軌道
「重力制御装置出力全開! 藍月を捉えます……」
【御舟】の重力制御装置から重力波が照射され、藍月を絡め取る。操舵室の受像機には刻一刻と変化する状態の数値が目まぐるしく表示されている。
時姫はその数値には目をやらない。もっとも凝視したところで、まったく理解することすらできないだろうが。
ただじっと〝声〟に耳を澄ませているだけだった。
がくん! と、操舵室全体が震動した。
考えられないことだった。
驚異的な重力工学の結果、どのような加速も瞬時に吸収し、船内に僅かの震動も感じさせない設計になっている【御舟】の船内が震えたのである。これがどれほど船体に打撃を与えているか、もし知っていたら時姫は、こうして悠然としてはいられなかったことだろう。
もしも本来の資格を持つ操縦士が指揮を執っていたら、即座に計画の中止を決めるほどの異常である。
みしみしみし……と【御舟】の構造体すべてが悲鳴を上げている。たった一隻で、巨大な質量である藍月の軌道を押し戻そうとする絶望的な戦いに、船体は今にもばらばらに分解する寸前だった。
藍月の軌道は僅かに変化した。ただし僅か、である。たったこれだけの変化を生じさせるため【御舟】の主出力装置である物質・反物質炉には怖ろしいほどの過負荷がかけられている。藍月の軌道を変える出力は熱に変換され、【御舟】の周りに新星が誕生するかのような強烈な赤外線となって放出されている。
検非違使たちの様子に変わりはない。
が、触れれば切れそうな緊張感が、辺りに満ち満ちていた。
時姫は目を閉じ、最後のときを待ち受けた。