Good Feeling?
「よし!できた!」
夕方5時過ぎ、窓から西日が差してきた部室にサイトの明朗な声が響いた。
魚の絵の下書きをしていた神崎が「もう出来たの?」と驚きの声をあげた。サイトは息を吐き出して画用紙を見つめるとそこには
鏡で自分の姿を見て驚く「2匹の猫」が描かれていた。何回、いや何十回と水彩画ノートに描いてきた絵だ。額の汗を拭うと
一気に疲労と満足感が押し寄せてきた。よし、今回はこれでいいだろう。とりあえず少し休憩しよう。
大和が先に帰宅し、松野が本気モードで絵を描いていた為サイトはひとりで1階の自販機売り場へ行くため階段を降りた。
コーラのタブを押し開け、中身を飲み干すと糖分が脳内を駆け巡る感覚があった。誰もいない廊下でおっさんの様にゲップをすると
これまでの苦労が思い出された。油絵を描く道具集めに奔走したこと。部長に急に発表会に参加するよう言われたこと。他の部員のレベル
の高さと自分の無力さとのギャップに人知れず涙を流したこと。神崎と詠進先輩に水彩画の描き方を教えてもらったこと。
これまでの苦労が少し報われたと思った。少し、というところにサイトはすこし引っ掛かっていた。絵を描きあげたらもっと
達成感があるものだと思っていた。何か少し、残尿感のようなものがあるのを感じていた。
部室に戻るため階段を上がると部室の中からアッハッハと中年の女の笑い声が聞こえた。誰か来たんだろうか。サイトは部室の
ドアを開けると、やはり中年の先生が神崎と話していた。どこかで見覚えがある。名前は確か...
「あ、君が最後の1年生部員の斉藤サイト君?私は知ってると思うけど英語教師の大島広子。こんどの発表会の審査員を
担当するからよろしくね。」
審査員、と聞いて頭に?マークを浮かべると休憩していた松野が言った。
「今回の発表会は先輩部員6人の他に顧問の大路地先生、そして美術部の代表の大島先生の計8人が審査してくれるんだ。
ひとり一票ずつ投票して一番票が多かった人が優勝、ってことだね。」
その優勝を勝ち取るため土日も休まず描き続けてるんだろ、と言おうとしたが嫌みになると思い、やめた。
サイトは大島先生によろしくお願いします、と挨拶をすると、こちらこそよろしくアッハッハ!と笑い声が返ってきた。
何がおかしいのやら。大島先生は笑みを浮かべながら言った。
「私はArtに対してなんの知識もないけど美術部の代表として公平に審査させてもらうわ。サイト君はどんなフィーリングの絵を描いて
るわけ?」
ところどころイントネーションの良い英語が混じるのは英語教師の宿命だろう。サイトがこの猫の絵です、と言い、
絵を見せるとまじまじと見つめた後こう言った。
「なーんか...もったいない感じのする絵ねぇ...もうちょっと工夫した描き方をしたらグッドフィーリングになると思うけど...
あ!私職員会議があるから戻ります。それじゃ、みんな頑張ってね。」
そういうと大島先生は足早に去ってしまった。いつものサイトであれば「なにがもったいないのか教えてください!」とくってかかった
かも知れないが今回はそういわれても仕方ないと思った。足りないなにか。それはなんなのかをサイトはぼんやりと、窓の外から
下校する運動部連中を見ながら思った。