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審査その壱

いよいよ審査が始まります。

美術室には黒板の前に5枚の絵が並べられており、教卓の上には作成者の名前の札が付いた実験用の口が大きめのメスシリンダー。


一番前の列には5人の発表者達が座り、その後ろに先輩達が座り、廊下を歩いているノマ部長が誰の作品に投票するのかを


小声で予想していた。張り詰めた空気を裂くようにがらがらと教室のドアを開けると、ノマ部長は教壇のステップを上がり一番右端の


条一郎の絵を鑑賞し始めた。条一郎は顔の前で手を組んで部長の一挙手一動を見つめていた。


条一郎の油絵による静物画のタイトルは「花-Memento-Mori-」


どこかのミュージシャンに同じタイトルの曲があったのを思い出したが、いたってシンプルな、それであって意味深なタイトルであった。


しかし絵の内容はシンプル、というか貧相な印象を観る人にあたえても仕方ない、という出来であった。とりあえず花と花瓶に色は


ついているが、ところどころ木炭の下書きの後が残り、背景は油を溶いたうすい黄色一色であった。期間が短かったという事もあるが


鑑賞者が、もうちょっと頑張って欲しいという物足りなさを感じる絵になってしまっていた。ノマ部長は絵から顔を離し、


次のサイトの「動物画」という変なタイトルの絵を見つめ始めた。サイトはなんか自分の顔をずっと他人に見つめられているような


変な気持ちになってきた。体のどこかがむずがゆい。そんな感じ。大体30秒ほど絵を観た後、ノマ部長はその隣の神崎の「熱帯魚」


というタイトルの絵を見つめ始めた。神崎の貧乏ゆすりが激しくなってゆく。


神崎の絵はディスカスという熱帯魚を真ん中に一匹描いただけというシンプルな絵となっていた。ディスカスは熱帯魚マニアの中では


有名だが一般人は姿を見ても「あ、ディスカスだ」と名前を思い出したりしないほどマイナーな魚である。しかし、神崎はこの


ディスカスの「熱帯魚の王様」たる所以の模様の美しさ、姿のこっけいさをみんなに伝えたい、と思いこの絵を描いたのだった。


ノマ部長はやはり30秒ほど絵を見つめた後、一呼吸置いてから大和の絵をちら、っと見た。まわりから少し笑いが起きた。


すこし振り返った大和がみんなのリアクションを確認するとフフっと気持ち悪く笑った。「計算どおりだ。」そんな心境を


サイトは大和の表情から感じ取ったような気がした。


ノマ部長は教室の笑いが収まると大和の描いた絵を勇気をもってまじまじと見つめ始めた。


なぜそんなに踏ん切りが必要だったかと言うと、大和の絵は左側に描かれた地底人が右上部の光に手を伸ばしている絵だったからである。


絵のタイトルは「光」。漢字一文字のタイトルだがサイトはタイトルの意味を知って驚愕した。サイトは大和が地底人を立体的な技法


で描き終えていたところまで覚えているが、その後は自分の絵に没頭していたため大和の絵を今日の発表まで見ることはなかった。


地底人の後ろに黒一色の背景が広がり、その背景に飲まれるように太陽を細かくしたような光が広がっていた。タイトルにもなっている


その「光」はなにも色が付けられていなかった。つまり、その光の色は画用紙の地肌そのものだったのである。これにはちかくで


見ていたサイトは度肝を抜かれた。まさにトリックアート。大和にうまいことやられたな、とその時は思った。なるほど、これは


普段控えめな大和も強気な訳である。ノマ部長が光の技法に気付いたかどうかはわからなかったが、しばらくしてオオトリの松野の


絵を鑑賞し始めた。後ろの方で大島先生がうーん、と感嘆の声をもらした。


松野の絵は油絵で、24号という大きめのサイズのキャンバスに描かれていたため、隣の大和の絵を始め、全作品中一番の存在感を


発揮していた。「a volcano(ボルケーノ)」というタイトル通り、勢いのある火山の絵は観る人の視線を釘付けにした。普段の作品でありありと


発揮される松野の独特の感性は息を潜め、優勝を「とりにきた」と言われてもいいくらい派手でわかりやすい作品に仕上がっていた。


みんなが小さくおおー、と歓声をあげると、松野は満足そうに2、3回頷いた。絵を観ていたノマ部長は体を起こしスカートを


ひるがえして振り返ると「うーん、これ!」と言ってピンポン球を右から2番目のシリンダーに入れた。右から2番目...え!?おれ?!


サイトが状況をいまいち飲み込めないでいると、「次、大路地先生お願いします。」と部長が言ったため大路地先生がはいはい、と


言って後ろのドアから教室を出た。ノマ部長は「う~緊張した~」と言って教室の隅を通り舞先輩の隣の席に座った。審査する方も


緊張するのだろう。そりゃあ、自分の絵に投票してほしいと思っている連中が背中をガン見してたらストレス感じるわな、と


客観的にサイトは思った。自分に投票されて気分は高揚しているはずなのだがなんか、釈然としなかった。


2番目の投票者、美術部顧問大路地エツ子先生が教室の前のドアを開いた。


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