春に舞う桜のように
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花びらと自分を重ねた
霞んだ景色
風がふたりを濡らす
*春に舞う桜のように*
桜が舞う。
強すぎない陽射しに、爽やかな南風。とても穏やかな気持ちになる陽気だ。
平日のためか、人気の少ない公園。桜並木をぼんやりと見つめる。風に揺られては、花びらがさらわれていく。
私の座るベンチは少々固いけど、不思議と馴染んで、嫌な気はしない。
「本当にごめん」
ふと声が聞こえ、ゆっくりと隣を見る。彼がうつ向いていた。
そういえば居たんだっけ、なんて失礼な事を思ってしまう。
ごめん、と免罪符を繰り返す彼。なにに対しての謝罪なんだろう、なんて他人事のように思った。
彼は背中を丸め、怒られた子供のように縮こまっている。それがなんだか可哀想で、目をそらした。
フワフワと散る桜の花びらが、私の視界を占めた。
ほら、こうすればとても清々しい気持ちになれる。嫌なものは見えない。今は隣を、貴方を見たくない。
「あの──」
「まぁ、仕方ないよ。最近すれちがってたし」
なにか言いかけた彼の言葉を遮り、そっけなく言い放つ。戸惑ったのが雰囲気で伝わったけれど、気づかないふりをした。
「でも、おれ本当にお前のこと」
「つまらないお世辞はいいから、早く行ったら? 用はそれだけなんでしょ」
我ながら可愛くないことを言えば、彼は黙りこむ。そっと一瞥すれば、うなだれた彼の瞳は伏せられていた。
ずしり、と鉛を落とされたかのように胸が重くなる。軋む痛みに、少し涙腺が緩んだ。それさえも、痛々しい。
風になびいて、自分の髪が顔を覆う。それが不快で、乱暴な手付きで髪を耳にかけた。
今日は本当に暖かい。なにもこんな日にこんな話することないのに。無意識に眉間に皺が寄るのが分かった。
気持ちのよい涼風が、私の頬を撫でる。
相変わらず桜は散っていて、とても綺麗な景色なんだろうけど、その儚さが哀しい。
『春は、別れの季節』
誰かが言っていた。
それなら、彼と私の状況も頷ける。
「あの、じゃあおれ……」
かすれた声でこぼし、彼が立ちあがった。
まだ居たの、という目で見れば、寂しそうに彼は微笑む。その笑みが、何故か心をきゅっ、と狭くさせた。
だんだんと遠ざかる彼の背中。あんなにも愛しかったのに、なんで私は追い掛けようとしないんだ。
――がらじゃないからかもしれない。
思えば、こうなる結果は当たり前だった。
素直に好きの一言も言えない女を誰が愛しく思えるだろう。
傷つけたのも私。
不安にさせたのも私。
呼びとめれない。
……本当に、サヨナラ?
ぎゅっと握り拳をつくる。心地好いはずの陽気が、まとわりつくようで鬱陶しかった。口唇が震え、声は吐息としてしか出ない。
彼が、離れていく。
振り返らない。
喉元に、こみあげてくる。
「私、私ちゃんとあんたのこと───嫌いじゃなかったから!」
ベンチを膝裏で蹴とばし、彼にむかって叫んだ。
静かな公園で、私の声は余計に響く。
――こんなときでも、好きと言えないなんて。
意地っ張りな自分をここまで疎ましく感じた事はない。
ゆっくりと、遠く離れた彼が振り返る。その瞬間、強風が吹き、花吹雪が舞った。
最後に見せた彼の表情は、桜の花びらに隠された。
だけど、微笑んだ気がする。
その桜吹雪さえも、涙で滲んでぼやけてしまったのだけど。