甚左衛門
「ふうん、ここが【御舟】の中ってわけだ……」
頬傷の男は呟くと、じろりと辺りを見やって、ずかずかと内部へ踏み込んできた。帯に手をやり、反り返るような姿勢になる。
時姫を見つめ、目を細めた。
「信太従三位の娘、時子姫……。久しぶりだなあ!」
「啄木鳥の甚助っ!」
時姫が怒りの形相を顕わにして叫ぶ。男は首を振った。
「その名前は、昔のものだ。今は、木戸甚左衛門ということになっている」
時太郎は叫び返した。
「木戸甚左衛門? それじゃ、母さんを攫ったのは……」
甚左衛門は、きっと時太郎を睨んだ。
「どこで、その話を聞いた? ははあ、お前さんが時姫の息子、時太郎か。その二人は、お初にお目にかかるが」
時太郎が何も言わないので、甚左衛門は顎を撫で、考え込む素振りになる。
「大方、木本藤四郎の奴めが吹き込んだのに違いない。奴はこそこそ、おれのことを嗅ぎまわっていたようだからな。それで、どこかでお前さんに会ったのかもな」
時太郎の表情を読み、甚左衛門は哂った。
「どうやら図星のようだな」
時姫が口を開いた。
「甚助……いや、甚左衛門殿。いったい、そちは何用でまいったのじゃ?」
「さっきから話を聞いていると、あんたは、この【御舟】を掌握しているらしい。こいつで何かやらかすつもりらしいが、よせよせ! どうせ女のあんたにできることは、高がしれている。どうせなら、おれに任せるのが利口だぜ!」
「馬鹿なことを……そちゃ、この【御舟】のことを、何も知らぬと見える」
「そうだ、おれは何も知らない。が、これならどうだ?」
いきなり甚左衛門は刀を抜き、時太郎の首筋に当てた。
「これなら、話は別だな? さあ、おれに、この【御舟】を渡すんだ!」