悪寒
転がるように大極殿から廊下へ飛び出した。
ごごごご……と、御所全体が揺れている。
みしみしと柱が軋み、がらがらと大極殿の大屋根から屋根瓦が雪崩れ落ちていく。
ゆっさ、ゆっさと地面が波立った。
大屋根を仰いだ義明は言葉を失った。大極殿の大屋根の向こう、聳え立つ【御舟】から、ゆらりと黒い影が立ち上る。
「あ、あれが【御門】の正体だというのか? し、信じられぬ……!」
呆然と目を瞠っている義明に声を掛けた者があった。
「あれは、何だ?」
「み、【御門】さまじゃ……おん自ら、外へお出ましになったのじゃ……」
答えて義明は「えっ」と振り返った。
そこに三人の人影があった。一人は目元に痣が浮かぶ少年、一人は少女、三人目は烏天狗。
「そちらは?」
少年は大きく頷いた。
「おれは、時太郎。河童淵の時太郎!」
義明は叫んだ。
「お前が時太郎?」
あれほど待ち望んだ相手が、いざ出し抜けに現れるという驚きに、義明の思考は停止してしまった。
「な、何をしに現れた?」
我ながら間抜けな質問だと思う。時太郎は一つ頷き答える。
「おれは、母さんに会いに来た。案内してくれ」
義明はきょときょとと辺りを見回した。助けを呼ぼうとしたのだが、どうした訳か、いつもは至る所どこにでもうろうろしている検非違使の姿が、一人も見当たらない。
義明は時太郎という少年を見つめた。なぜだか、じわりと背筋に寒気が這い登る。
まるで【御門】と対峙しているような気分であった。