ねむり月のみそか
ねむり月 みそか。
山のけものは木のうろ、岩の洞、土の床に入って眠りを得たか。
ときわ緑のお山の遠景は、白いもやに煙ってみえぬ、
迷い児みなしご全て包んで、しろい綿巾の中にねむれ。
諍いの家をあとにして、見上げた空は灰にむかう白。
こがね陽のささぬ中から、ぼたぼたしずくが落ちやまない。
つめたい石の家々、濡れた石だたみ、すべて沈黙の灰色。濃灰色。
けぶるわたしのため息も、灰に向かう白。
傘をあける。きいろい傘、ぶい。
あざやか黄色の実がふくらんで柚子になる。
まるい柑のでこぼこ表面に雨しずくが舞う。
あわだち泡立ち、うずうず渦となって、あの金色の芳香がながれ出る。
ぶいー! たのしき咆哮!
きいろい傘は柚子の実となりあわだって叫び爆発する、
地上に咲いた黄金の太陽。
そこから光がうまれてのびて、灰にむかう白色の空に届く。
柚子の光は、かなしみの白い湿気をやさしくかき分けた。
みどり色に晴れた空が、そこにうふふと笑っている。
はるかなる地の人びとが微笑む、やさしいまなざしの色。
翠の空が、白いかなしみの湿気に取り巻かれ、黄金たちばなの陽光に照らされている。
ぶいぶい、きいろい傘の下。
視界いっぱい、閉じたまぶたの裏いっぱいに、わたしはその空をいつまでも見ている。
つめたさかなしさ、虚しさつのる眠月のみそか。
【完】




