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審査、完結

サイトがようやく自分の置かれている状況を理解しだすと、後ろの方で次に誰が投票するかでもめていた。


ちょうど4人の投票が終わり中間地点。その上入部したばかりのルーキーのなかのルーキーが一歩リードといった展開だったので


なかなか4人の先輩達が意見がまとまらなかった。見かねた大島先生がすこしいらいらしながら言った。


「次は三上君が投票しなさい。その次は舞ちゃん、その次は蛍子ちゃん、最後に大清水君が入れるのよ。わかったら返事!」


大清水先輩は「うひっ?ぼくがさいごぉ?」と素っ頓狂な声を挙げた。三上先輩がわかりました、というと教室の後ろから廊下に出た。


舞先輩が「先生、いらいらさせてすみません。」と心を見透かしたような言葉で大島先生に謝った。少し馬鹿にされていることに


気付かず大島先生は「いいのよ。ハッハッー」と豪快に笑っていた。


三上先輩がガラっとドアを開け右手側から絵を鑑賞し始めた。全体的に早めに絵を見てまわっていたが、大和の絵を見るとぴたり、


と動きが止まり、しばらくして笑みを浮かべながら大和の方を見た。大和の絵のメッセージを感じ取ったのか。全員の絵を再び見渡し


た後三上先輩は「やまちん」と書かれたシリンダーにピンポン球を入れた。ノマ部長が「ええ?」と驚きの声を挙げた。確かに大和の


絵は万人向けではない。でも絵に仕掛けられたトリックを見抜いていくうちに絵の世界に取り込まれてしまうという中毒性のような


ものを大和の絵は画用紙の上から発していた。当の大和は特別喜ぶ様子も無く、ただうんうん、と頷いていた。


次に投票するのは鶴野舞先輩である。舞先輩は意気揚々と短いスカートを風に揺らしながら前のドアから入ってきた。


一番右端の条一郎の絵を屈みながら覗き込むとサイトの隣に座っていた条一郎がぶはっ、と噴出した。うん?どうしたんだコイツ?


サイトが不思議がっていると、「舞ちゃん!パンツ、パンツ!」とノマ部長の声が後ろから聞こえた。舞先輩は「え?なにか問題ある?」


という風に振り返ったので「男子部員は全員後ろを向きなさい!」と大島先生が大声で言った。そっか、パンツが丸見えだったのか。


サイトは三上先輩と恥ずかしそうに話をしている詠進先輩を見た。一体どんな気持ちで俺の絵に投票してくれたのだろうか。教壇の方で


ぽん、と音がしたので男子部員はやっと、終わったか、といった感じで振り返った。一番左端の「よしぷー」のシリンダーに2個目の


ピンポン球が入れられている。松野が再び「おしっ!」と声を挙げた。


残る審査員は山田蛍子という名の先輩と大清水先輩の2人となった。山田先輩は居心地が悪そうに前のドアから教室に入ってきた。


山田蛍子という名前の先輩は全員の絵を一通り眺めると前の席に聞こえるかどうかのボリュームで


「どうしよう。決められない。」


と蚊の泣くような声で言った。これには前の列で見ていた一年生部員達もびっくりした。この女の先輩がおおらかで明るいノマ部長、


セクシーで空気を読まない舞先輩と一緒に2年間活動してきたとは思えなかった。そのぐらい目の前にいる山田先輩は


小さくてかよわい神経質な生き物に見えた。山田先輩が教壇の上で震えていると大島先生が急かすように言った。


「蛍子ちゃん、自分がいいなと思った絵にとっとと投票すればいいのよ。そんなに深くシンキングすることはナッシングよ!」


左側に座っていた松野と神崎が、いやいやいや、と手を横に振りながらツッコミを入れた。正直絵を描いた人間の立場からいうと


次の一票が誰に入るかはとても重要である。勝負を決める一票になるか。前の列の部員達が食い入るように山田先輩を見つめると、


プレッシャーに耐え切れなくなった先輩が「ごめんなさい!」と言って一番右の条一郎のシリンダーにピンポン球を入れた。


そのまま足早に去っていく山田先輩を見て条一郎は喜んでいいのかわからない表情を浮かべた。告ってないのに振られた、そんな


気持ちに似ていた。と条一郎は後日談で語っていた。


さあ、いよいよ発表会も最後の審査員と投票を待つばかりとなった。教壇の上ではさっきから5分ほどあっちの絵、こっちの絵、


といったように首を動かしながら「うひっ、うひっ」と意味不明の言葉をつぶやいている大清水先輩がいた。この先輩、大和とは


違った気持ち悪さがあるな。サイトが大清水先輩の首の動きを見ながら思うと、見かねたノマ部長が


「シミー、緊張しないでー。わたしがやった通り投票すればいいのよー」


と少し馬鹿にした口調で言うと隣の席の舞先輩と笑いあった。


教壇の前をいったりきたりしていた大清水先輩は「ノマのやったとおり...」とちいさな声で言うと、うひっ!と大きな声を出して


右から2番目のメスシリンダーにピンポン球を押し入れた。右から2番目...もしかして、おれ?


状況を理解するとサイトは大きく両手を挙げ「おっしゃー!」と叫んだ。条一郎がサイトの肩に手をかけ、「おめでとう」と言い、


大和がうんうん、と頷きながら小さく拍手をし、神崎が「これは...予想してなかったなぁ~」と仰け反り、松野が


「そんな、ありえない」と顔を真っ青にして机の上に突っ伏した。ノマ部長が混乱状態にある一年生部員の前に立ち、


この発表会を締めくくるように言った。


「サイト君3票!松野君2票!神崎君、大和君、高城君がそれぞれ1票!この票だけがあなた達の絵の評価をする判断材料では


ありません。あなたたちが放課後遅くまで残って絵を描いていたのはみんなが知っていたし、誰の絵に投票しようか決められなくて


悩みぬいて投票された一票があったことをあなたたちもわかっていたはず。今日の結果や反省点を生かして夏の全道大会みんなで


頑張りましょう!ありがとうございました!」


ノマ部長が言うと後ろにいた先輩、先生達がありがとうございました!と前の列に座っていたサイト達におおきな声で言った。


どうしていいかわからずにいると神崎が一年生を代表して言った。


「先生、先輩方。今日は貴重な時間を割いて僕達の絵の評価をして頂いてこちらこそありがとうございました。


これから夏の大会があるわけですが一年部員一同、一生懸命頑張っていきたいと思ってます。今日はほんとにありがとうございました!」


神崎がいうと他の一年生もありがとうございました!と頭を下げた。こうして狂乱の発表会は終わった。一年生部員は心ここにあらず、


といった様子で絵を片付け始めた。今日起きた出来事をどう処理していいかサイトはよくわからなかった。


自分に入れられた3つの票。自分が今日得たものは自分の絵に3つ票が入ったという「結果」だけだ。投票してくれた人がどんな気持ち


で自分の絵に投票してくれたのか。まったくわからないじゃないか。特に詠進先輩は自分の絵のどこが気に入ったのだろう。


さっぱりわからない。色々な疑問が頭をよぎる中、


サイトは完全に意気消沈している松野を尻目に部室を後にする先輩達の別れのあいさつをした。

次回、最終回です。

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