙が止まらなかった。
「泣きすぎだぜ、ラメリー。心配になるんだけど」
「ううっ。うばあわうわ」
「泣くか喋るか、どっちかにしようぜ?」
レーガが優しく声をかけてくれるから、私はなんとか自分を落ち着かせる。
「わ、わた、わたし……まさか、また世に本が出せるとは思ってなかったし……。ずっと……自分が描いた絵も添えた小説を出版するのが、夢だったの……」
エクドラの本を見つめたら、自然と綻んだ。夢が、叶った。諦めていたのに、その夢が、叶った。心の中でその言葉が熱く染み渡る。すぐにドバッと涙が落ちた。
「物語と違って毎日描かないから、褒められるような絵じゃなくて、むしろ邪魔なんて言われるレベルで……到底叶わない夢だと思ってたのにっ!」
「え? いや、上手いよ。これエレクだろ? 上手いって、ラメリー」
「そもそも覚えたての言葉で書いた物語を、世の中に出していいの? 一体何冊を出版したのっ!」
「陛下の財力ならば、最低でも十万冊でしょうかね」
「いやぁあ聞きたくない!」
レーガもジオスもなにか言うけれど、私は耳を塞いだ。王様なんだから、国中に売らせることができる事実なんて、知らないぃいっ。
「出版するなら、時間かけて丁寧に絵を描きたかった……! 文学とはほど遠い軽い文章なんて、売り物にしてもいいの? 赤字にならない? 返品されちゃうんじゃないの? ひやああ国中からブーイングが聞こえてくる!」
「やべーネガティブモードになった!?」
収入が今までの生活費として王様にお返しできたからいいけど、逆に赤字なんてことになったら。全冊返品されるようなことになったらもう立ち直れない。一生引き摺る。エクドラ書く度に思い出しては、落ち込んで書いていられなくなる。もう絶望だ。
「喜んだと思ったら悲観的になって……忙しないわね」
「私達に睨まれようともヘコまず笑っていたラメリーが、こんなにも脆いなんて意外……」
「んー、まぁ、ラメリーには生き甲斐だからなぁ。結構、繊細な部分なのかもな」
グスンと鼻を啜っていたら、抱えていた膝の上に手が置かれた。見れば、跪いたメラマヴロ。
「自信を持ってください。陛下は価値あるものだとお考えになったのです」
「メラ……。でも……私……未熟で……だめなところばかり、目につく。王様の励ましも応援も、自信を支えてくれたけれど……全員が好きにはなれない。嫌いだって言われたら……立ち直れない。優しい王様だけが読者なら、落ち込まずに済む……。甘えてるとは、わかってます。優しい指摘なら受け止められるけど……中には容赦ない指摘や批判もあるから、それが怖くて怖くて!」
鋭利な感想を受ける前から、もう自信がグラグラ。欠点なら自分でも浮かべられる。指摘を直す努力も時にはできるけれど、中には受け止めることも出来ない辛辣な言葉も向けられる。十人いれば十通り。感じ方も好みも、人それぞれ。仕方ないことではあると割り切れる。でも今回は、覚悟していない。むしろ、読者はずっと優しい王様ただ一人だけでいいとさえ思っていた。エクドラを愛してくれる王様、ただ一人で十分。甘えだとは理解している。たくさんの人にエクドラを読んでもらえる喜びと、嫌われてしまう不安と恐怖。この世界に来てから、遠ざかって感じることもないと思ったこと。
メラマヴロの掌の温もりを感じても、俯いてしまう。
「顔を上げてください、ラメリー」
少し冷たさを感じる両手が頬に当てられたかと思えば、顔を上げさせられた。後ろから覗き込むジオス。
「あなたを探しながら、二話まで読みましたが」
「いやあやめてっ」
耳を塞ごうとしたけれど、ジオスの手が遮っててそれができない。ジオスは王子様のような微笑みを浮かべたまま。
「一話は冒険の出発、主人公の冒険に対する意気込みや高揚は、レーガを連想させるので笑ってしまいました。主人公も含め登場人物が生き生きしているように感じます。だからでしょうか、どんどんページを捲ってしまいます。とても魅力な物語だと、僕は思いますよ」
ジオスの瞳が、まるで水面の向こうで魚が泳いだように見えた。不思議な青い瞳。穏やかな海に包まれるように、心地いい。これがジオスの優しさなんだろう。
「まだ二話でも、とても楽しめました。僕は好きです」
「……ジオス……」
ジオス自身の感想で、励ましてくれる。嬉しさで涙が出てくるから、ハンカチで押さえた。
「挫けそうな時は、好きだと言う読者の言葉を思い出してください。それでもだめなら、僕がまた感想を伝えます」
ジオスの穏やかな声が、私を支えてくれる。この世界に来てから、優しい人ばかり出会ってきた。幸福者だと、また涙が溢れる。
「とりあえず! めでたいことなんだし、今日はここで祝勝会な!」
レーガの明るい声。いい仲間に巡り会えたことは、幸福者だとまた涙が溢れる。幸せな一日だ。冷たい手が、頭を撫でてくれる。
魔物討伐一行の皆で、私の物語の出版を祝ってくれた。ランタンの光を放つ噴水の前で、賑やかな仲間に囲まれて笑う。嗚呼、こんな光景もこんな気持ちも、こんな幸せも物語に書きたい。そう思ったら、また涙が浮かんだ。
20150822