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もうひとりの勧誘者&ちいさいおっさんの正体

サイトは家に帰っても怒りが収まらなかった。


賞を取っていい大学へ行くため?そのためにあの絵は描かれたのかと思うと


自分がのめり込んでいった、あの気持ちはなんだったのか。夕食を食べながら母親にすこし声を荒げていった。


「せっかく凄い絵に会えたっていうのにあんなヤツが描いた絵だったなんて聞いたら


気分が悪くなってそのまま帰って来ちまったよ。あれじゃあの絵も可哀想だよな。」


母親は食器を洗いながらサイトに背を向けて言った。


「サイト、やりたい事は見つかったのかい?」


サイトは母が急にシリアスな話を持ってきたので飲んでいた味噌汁を吹きそうになったが、気をひきしめた。母が言った。


「おとうさんと離婚して2年が経つけど、サイトは自分がやりたいことをやればいいのよ。お金のことは気にしないでいいから。」


サイトはありがとう、わかってるよ。と言い、食器を母に渡し、自分の部屋に戻った。母の恵美はため息をついた。


「やっぱりあの高校にいかせたのは失敗だったかねぇ。みっちゃんの子や仲の良かった翔ちゃんのいる所へ通わせられればよかった。」


恵美はサイトを私立の高校に通わせられなかったのを後悔していた。本人は「自分の力を試したい」と言っていたが、


学校が始まっても部活をやりたいとサイトが言わないので自分に問題があるのではないかと思っていた。


はやくあの子が心から笑う所をみたい、恵美はテレビの上に置かれている家族3人の写真を見ながら思った。





次の日サイトは休み時間に大和に美術部に来るように誘われた。


もうかれこれ15回くらい誘われているが今日はいつもとは違った。


大和の他にもう1人他の美術部員が誘ってきたのだ。サイトより背の高い少年は言った。


「俺は1年1組のかんざきともき。大和から聞いたけど絵に興味があるんだって?


だったら一回美術部にくればいんじゃね?」


いんじゃね?という言い方が気になったが昨日美術部に入りかけたこともあって、行くよ、とサイトが言うと


2人は顔を見合した後、おぉ~とのけぞりながら歓声を上げた。まだ入部するとは言ってないっつーに。


サイトはまだ昨日の伊達詠進との事が気になっていたが、かあちゃんがそろそろ納得できるような答えを


みつけなければならないと思っていた。そんなことを考えてながら授業を受けていたら下校のチャイムが鳴った。


寺田先生の長めのホームールームが終わると大和がにやにやしながらさぁいこうかと言ってきたので


サイトは無言で彼について美術室へ向かった。途中で神崎とも合流し3人は階段を登りながら話し始めた。


「やっと...来てくれると思うと...少しうれしい...」


大和が言うと神崎も言った。


「いや~俺も実は大和に誘われて入ったんだけどね。すごく居心地が良くて良かったよ。いい先輩ばっかだから


斉藤君もすぐ馴染めんじゃね?」


と言われるとサイトは少しだけ気持ちが楽になった。でもその後神崎があっ、ひとりだけ変なヤツがいるけど気にしないで。


と付け加えた。大和がこれっ、と神崎をたしなめた。


そうこうしている間に5階の美術部の前に3人は来た。後ろの方に立っていたサイトに神崎がドアを開けるように促した。


大和も無言でふふん、と得意げな顔を浮かべている。


サイトは大和にちっ、と舌打ちをした後、美術部のドアを大きく開いた。


美術部のドアを開けると昨日の変なおっさんはおらず部室は誰もいなかった。


神崎と大和があれ、誰もいないね、と言うとちょうど部屋の真ん中の席にサイトを座らせた。


今日のゲスト、といったところか。大和がお茶淹れようかと言い、2人の元を離れた。


サイトは鼻につっかかる臭いが気になっていたので残った神崎に尋ねた。


「ねぇ、前々から気になってたんだけど、これ何の臭い?」


神崎がえ?何?という顔をしたがしばらくして意味が分かったように言った。


「ああ、これは油絵を描く時に使う油の臭いだね。テレピン、つって誰かが大量に使うから


臭いが充満してんだよ。」


神崎は苦々しい表情を浮かべた後、壁に寄りかかっている重厚な感じのする絵を見つめた。


不気味な色使いのその絵からは絵の知識が浅いサイトにはムンクの叫びのような印象を受けた。


しばらくすると大和のうわっ、という声が奥の部屋から聞こえた。美術部の奥は部員の準備室になっているようだ。


その準備室から大和が出てきた。すると奥の方から昨日みたちいさいおっさんのような人物も出てきた。


彼はベレー帽を被り、上下に絵の具の着いた作業服を着ていた。サイトはやっと昨日出くわした奇妙な光景を


理解することができた。この目の前の生徒が絵を描くために着替えようとしていた所をちょうど美術部に入ってきた


サイトは見てしまったのだ。その生徒はわざとらしくあ、あの時の、と言うと頭をへこへこしながらこっちへやって来た。


サイトよりずいぶん背の低い生徒は鼻をひくひくさせながらこう言った。


「昨日はごめんね。僕の名前は松野良風。みんなはよしかぜって呼んでる。君の名前は?」


サイトはこの小汚いおっさんのような生徒がキザなセリフ廻しをしたので笑いそうになったが、


自分の名を名乗り、昨日の事を謝罪した。神崎に松野が昨日あった事件を説明すると、


「おめーあれほど着替える時は準備室を使えっていったろ。誰もおっさんのハダカなんかみたくね~んだよ。」


と神崎がふざけながらいうと松野が言い返した。


「だって、昨日は準備室を舞先輩が使ってたから。僕なりに気をつかったんだよ。」


ふたりが言い争っているのをサイトは唖然としながら見ていたが、大和がいつものことだから、と言い


沸騰したお湯をお茶の元が入っている紙コップに注ぎサイトに手渡した。


お茶を飲みながら、サイトはなんだか不思議の国へ迷い込んでしまったような気持ちになっていた。

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