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20150803



 私は夢の中でも物語を描くのだと思う。

 眠る度に夢を見る。それほど、物語を描くことが常だ。

 悪く言えば、妄想。空想に閉じ籠る。

 けれども、私にとってなくてはならないことだ。書き続ければ、生きていられなかった。止めてしまったら、死んでしまうことばかり浮かぶ。他人にとっては大袈裟だろうけれど、他の生き方はどうしても出来なかった。

 物語を描く時間を確保しながら、生きていく。そんな人生だった。


 ある瞬間、その人生は終わってしまったらしい。


 そう思ったのは、気が付くと見知らぬ場所に立ち尽くしていたからだ。ここに来た記憶が全く思い出せない。最後の記憶も曖昧だ。

 薄暗く広い廊下。どこまでも、続いていきそうだ。壁は石を積み重ねていて丈夫そう。黄色いラインの入った深紅のカーペットが続く。石の形を記憶するように眺めてから、右を向く。私の右側には小窓が並んでいて、そこが唯一の灯り。光が眩しすぎて、白しか見えない。窓に近付いても、外の景色が見える気がしないので、ただ立ち尽くして考えてみた。

 鮮明な夢なら、私にとって珍しくない。前に見た夢は、心地よい陽射しの公園にいて、木の陰に揚羽蝶がいるのを見付けた。揚羽蝶は好きで、喜んだ。美しい黄色と黒の羽だった。ふと、疑問に思う。やけにこの蝶は動かないと。その理由はすぐに知った。蜘蛛に捕まっていたからだ。助けるべきかを迷った。手遅れかもしれない。いやまだ間に合う。考えている間に、揚羽蝶は羽から頭を、蜘蛛に食べられてしまった。ショックだった。早く引き剥がせれば助けられたのに……。けれども、自然の摂理だから、仕方ない。早々にそう割り切って進んだ。

 美しい夢だったのに内容が酷いと、起きてからまたショックを受けたことをよく覚えている。

 これも鮮明な夢かもしれない。または死んだ私が死後の世界で迷っているだけかもしれない。

 この廊下の先、行き着いた部屋に入ったら、今後の私の行き先を告げる人がいるのかも。または目が眩むような光の場所に出るのかも。

 どちらにせよ、夢の中なら進もう。この先の展開を、どこかの物語に使えるかも。よく使う手だ。夢のせいで新しい物語を思い付いて、夢中になることも多いくらい。

 赤い絨毯を、ブーティで歩く。お気に入りの穿きなれたキュートなブーティ。デニムと黒のフリルのキャミソール、それからドルマン風ブラウス。見慣れた私の服装だ。

 歩く度に過ぎていく小窓は、ずっと眩いまま。景色は見えそうにない。

 いつまでも石の壁が続くかと思いきや、立派な扉が左側に在った。焦げたような茶色い木で出来た扉は厚く、女の私では押し開けることは苦労しそうだ。私の頭よりも大きな施錠は落ちているから開けられそうではある。手を伸ばしてみた。

 すると触れる前に扉の片方が、軋む音を立てながら開いた。

 これはこれで、面白い。物語にするなら、こう書く。私を導くように開いた扉の中に足を踏み入れた。

 その中は美しい揚羽蝶の夢にも劣らないほど、美しい。まるで、海賊の財宝。金貨がいくつもの宝箱から溢れている。シーツのかかったテーブルの上には、宝石類。指輪や首飾り、ティアラまであって、山積み状態。

 床には盾がずらりと並び、槍や剣は立て掛けてある。宝箱の奥には、楽器も見えた。

 その光景を眺めている。目が覚めても思い出せるように、隅々まで記憶しようとした。けれども、これが夢だという自信をなくしてしまう。

 現実味の強い夢は、幾度も見てきた。甘くて美味しいと感じてしまうほどのホットケーキの夢を見たことがある。

 こんなたくさんのものを鮮明に認識できる夢は、初めてだ。金貨を1つずつ数えることも、宝石を1つずつ観察することも、出来そう。

 夢ではなかった場合、どうなるかと考えようとしたら、動いたものを目にした。なにかと確認しようと、テーブルに歩み寄る。

 不自然な金の天秤を、凝視してしまう。上にある片方は掌よりも大きな宝石箱が入れてあるけれど、下にあるもう片方には小さな懐中時計があるだけ。重いのは宝石箱のはず。でも見た目に反して懐中時計は、相当重いのかもしれない。その懐中時計の針は真上を差して止まっていた。

 また動いたものを目にして、私は開いたままの宝石箱を覗く。中には1つ、アーモンド型の宝石がある。初めは琥珀色だと思ったけれど、シアンブルーに染まった。かと思えば、オリーブグリーンに塗り替えられる。

 まるで、自分の色を決めかねているみたいに忙しなく色を変えるものだから、私はおかしくて吹き出した。

 オレンジを白が飲み込んでいるところで、私は思い切って人差し指で触れる。すると、その触れた箇所が赤色に光った。移動しても、触れた箇所は赤色。

 物語なら、この宝石は生きているようだ、と私は書くだろう。

 白が琥珀色になったかと思えば、赤い光がキャッツアイのように中心に灯る。まるで、私を見ているようだった。それと見つめあう。

 カチン。

 音が聴こえて、視線を落とせば、あの懐中時計が動き出していた。しっかり確認するために、手に取ろうとしたら、後ろから怒声。次の瞬間には、腕を掴まれて廊下まで引きずり出された。

 廊下の絨毯に倒れ込んだ。顔を上げると、男の人と目が合った。ライオンの鬣のような髪色に、白髪が混じっている。髭があって翡翠の瞳をしている彼は、王冠を被って、深紅のマントを肩にかけた人。隣にも黒い鎧がいる。周りにも鎧に身を包んだ人達がいて、彼らは喚いていた。

 夢じゃなかった場合、私は……なにも出来ない。

俯いてしまえば、されるがままに引っ張り回され、牢獄に閉じ込められてしまう。

 夢は、当然のように覚めなかった。


 何度も鎧を纏った男の人達が、怒鳴って来る。言葉が通じないから、私にはわからない。不自然な間があるから、たぶん問い詰めているのだとは思う。

 質問を推測したところで、私の言葉も通じない。泥棒ではない、迷子だ。そう何度も言っても、怒鳴られ返されてしまうだけ。

 黒い鎧の人と、王冠を被ったあの男の人も何度か来たけれど、やっぱり言葉が通じない。でも鎧の人達のように怒鳴ることはなく、優しく声をかけてくる。だから私も、迷子なんです、と何度も告げた。翡翠の瞳を見上げて、伝わることを願ったけれど、何日も何日も檻の中にいた。

 目を閉じるとあのキャッツアイの宝石が浮かぶから、それについて考えた。

 生きている宝石か、宝石の中に魔物でも封じられているのか。どちらにせよ、私を見つめていた。

 繰り返し、そのことを考える。忘れないように、刻むように。いつか、物語に書けるように。

 書ける、だろうか。もう牢屋から出られないのかもしれない。

 王冠を被った人は王様。ここは見知らぬ世界の見知らぬ国の見知らぬ城の中だ。私は王様の財宝の部屋にいた、見知らぬ女。死ぬまで閉じ込められることも、十分あり得る。

 物語が書けないなら、いっそ殺してくれないだろうか。書いていなくちゃ、生きている意味がない。

書く以外に生きる理由は見付からない。

 光も差し込まない牢屋の隅で、膝を抱えて何度泣いただろうか。泣いているうちに、あの宝石が瞼の裏に浮かんだ。忙しなく色を変えていたことを思い出して、フッと笑ってしまう。

 あの宝石は、私を見つめてなにを思っていたんだろうか。数え切れないほど、あらゆることを想像してみたけれど、次々と忘れては眠りに落ちた。

 目を開くと、格子の向こうに黒い鎧の人と王様がいたので、起き上がる。

 彼は微笑むとなにかを言ったけれど、私は首を傾げた。通じないことだけは、伝わっているはず。それでも王様は、格子の中に手を入れて一冊の本を差し出してきた。

 きょとんとしながらも、私は受け取る。あとから格子に、インクとペンが置かれた。本とペンとインク。文字も通じないことは実験済みだけれど、書けという意味だろう。ありがとうございます、と私は微笑みを向けて、本を開く。なにも書かれていない、真っ白だ。

 早速、ずっと頭に刻んだ文章を慣れないペンで書いた。灯りは、王様が持ってきたもので十分。

 すらすらと書いていくと、楽になった。まるで自然の中で深呼吸が出来たみたい。やっと、息を吸えたよう。

 ああ、やっぱり。

 私は物語が好きだ。

 生きるには必要だと実感したら、涙が溢れた。物語が書ければ、生きていける。檻の中に閉じ込められても、生きていると実感出来た。

 牢屋のドアが、王様の手で開けられたから、目を見開く。ハンカチが差し出され、そっと涙を拭かれた。

微笑む王様に手を引かれて、牢屋から出た。ほとんど座り込んでいたから、よろけてしまう。ちゃんと歩けるのかと心配の眼差しを向けられたから、コクンと縦に首を振り大丈夫と伝えた。

本を抱えたまま、王様と黒い鎧に挟まれて廊下を歩いていく。釈放してもらえるのかな。

 城の隅の部屋まで、案内された。あの財宝の部屋の半分以下の広さの部屋。塔の中らしく丸みがあって、本棚が2つ並んでいて、机とベッドがある。格子のついた大きな窓が1つ。それを見て、部屋を与えられたのだと理解した。投獄から軟禁に、軽くなった。

 久し振りに、光を浴びて深く息をつく。格子がついた窓でも、ずいぶんと自由だ。

 なによりも、抱えた本があるなら、息をし続けていられる。

 振り返って、王様にありがとうございますと伝えた。

 本を見せて、自分を指差す。もらっていいのかと、確認した。

 王様は笑顔で頷いてくれたので、私も笑顔で頭を下げてまた礼を言う。心から、安堵する。

 それから、私は日記として塔の部屋の生活を、書き綴った。




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