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音
ふと思いつき、懐から父親の三郎太から渡された櫛を取り出す。
漆塗りに螺鈿が施された、いかにも女物らしい櫛である。
「それ、あんたのお母さんの櫛ね」
「うん」
頷いた時太郎は櫛を弄び、その中の一本を何の気になし指先で弾いた。
ぽおーん……
「わっ!」
驚いた時太郎は思わず櫛を取り落としていた。
「どうしたの?」
お花が時太郎の取り落とした櫛を拾って話しかける。時太郎は呆然とお花の手にした櫛を見つめていた。
「いま、音がした……」
「うん。ぴん、と弾いた音がしたね。それがどうしたの?」
「そんなんじゃない! もっと大きくて、深い音がしたんだ」
お花は首を傾げる。手にとった櫛の歯を触り、弾いた。
ぴいいいいんっ!
「わあっ!」
時太郎は耳を押さえた。
今度の音は、さらに大きく、高い音だった。
お花と翔一は目を丸くしている。それを見て時太郎は思い当たった。
二人には聞こえないんだ。これは、おれにしか聞こえない音なんだ!
「ちょっと拝見……」
なぜか翔一が興味津々にお花の手にしている櫛を覗き込む。眼鏡をずり上げ、まじまじと表面の螺鈿に目をやった。