帆
破槌城の前面は長い坂になっている。その坂を、城はゆっくりと滑り落ちていた。
ざざあ──と城は彌環湖に突っ込んだ。
着水の衝撃で、ざばーっと巨大な水飛沫が上がる。あまりに大きく、その高さは城の天守まで達するほどである。
上総ノ介が「ほーっ、ほっほっほっ!」と鳥のような叫び声を上げていた。
笑い声らしい。
甚左衛門を振り向き、声を掛ける。
「甚左衛門! 上首尾じゃぞ! 見よ!」
その言葉に甚左衛門は上総ノ介の隣に歩み寄り、窓から彌環湖を見下ろした。
ついに破槌城に帆が掲がった。
巨大な三角帆は一杯に向かい風を受け、城は風に逆らって前方に進んでいく。
「甚左衛門、彌環湖は京の都に続いておる。この破槌城の姿は、京の公卿どもの肝を拉いでやるに充分じゃ! もはや【御門】めに面会させぬとは言わせん!」
上総ノ介は目を輝かせていた。
城がそのまま帆船になるという案を思いついたのは上総ノ介本人である。狂弥斎は上総ノ介のその思い付きを実行に移せるよう、城を改造したに過ぎない。
「これを手はじめに、いつか浮かぶ城を連ねた無敵艦隊を編成するのじゃ!」
甚左衛門は改めて上総ノ介の独創性に感嘆していた。
これなら殿は【御門】に無理やり面会を叶えるかもしれないな──おれには関係ないことだが。
しかし……。
甚左衛門は上総ノ介に気付かれないよう、微かな笑いを浮かべた。ちょっと悪戯してやれ、と思ったのである。
甚左衛門は懐の移動行動電話を操作した。時太郎の画像情報を転送する。
あて先は、関白太政大臣の藤原義明である。