鍵
扉が開く。操舵室である。
部屋の構造は、時姫の理解を超えていた。操舵室であるに関わらず、船の舵輪というものが見当たらない。〝声〟の中に度々出てきたので重要な場所であるとは判っていたが、操舵室という言葉から、船の艦橋を想像していたのである。
ここは【御舟】の天辺近くに位置しているらしい。丸い円形の部屋に様々な機械が犇いている。その機械に幾人かの検非違使が取り付き、下で見たような光景を繰り広げている。
時姫の姿を見咎め、一人の検非違使が足早に近寄ってくる。金属的な声が検非違使の仮面から響いた。
「ここは、一般乗客の立ち入り禁止区域である。すぐ元の場所へ戻りなさい」
検非違使の声は無表情で、平板だった。まるで抑揚というのが感じられなかった。
時姫は首を振った。
「妾は、この場所に用があるのです。そなたこそ、どきや!」
検非違使は時姫の言葉には反応せず、ずいと一歩前へ進み出る。力任せに時姫を昇降機へ押しやろうとする。それを察し、時姫は叫んだ。
「臨!」
叫ぶと同時に手の指を組み合わせ、九字の印の最初の一文字を形作る。ぎくり、と検非違使の動きが止まった。
「兵!」
他の検非違使たちは、時姫を凝視している。
「闘!」
時姫は次々と叫んだ。
「者・皆・陣!」
部屋の中心に進む。検非違使たちは、ぴくりとも動かない。
「裂・在・前!」
時姫はその言葉をもう一度、はっきり早口に繰り返す。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前!」
しーん、とした静寂が支配した。
時姫は周りの検非違使を見回し、静かに宣告した。
「聞いたであろう。この言葉を発する妾こそ【御舟】の真の支配者であることを。よいか、皆の者、妾の下知に従え!」
検非違使たちは、しずしずと頭を下げ、時姫に忠誠を誓う。最初に声を掛けてきた検非違使が、再び声を上げる。
「なんなりと、ご命令を……」
時姫は頷いた。
これこそ【御門】が切望していた信太一族がひた隠しにしていた【鍵】であった。