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松野VS詠進

サイトは教室に戻って授業を受けている際も、油絵セットを買わなければならない、という問題に頭を悩ませていた。


ときおり大和が大丈夫?と言った感じでこっちを振り返ったが、なんでもねぇよ、とサイトは強がった。


やがて一日の授業が終わり、大和に今日、部活出る?と聞かれたので、ああ、顔だけだしてくよ、と答えた。


サイトは教室の掃除の担当があったのですこし遅れて部活に参加することになりそうだった。大和が今日もサイトが


絵を描けない状況にあるということを察すると少し複雑そうな顔をしたが、先に行ってるといい教室を後にした。


サイトは箒を掃きながらこの問題を解決するにはどうするべきか考えていた。


サイトが約10分ほど遅れて美術部の部活に参加すると、一年生部員全員、部長の佐々木ノマ先輩、そして伊達詠進先輩がいた。


詠進先輩は昨日の部活の時にはいなかったのでサイトは少しうれしくなった。詠進もやぁ、とさわやかな笑みをサイトに返した。


しばらく、部員達はなごやかに談笑していたが、後輩部員の松野良風が話の流れを切るように口を開いた。


「伊達先輩、今日の朝、いままで描いていた絵が完成したんですが評価をいただけますか?」


神崎智紀がおいおい、空気読めよといった顔をしたが詠進はいいよ、と答えた。


昨日も部室で描いていたあの桟橋の絵だろう、と部員達は思った。それにしても松野のヤツ、朝の登校の時間も使って絵を描いていたのか。


俗にいう「朝練」をするぐらい絵に情熱を注いでいるのだろう。サイトは松野から並々ならぬやる気を感じた。松野が準備室から自分の


絵を大事そうに運び出し、イーゼルという三角形の木枠にその絵を置いた。松野が準備している間詠進先輩は楽しみだなぁ、と笑みを


浮かべながら言っていた。準備が整うとよろしくお願いします、と松野は頭をさげた。部員全員が前の方に置かれた絵を観るために


移動した。他の生徒達も全国大会に行くだけの腕前を持つエース部員がこの新進気鋭


の新入部員の絵をどう評価するのか気になっていた。部員達が絵に目を向けだすと松野が絵の解説をした。


「タイトルは僕の心と秋の空です。制作期間は三週間。去年撮影した大沼湖の写真を見ながら描きました。


そしてどんな心境で描いたかと言うと、」


神崎がもういいいよ、と松野の説明をさえぎった。これ以上話すと自慢話が入ってしまう。そう感じたのだろう。


ノマ部長が女心と秋の空、とタイトルを茶化すと一同に笑いが起こった。しかし詠進だけは真剣にじっとその絵を観察していた。


サイトは松野の絵をみて「感心」していた。心を奪われるというよりチャレンジ精神に溢れているという印象を受けた。


普通の風景画の背景に使われることがないであろう黄色やこげ茶、濃い紫を使い、秋の早い夕暮れをその絵は描いているようだった。


しばらくして詠進が絵を観るために傾けていた体を起こすと「感想言ってもいいかな?」と松野に言った。


詠進が松野の絵に対してどんな感想を持ったのか。他の部員達は心して詠進の話に耳を傾けた。


詠進は正面に絵、斜めに松野が見えるポジションでこの絵に対する感想を話し始めた。その内容はサイトが思っても見ない感想だった。


「まず、何を描きたいのかこの絵からは伝わってこない。デッサンはうまく出来てるけど彩色にまとまりがないせいで


非常にごちゃごちゃした印象をこの絵から受けた。桟橋の風景を描きたいのか、自分の感傷的な感情を描きたいのか


はっきりさせた方がいいと思う。」


さっきまでにこやかな笑みを浮かべていた詠進先輩がこの完成された絵に対し、辛辣な感想を言ったので他の部員達の


心に動揺が走った。さっきまで自信満々の表情を浮かべていた松野の顔はどこか青ざめているような気がした。


そこまで言わなくてもいいのに。部員達は詠進の言い分が少し厳しすぎるのではないか、と感じ始めた。


松野が弁解するように口を開いた。


「こ、この絵は風景画と、心象画をミックスさせた描き方を、トライしてみたかったんです。例えば悲しい秋の夕暮れ、と


言ったときに目の前にある風景だけじゃなくて自分の心も絵に投影させてみたらいいんじゃないかなぁと思いまして。


と、とにかく先輩、ありがとうございました。」


松野が声を震わせながら、ところどころ早口になりながら詠進に対していった。絵をみせる前に持っていたプライドは


すでにズタズタだろう。はやくこの鑑賞会を終わりにしたい、そんな様子が彼の口ぶりから感じられた。


詠進が口を開いた。


「でも下書きや構図の取り方はちゃんと出来てる。もっとシンプルな絵の描き方が出来れば全道大会にもいけるかもしれない。


この調子で頑張ってくれ。」


詠進は再びにこやかな笑みを浮かべながらやさしく松野に言った。松野は「はい、ありがとうございますた!」と声を裏返すと


そそくさと恥ずかしそうに絵を片付ける準備をした。今詠進が言った言葉はどれくらい彼の胸に届いたのだろう。


ノマ部長が「あ、そうだ、」と急に声を出し一年生部員全員に話を聞くよう促した。松野が体を向けたのを確認し部長は話し始めた。


「みんなが部活に入って約2ヶ月くらいかな。大体みんながどれくらいの絵のレベルなのかを知りたいと思ってたんだよね。


顧問の大路地先生とも話して決めたんだけど、一年生だけで絵を描きあげてそれを先輩や先生に評価してもらうのはどうかなと思って。


期間は2週間。絵の描き方は自由!何か質問のある人は?」


この提案には一年生部員全員が顔を見合わせた。サイトがおそるおそる手をあげた。


「あの~質問なんですが、俺もやっぱ参加しなきゃいけないんでしょうか?」


サイトが言うとノマ部長があ、そうかキミ、入部したばっかりなんだよねという顔をしたがこう言った。


「一年生は当然全員参加。ハンデなし!どんな作品でもいいから期間内に絵を描き上げる事!いいわね?」


ノマが得意げに言うとサイトは頭の中が真っ白になった。おいおいおい。自分はまったくの未経験者なんですけどぉ。


今目の前で自分の10倍は才能がありそうなヤツがコテンパンに酷評されたばかりなんですけどぉ。


巨大な渦の中に体が吸い込まれるような脱力感を体から感じた。なんてシビアな世界なんだ。


サイトは改めて絵の世界の厳しさがわかったような気がした。

次回から発表会編に入ります。


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