ある疑念
今回から美術部員編がスタートします。
サイトは母と夕飯を食べている時に今日学校であったこと話した。
伊達詠進という先輩が実はいいひとで部活に誘ってくれたこと。そこの部長が女の子だったこと。
松野という部員の歯にずっと青海苔がついていたことなど、その日美術部で見たこと、感じたことを
テレビを見ながらではあるがわかりやすく母に伝えた。そして最後に少し間をためてから決心したように言った。
「俺、美術部に入ることにしたよ。できるだけ母さんに迷惑かけないよう自分でなんとかやっていくから。
やっとやりたいことが見つかった気がしたんだ。」
母親の恵美はサイトが緊張した表情から和やかで期待に満ち溢れた表情になっていくのを見て、
やっと少し安心した。この子のやりたいようにやらせてあげよう。
しかし、母はあれ?と思いその疑問をサイトに投げかけた。
「そういえばあんた、絵なんて描いた事あったっけ?美術部っていったらみんな油絵で描いているんだろ。
いきなり大会なんか出たりしたら大丈夫なの?」
サイトは母に言われてはっ、と気がついた。美術部というのは絵を観て評価をするだけではなく、
自分で作品を仕上げ、発表していかなければならないのだ。そんな単純なことをサイトは忘れていたのだ。
サイトは自分の部屋に戻ったあとバラエティ番組を見ながら「絵を描くこと」について考えていた。
学校の授業で絵を描くことはあっても真剣に取り組んだ事などない、ましてや賞など取ったこともない。
サイトは今日会った松野の絵を思い出した。決して一般向け、といった絵ではないがその絵は寂しげな桟橋の風景を
独特の重いカラーリングで表現し、不思議な世界観を生み出していた。自分と同学年の生徒がこれだけの絵を描けるのだ。
サイトは自分がこの先美術部でやっていけるか少し不安になった。ましてや自分は美術未経験者。
自分を誘ってくれた詠進先輩に恥をかかすようなことはできない。あぁ、だめだ。
サイトは気を紛らわすためにテレビを消し机に向かった。一学期の試験のために漢字の書き取りでもしよう。
サイトはカバンをあけノートを取り出そうとすると自分のでは無いノートが一冊出てきた。
ああ、これは。このノートは昨日、教室で美術部に行く口実を作るために大和の机の上からもってきたものだった。
いけね、返すのを忘れてた。サイトが何気なくそのノートをめくるとあっ!とのけぞってノートを床の上に放り投げた。
一瞬なんなのか分からなかったがそのノートのページには頭の吹き飛んだ兵隊の絵が描かれていた。
サイトはそういったグロテスクな絵に対してまったく耐性がなかったので、目の前を急にゴキブリが横切ったような、
そんな事故のような不快感をその絵から感じた。なんなんだ、アイツ、なんでこんな気持ち悪い絵を描いてんだ。
サイトは恐る恐る床に落ちたノートを薄目を開けながら拾うと、勇気を出してその目のまま次のページをめくってみた。
次のページはグロテスクな絵ではないようである。サイトはほっとしてその絵に目を通すとそこには一個のりんごの絵が描かれていた。
おそらく、学校ではなく、自分の家で描いた絵であろう。そのりんごは立体感にあふれ、果物のみずみずしさと歯ごたえのありそうな
表面の硬さをサイトがつかっているようなシャープペン一本で表わしていた。
サイトはその絵を観ながらおいおい、とつぶやいた。松野のほかにこれだけ絵のうまいヤツがうちの部活にいるのかよ、
サイトは自分の能力の無さを実感し、再びテレビを付け、お笑い芸人のロケ番組を見ることにした。