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任務
藍月は紅月へ、じりじりと近づいている。紅月の引力が藍月を捉え、引き寄せる。その中間に【御舟】は、立ちはだかった。
双つの月に比べて【御舟】は、まったく取るに足らない小ささだ。しかし、かつて【御舟】は持てる超科学力で双つの月を本来の軌道から引き剥がし、この場所に置いたのだった。
しかし、その際には時間の制限は一切なく、ゆるゆると数年間という期間を置いて移動させたのである。
今回、再び【御舟】は、月の移動という信じ難い結果を残さねばならない。ところが、時間は僅か数時間──いや、藍月が紅月の引力圏に捉えられ、その潮汐力で引き裂かれる前に本来の軌道に押し戻さねばならない。
操舵室で時姫は、じっと受像機に映し出される藍月を見つめている。
時姫自身は艾薩克牛頓による万有引力の理論も、阿爾伯特愛因斯坦の相対性理論も知らない。ただ危機に対処する覚悟だけが行動させている。時姫の指令は操舵室の隅々まで行き届いていた。装置に対処する総ての検非違使は時姫の意思のまま、破滅的な任務を冷静に進めている。