方向性、定まる
割と長めの投稿です。
サイトは次の日の土曜日、町で一番大きな図書館へ来ていた。ここならタダで絵を描くために必要な情報を集められると思ったのだ。
我ながらグッドアイデアだ。とふふん、と鼻を鳴らすと意気揚々と自動ドアの入り口をくぐった。休みということもあり、
勉強の為訪れている学生、特にやることがないのかスポーツ新聞に目をやっているおっさん、ぎゃあぎゃあと泣く子供を
静かにするよう注意する母親など色々な人達で図書館は賑わっていた。いや、図書館なので本当は静かにしなければならない
のだが。サイトは館内案内表で「美術」のコーナーを調べると一番奥にあるそのコーナーを目指して歩き始めた。
途中「音楽」のコーナーに気を取られたが差し迫った状況だったのでその隣の美術の本が置いてあるコーナーを目指した。
棚の上に「美術」の張り紙が付けられている棚を見上げると近代美術画家達の年表、彼らの作品を収めた画集などさまざまな
種類の本があるようだった。サイトは小難しそうな本が置いてあるその隣の棚を見てみた。油絵の描き方、美術入門など
絵の初心者向けの本が多数置かれていた。思ったとおりだ。サイトははやる気持ちを抑えながらそれらの本を3冊棚から
取り出すと座って読むためにどこか空いている席を探した。昼過ぎの図書館はとても混んでおりなかなか机が使える席は空いて
いなかった。不機嫌そうに舌打ちをしながら歩いていると見慣れた少年が2人掛け用の席に座っているのが見えた。
彼の正体は神崎智紀である。サイトは自分と同じ事を考えている同士がいた、と嬉しくなった。サイトはちょっと失礼、と
空いてる方のイスを引きどかっと深く座り込んだ。神崎は最初驚いた表情を浮かべていたが隣に座ったのがサイトであることに
気づくと、なんだ、サイトか、と笑みを浮かべた。彼も自分と同じような人間がいて嬉しかったようだ。お互い気味悪く笑い合うと
サイトが口を開いた。
「やっぱり絵の参考書を探すなら図書館だよな!ともちゃんは一体何を描こうと思っているわけ?」
サイトが勢いよく口を開いたので神崎がもう少しちいさな声で話すように、とたしなめると読んでいた本をサイトの方に向けた。
魚の絵が表紙のその本には「楽しい熱帯魚」と書かれていた。熱帯魚??絵の参考になる本を借りに来たんじゃないのか?
とサイトが首を傾げると、ともちゃんこと神崎は恥ずかしそうに答えた。
「いや、俺、熱帯魚が好きなんだ。だから今度の発表会で魚の絵を描こうと思って。」
頭をかきながら言い終わると再びその本に目を通し始めた。なるほどそういうことか。
サイトが状況を理解し「好きな事を描くって楽しいよな!」と知ったような事を大声で言うと、
神崎が再びしぃ~と指を立てサイトに注意した。どうやら結構神経質な性格らしい。気を取り直し神崎は言った。
「で?サイトは何を描こうと思っているわけ?」
そういわれるとサイトは苦笑いを浮かべた。いやいや、それより絵の描き方がわからないことの方が問題ですやん。
サイトは昨日描いたドラえもんの失敗を生かすべく、「やさしい絵画入門」と書かれた本を手に取ると「まだ考え中」と答えた。
神崎がああそう、というと2人は各々が持ってきた本を読みふけった。
サイトがぺらぺらと絵の入門書のページをめくると、花瓶に入れられた花のデッサンが描かれているページを見つけた。
「静物画を描いてみよう」と題材が付けられたその項目では水彩画によって絵の描き始めから完成までの工程を紹介している
ようだった。何気に次のページをめくってみると色の付けられていなかった花瓶と花に控えめに色が付けられており、
その次のページをめくるとアクセントをつけたようにいきいきとした花が描かれてあったのでサイトはおお、と声を漏らした。
その後も少しづつ絵に変化を加え、最後の項目では色鮮やかな花と入れ物である花瓶とのコントラスト、バックを引き立てる
背景が描かれており「これで完成です。みなさんも挑戦してみましょう。」という文で締めくくられていた。サイトは興奮気味に
向かいの席で「楽しい熱帯魚」と書かれた本を読んでいた神崎に「これ、すごくね?」と言って完成された絵のページを見せた。
神崎はおおぅ、すごいね、と言うと思いついたようにサイトに言った。
「サイトも水彩画で描いてみたらいんじゃね?中学で使ってた水彩セット、家にあるべ?製作期間が2週間しかないから油絵で描くのは
難しいと思うんだよな。水彩だったら俺も少し教えられるし。そのほうがいんじゃね?」
神崎が言い終わると、おお、その手があったか!とサイトは手を叩いた。今回は別に油絵で描く必要はないのだ。それと目の前の
神崎が水彩画の描き方を教えてくれるというし、これは願ったり叶ったりだ。サイトは神崎に尊敬のまなざしを向け、
「うん、そうする。」と言った。神崎がサイトのきらきらした視線を気持ち悪そうに本で遮ると釘をさすように言った。
「水彩画を描くんだったら水彩用のキャンバスノートがあったほうがいいよ。あと絵のごまかしができないからそれは肝に
命じてたほうがいいと思う。」
絵のごまかしができない、なんの事かわからなかったがサイトは自分の方向性が定まったような気がして、
「わかりました。師匠。」とふかぶかと頭を下げた。神崎があんまり期待すんなよ、と言うと帰りの支度を始めた。
また学校で、神崎が言うと持っていた本と図書カードを係員に渡し「2週間以内にご返却お願いします」と係員が言い終わる
前に自動ドアを通り図書館から出て行った。サイトも棚から持ってきた本3冊を借りることに決めた。2週間で読めるかわからなかった
がとりあえず絵を描く参考になれば、と思い図書カードと本を受け取って図書館を出た。あたりは少し暗くなっていた。
帰りに水彩用のキャンバスノート買わなきゃ、神崎に言われた事を思い出し、悩みが少しふっきれた表情でサイトは駅の方へ歩き始めた。