水虎
ぷかぷかと湯の中に数人の河童が、のんびりとした顔つきで浮かんでいる。皆、手足をだらりと伸ばし、水母のごとく漂っている。中には人間の所作を真似して、頭に手ぬぐいを載せている河童もいた。
すっかり河童淵の河童たちは湯に浸るという快楽に浸っていた。こうして暖かな湯に全身を浸けているだけで、あらゆる心配事が溶けていきそうだ。もっとも河童という生き物は、心配事など本来あまりしないものだが。
とりわけ湯に浸かることを好むのは長老だった。小柄な身体が湯に浮かび、長くて真っ白な頭髪と髭がゆらゆらと湯に漂う。
不意に長老は目を開いた。
「ん?」
首を傾げる。
同時に隣で湯に浸かっていた河童も目を開き、長老と目を合わせた。
「長老さま……?」
「うむ」と、長老は重々しく頷いた。
ざばりと湯から立ち上がり、地面に這い上がった。
「今の〝声〟は、なんじゃろうな?」
「滝のほうから聞こえましたな」
杖をとると、よちよちと歩き出した。長老の歩みに釣られ、河童淵の河童たちも集まってくる。それまで湯に浸かっていた河童たちも慌てて長老に従った。
長老は首を捻っていた。
「さっきの〝声〟は、河童の【水話】のようじゃったが」
ぞろぞろと河童たちは滝の方向へ向かっていく。男も女も、幼い河童の子供たちも混じっている。
その集団を見回し、長老は呟いた。
「三郎太がおらんの」
隣で歩く河童たちは、改めて三郎太がいないことに気付いたようだった。
「あっ、あれを!」
先頭を歩いていた河童が声を上げる。その声に顔を上げた長老は目を見開いた。
前方に水虎さまの像が見えてくる。
水虎さまの像を見上げた長老は呟いた。
「お! 水虎さまの目が開いた……」