奏上
どたどたと足音を響かせ、公卿の一人があたふたと御所の廊下を走りながら喚いている。
「城じゃ! 浮かぶ城が彌環湖を渡って、御所の近くへと攻め寄せてきおった!」
「なんと! それは、もしかして……」
「左様、左様! 上総ノ介めの破槌城よ! 麻呂は以前、上総ノ介の招きで破槌に遊んだことがあったが、その時に見た破槌城が、帆柱を立て、船となって寄せてきたのでおじゃる」
公卿たちは一団となって藤原義明の周りに集まった。全員の顔色は、塗りたくった白粉より白くなっていた。
義明は大声を上げた。
「落ち着けと言うに、判らんのか? いま、手は打っておるわい。いずれ【御門】さまが首尾よく解決してくれるゆえ、静まりかえるのが肝要じゃぞ」
「そ、そんなこと……【御門】がなぜ、乗り出してくると言えるのじゃ?」
義明は、ふっと躊躇った。
時姫の息子、時太郎を捕えるよう検非違使を動かしたことはまだ、誰にも喋ってはいない。【御門】の求める信太一族が隠しているという【鍵】が手に入れば、【御門】は御所のことに目を向けてくれるのではないか、という期待である。
公卿たちは必死な視線を向けてくる。御所がこれほどの武力と直面するような事態は、かつてなかった。そのため、皆どうしていいか分からないのだ。
「義明殿、お手数であるが、お手前が【御門】に奏上してもらえないかの?」
驚きに義明は仰け反った。
「麻呂に?」
「そうじゃ、そうじゃ! 今は非常事態であるからの。こういう場合は、関白殿のお越しを願うしかないと思うぞ」
公卿たちの圧迫に、つい義明は、頷いてしまった。押し切られた格好だ。
「わ、判った……麻呂が奏上いたそう……」
たじたじとなった義明は、それでも精一杯の威厳を保ってくるりと一同に背を向け、大極殿の方向へ足を向ける。その背中に一人が声を掛けた。
「お頼み申し上げるぞ、関白殿!」
こんな時だけ関白殿と呼びかける公卿たちに、義明は内心ぺっぺと舌打ちしたい気持ちだった。