LEVEL
一時間目。
算数。
先生が黒板に式を書いている。
浩一はノートの端へ四角を描いた。
「LEVEL1は……いい。」
小さく呟く。
「簡単だからいいんじゃない。」
四角の中へ丸を書く。
「"このゲームはこうやって遊ぶ"って覚えさせるため。」
丸に×を引く。
「でも同じことを二回やらせたら終わり。」
その横へ。
LEVEL2
と書く。
「ここ。」
鉛筆が止まる。
「ここで裏切る。」
「クリックするゲームだと思わせて。」
「違う。」
「……。」
「いや。」
「違うんじゃなくて。」
浩一は少し笑う。
「"クリックだけじゃない"って気付かせる。」
「それだ。」
「中村。」
先生が振り返る。
「ノート見せて。」
「あ。」
浩一は慌ててノートを閉じた。
放課後。
部屋へ飛び込む。
ランドセルを放り投げる。
椅子を引く。
パソコンを開く。
「LEVEL2。」
Google Sites。
真っ白なページ。
「昨日はクリック。」
「今日は……。」
キーボードを見つめる。
「ブラウザってクリックしかしないと思われてるんだよな。」
ブラウザを閉じる。
もう一度開く。
「でも。」
「キーボードも使う。」
検索。
ブラウザ ショートカット
一覧が出る。
「Ctrl+C。」
「コピー。」
「違う。」
「Ctrl+F。」
「検索。」
「うーん……。」
スクロール。
「Ctrl+R。」
「更新。」
「違う。」
さらにスクロール。
「Ctrl+A。」
浩一の手が止まる。
「全部選択。」
数秒。
「……全部選択?」
椅子から少し身を乗り出す。
「全部見るってことか。」
口元が少し緩む。
「面白い。」
すぐGoogle Sitesへ戻る。
文章を書く。
止まる。
「いや。」
全部消す。
「説明から考えるな。」
「答えから考える。」
腕を組む。
「プレイヤーに何をさせたい?」
数秒。
「Ctrl+A。」
「じゃあ。」
「どうやったら押したくなる?」
また止まる。
「違う。」
「押したくなる必要ない。」
「偶然でもいい。」
「学校のパソコン授業で知ってる奴が一人くらいいる。」
浩一は笑った。
「そいつが見つける。」
「『Ctrl+A押してみろ』って言う。」
「周りが『え?』ってなる。」
「その空気。」
「それが見たい。」
キーボードを叩く。
文字を書く。
色を背景と同じにする。
更新。
ページを開く。
「ない。」
Ctrl+A。
文字が浮かぶ。
浩一は無言で見つめる。
「……。」
解除。
もう一回。
Ctrl+A。
「いい。」
もう一回。
「いや。」
「文字が長い。」
戻る。
短くする。
「これ。」
更新。
Ctrl+A。
「うん。」
「一秒で読める。」
「一秒でクリックできる。」
「よし。」
三時間目。
社会。
日本地図が黒板いっぱいに貼られている。
浩一は教科書の句読点を見つめていた。
「……。」
鉛筆で小さな点を書く。
「人って。」
「文字は読む。」
「でも記号は読まない。」
もう一つ点を書く。
「じゃあ。」
「記号に意味を持たせたら?」
自分で首を振る。
「いや。」
「早い。」
「まだ早い。」
「LEVEL3だ。」
点の横へ。
LEVEL3
と書いた。
「ゲームって。」
「難しくするんじゃない。」
「昨日までの考え方を捨てさせる。」
「それの繰り返し。」
先生が言う。
「中村。」
「はい。」
「地図見ろ。」
「あ。」
教室が少し笑う。
浩一は気にしなかった。
夜。
再び机。
LEVEL3。
「昨日クリック。」
「今日キーボード。」
「明日は。」
画面を眺める。
「読む人ほど気付かない場所。」
文章を打つ。
消す。
打つ。
消す。
「違う。」
また消す。
「文章がおもしろくない。」
腕を組む。
「サイトって。」
「ゲームなのに。」
「俺、一人で小説書いてる。」
少し笑う。
「違う違う。」
キーボードを叩く。
短く。
挑発的に。
読み終わった瞬間、目が別の場所へ行くように。
「……。」
更新。
最初から遊ぶ。
クリック。
次。
キーボード。
次。
止まる。
画面を見る。
「ここで三秒考える。」
時計を見る。
「一。」
「二。」
「三。」
少しだけ笑った。
「ちょうどいい。」
パソコンの画面には、まだ未完成のゲームが映っている。
それなのに浩一の頭の中では、もうクラスメイトが夢中になって遊んでいた。
それから数日。
浩一の生活は、学校と部屋だけになった。
教室では授業を受けながら考える。
家ではその答えを試す。
その繰り返しだった。
二時間目。
算数。
黒板を見ながら、浩一はノートの隅に小さく書く。
LEVEL4
「……クリックする場所って、ボタンじゃなくてもいいんだよな。」
鉛筆で文章を書く。
最後の一語を丸で囲む。
「人って"押してください"って書かれると疑う。」
「でも普通の文章なら疑わない。」
「じゃあ。」
「普通の文章の中に入口を混ぜる。」
少し笑う。
「気付いた人だけ進める。」
放課後。
パソコンを開く。
文章を書く。
読む。
「長い。」
Delete。
もう一度。
「次へ進みたいなら――」
「いや。」
「説明してる。」
また消す。
「普通に喋る。」
入力。
画面を更新。
読む。
カーソルを合わせる。
クリック。
「……。」
少しだけ口元が緩んだ。
「これくらい自然なら、押した人だけ気付く。」
翌日。
国語。
先生の朗読を聞き流しながら、浩一はノートへ大きく書いた。
LEVEL5
「人って。」
「大きいものを見る。」
「だったら。」
「大きい文字を、ただのタイトルだと思わせる。」
少し考える。
「でも派手すぎると怪しい。」
線を引く。
「普通。」
「普通に見える大きさ。」
「そのくらい。」
夜。
フォントサイズを変更。
「四十八。」
「いや。」
「五十六。」
更新。
「でかい。」
四十八へ戻す。
「文字間隔。」
少しだけ広げる。
「……。」
クリック。
ページが切り替わる。
「タイトルに見える。」
「でも入口。」
椅子を回しながら笑う。
「気付いたら気持ちいい。」
翌日。
社会。
「LEVEL6。」
浩一はブラウザの上を見つめる仕草をする。
「画面の中ばっかり見てる。」
「でも。」
「ブラウザって画面だけじゃない。」
鉛筆が止まる。
「タブ。」
「アドレス。」
「戻る。」
「更新。」
「全部ブラウザなんだ。」
少し笑う。
「ゲームの外側もゲームにできる。」
夜。
ページを開く。
URLを見る。
「ここも使える。」
メモ帳を開く。
「ゲームはページの中だけ。」
その考えに線を引く。
「違う。」
「ブラウザ全部がゲーム。」
更新。
「……。」
「面白い。」
LEVEL7。
「文字を読ませる。」
「じゃない。」
「配置を読ませる。」
ページを開いては閉じる。
開いては閉じる。
「右上。」
「いや。」
「左下。」
「違う。」
「中央から少し外す。」
「人間って、違和感がある場所を見るから。」
LEVEL8。
「入力欄。」
試す。
「名前を書いてください。」
「ダサい。」
Delete。
「自由に触りたくなる形。」
枠を細くする。
「これ。」
試す。
「説明してないのに触りたくなる。」
LEVEL9。
「スクロール。」
ページを上下する。
「短いページだと思わせて。」
少しだけ余白を追加。
スクロール。
「あ。」
口元が緩む。
「まだ続いてた。」
「その感覚。」
「いい。」
LEVEL10。
浩一は椅子にもたれた。
最初から遊ぶ。
クリック。
考える。
進む。
画面を見る。
また進む。
十ページ目まで来た。
大きく息を吐く。
「……。」
静かな部屋。
「同じ問題、一個もない。」
少し笑う。
「毎回、考え方が変わる。」
「それでいい。」
ディスプレイの光が眼鏡に映る。
「答えを探すゲームじゃない。」
「"考え方"を探すゲーム。」
その言葉に、自分で頷いた。
翌朝。
教室。
浩一は席に座るなり、ノートへ書き始める。
「LEVEL11は……。」
「一回簡単にして。」
「油断させて。」
「その次で――」
「浩一。」
声がした。
大翔だった。
今日も、少し大げさな笑顔を浮かべている。
「最近さぁ。」
「授業中、ずっと何か喋ってるよね。俺のクラスにも噂で流れてくるくらいだぜ?」
「ゲーム。」
浩一はノートから目を離さない。
「頭の中だけじゃ追いつかない。」
「だから口に出してる。」
「へぇー!」
大翔は笑う。
「面白そうじゃん!」
その笑顔は少しだけ固かった。
(……また始まった。)
(授業中くらい静かにしてくれよ。)
(毎日ブツブツ聞こえてくるんだよな……。)
それでも表情は崩さない。
「完成したら見せてよ!」
浩一はようやく顔を上げた。
少しだけ笑う。
「一番最初に見せる。」
「大翔だから。」
一瞬だけ、大翔は言葉に詰まる。
「……そ、そっか!」
笑って親指を立てる。
「楽しみにしてる!」
席へ戻ろうとした、その時。
通路に消しゴムが転がった。
浩一は何も言わず立ち上がる。
拾い上げる。
落とした女子の机へ、そっと置く。
「落ちてた。」
それだけ言って、自分の席へ戻る。
女子は少し驚きながら、小さく頭を下げた。
「……ありがと。」
浩一はもう返事をしない。
ノートを開き、鉛筆を走らせる。
「LEVEL11……。」
教室のざわめきは、もう彼には届いていなかった。




