殺戮
「う……討て──っ!」
大音声で叫ぶ。
ざあっ、と武者たちが背中の箙から矢を番え、ぎりぎりぎり……と引き絞る。
ちょう──!
数十本の矢が一斉に放たれる。矢は見事な放物線を描き、ぐさぐさと黒い雲に吸い込まれていく。
が、雲はまるで平気のまま、ずるりずるりと御所の塀を越え、都大路に集合している二輪車に迫ってきた。
ついに、一騎の武者が雲に呑みこまれた!
「ぎゃあっ!」
魂消るような悲鳴が上がる。
ぐわしゃん、と二輪車が横倒しになる。武者の姿が雲に呑みこまれ後には、鎧兜だけが抜け殻となって残された。
あっという間に、人間だけが姿を消していた。
「ひいぃ──!」
藤四郎は恐怖に喚いていた。
なにか、この世の物ではない怪異を見た。そんな惧れが、藤四郎の手足を硬直させる。
一騎の武者が、野放図にも二輪車を蹴立て、すらりと騎乗で刀を抜き放つ。
ぶんっ、とばかりに黒雲に切りかかった!
「う!」
武者の顔が驚愕に歪んだ。
ぐいっ、ぐいっと黒雲に突っ込んだ刀を抜こうとするが、どうにも抜けない。
ぱきん! と音を立て、刀は真っ二つに折れてしまう。呆然と武者は残された刀を見つめている。
ぐう──っ、と黒雲は凝集し、一つの塊となって持ち上がった。
奇妙だった。確かに塊となっていると思われるのに、その縁はぼんやりと霞んでいる。実体があるにかかわらず、まるで、ふわふわとした煙のように見えた。
塊は〝ある形〟を取ろうとしているようだった。
藤四郎には、それは人間のように見えた。
手足、頭、胴体が見分けられる。顔に当たる部分に一つの巨大な目が現れ、あたりを睥睨した。
──我は【御門】なり──
ごぼごぼとした声が辺りに響いた。それは声を発することに慣れていないのか、ゆっくりとした喋り方であった。だが、確かにそう聞き取れた。
──我に逆らうか……? そのつもりなら、地獄を見せてやろう──
殺戮が始まった。