脅迫
見ると、御所の入口から二輪車に跨った武士が一人、猛速度で突っ込んでくる。真っ赤な皮の陣羽織、群青色の着物に、錆び色の袴という派手派手しい装束の男である。
男は二輪車の後輪を滑らせるようにして停止させると、がちゃんと乗り捨て、そのまま真っ直ぐ義明に向かってくる。
ひらりと庭から土足で渡り廊下に踏み込み、ずかずかと大股に歩いてくる。その顔に、見覚えがあった。
確か、木戸甚左衛門……。
緒方上総ノ介の家来である。
「義明殿! 藤原義明殿で御座るな!」
あたりも憚らず、大声を上げる。
義明は耳を塞ぎたい気分であった。上総ノ介といい、この甚左衛門といい、武士という奴輩は、なんと無作法な連中なのか!
甚左衛門はぐっと義明に詰め寄り、喚くように大声を上げる。
「【御舟】へは、どう行けばよい? 道を教えろ!」
普段の甚左衛門とは一変していた。義明の記憶では、甚左衛門はついぞ、このように荒々しい声を立てる人間ではなかったように思える。
今、この男は仮面を脱ぎ捨て、本来の粗野な地金を出しているのに違いない。甚左衛門の勢いに、義明は真っ青になった。
「お、【御舟】は……麻呂ら公卿しか訪れることを許されぬ……禁断の場所で……」
甚左衛門はすらりと刀を抜き放ち、刃を義明の首に擬した。義明は恐怖に「ひいっ」と悲鳴を上げた。
「教えろ、とおれは言っているんだ、この唐変木!」
甚左衛門の目付きは真剣である。
「わ、判り申しておじゃる……」
がくがくと義明は頷く。
下穿きが、なにやら異様に暖かい。
目を落とすと、足下に黄色い染みが広がっていく。失禁したのだ。
甚左衛門は鼻筋に皺を寄せ、せせら笑った。
「唐変木公卿といえども、死ぬことは怖いと見える。さあ、案内せよ!」
義明はくるりと背を向け、歩き出す。