第56話:狂犬
部下たちが突然意識を失って、ゾルディは冷や汗を垂らしている。
「最近、俺の家に侵入しようとする奴らが多発している。これっておまえの仕業じゃないのか?」
「てめえは何を言ってやがる? 俺は何も知らんぞ!」
ゾルディが言い逃れすることは予想していた。
「仮におまえの知らないところで『喰種連合』の奴が勝手にやったとしても、ボスのおまえの責任だってことは解っているよな?」
「傘下の組織がやることまで、俺が全部把握している訳じゃねえ。そこまで責任を取れる筈がねえだろう?」
「そんな言い訳が通じると思っているのか? 今のところは証拠がないけど、今度俺の家に侵入しようとする奴がいたら死体を持って行くから確認してくれ。
そいつが『喰種連合』と関係のある奴だったら、おまえに責任を取らせるからな」
俺はゾルディを正面から見据える。
「今日のことで意趣返しても同じことだ。俺たちは話をしに来ただけだから誰も殺さなかった。殺す気ならどうなっていたか。ゾルディ、おまえにも解るよな?」
ここでゾルディを殺すのは簡単だが、証拠がないから今のところはそこまでやるつもりはない。冷や汗を流すゾルディを放置して、俺は地下道を通ってレベッカたちのところに戻る。
「グレイ、ゾルディは見つかったの?」
「とりあえず話はした。あとは向こうの出方次第だな」
倒れている大量の構成員たちを残して、俺たちは『喰種連合』の本部を後にする。
これでゾルディが大人しく引き下がるとは思わないけど。
※ ※ ※ ※
※三人称視点※
『喰種連合』のボス、ハイエナの獣人ゾルディ・ゴーマンは下水のトンネルを抜けると、傘下の1つである犯罪組織のアジトに逃げ込んだ。
「ゾルディ―の旦那、そんなに慌ててどうしたんですか?」
組織のボスである蜥蜴の獣人が慌てて出迎える。
「馬鹿野郎、これが落ち着いていられるか! 『喰種連合』に喧嘩を売る馬鹿が現れやがった。この俺の顔を潰しやがって……
グレイって奴は『混じりモノ』に間違いねえ! おい、ドラーケンとウルフガングを呼んで来い! 奴らと『喰種連合』の全面戦争だ!」
「ゾ、ゾルディの旦那、冗談は止めてください! あの二人は昼間から薬漬けで手が付けられねえ……下手に近づいたら殺されちまう!」
「良いから呼んで来いって言っているだろう! 俺の命令が聞けねえなら、この場で殺してやる! てめえが死にたくねえなら、若え奴を行かせれば済む話だろう!」
憤慨するゾルディに、組織のボスは従うしかない。ゾルディはガルブレナの三大犯罪組織のボスであると同時に、S級ハンターに匹敵する実力者だ。逆らえば簡単に殺されてしまう。
「おい、話は聞こえていたな? ゾルディの旦那の命令だ。死んでも、あの2人を連れて来い!」
「へ、へい、解りやした! ここにいる全員で行くぞ!」
構成員たちが青い顔で外に駆けていく。
彼らが向かったのはスラム街にある廃墟のような建物だ。
どういう訳か、周りの建物は破壊の限りを尽くされており、とても人が住めるような状態じゃない。
構成員たちがドアの前に立つと、中から甘い香りと血の匂いが交じった空気が漂ってくる。
「ドラーケンさん、ウルフガングさん、いるんですよね?」
ドアをノックして、声を掛けても返事がない。構成員たちは覚悟を決めてドアを開ける。
中は押し込み強盗でも入ったようなひどい有り様だった。家具は全て破壊されて、壁は穴だらけだ。
奥へ進んで行くと、甘い香りと血の臭気がさらに強くなる。
不意にガラスが割れる音と共に女の絶叫が聞こえる。
音がした方に走っていくと、ズタボロになった全裸の女の死体が床に転がっており、その傍らに同じく全裸の2人の男がいた。
女の死体はもう殴る場所がないほど傷だらけで、手足が本来曲がらない方向にねじ曲がっている。頭から大量に流血しているのは、男が持っている割れた瓶で殴ったからだろう。
瓶を持っているのはダイアウルフの獣人のウルフガング、もう1人はワニの獣人のドラーケンだ。どちらも身長2mを超える巨体で、筋肉が隆起したゴツい身体をしている。
「ああ、死んじまったぜ。ウルフガング、てめえのせいだ」
「ウルセエ! もう少し持つと思ったんだよ。これくらいで死んじまう方が悪い!」
2人は床に散らばる錠剤を掴んで、口に入れると噛み砕く。錠剤は質の悪い麻薬だ。この量を一度に摂取すれば、常人なら一発で死ぬだろう。
「仕方ねえ、他の女を拉致りに行くか。ドラーケン、てめえも付き合え……で、てめえらは何しに来た?」
ウルフガングとドラーケンが部屋の前で呆然としている構成員たちを睨む。
「『喰種連合』のゾルディの旦那に、あんたたちを連れてくるように言われたんです」
「ゾルディ? ああ、弱え癖に偉そうなハイエナ野郎か! 用があるならてめえが来いって伝えろ!」
「あいつは俺を顎で使えると思っていやがるのか? ふざけるんじゃねえ!」
この2人は形としては『喰種連合』に所属しているが、本人たちにそのつもりはない。
「その……ゾルディの旦那には、必ず連れて来いと……」
言い終わる前に、ウルフガングが割れた瓶を顔に突き刺す。後頭部まで貫かれた構成員は即死する。
「あ゛? てめえ、しつけえんだよ!」
「ウルフガングさん、何を……」
「なんだ、てめえも死にてえのか?」
ウルフガングが殴りつけると、2人目が吹き飛ばされる。背中から壁にめり込んで、殴られた頭はトマトのように潰れている。
「ウルフガング、俺にもやらせろ。男を殺しても面白くねえが、暇潰しにはなるぜ!」
ドラーケンは巨体とは思えない速度で
駆けて、構成員たちを次々と殴り飛ばす。壁に叩きつけられた構成員は、肉と骨が潰れて全員即死だ。
「ドラーケン、やり過ぎだ。俺の分がなくなるだろうが!」
2人は笑いながら構成員を皆殺しにする勢いだ。ウルフガングとドラーケン、この2人はフェンリルの血が入った『混じりモノ』だ。
「ま、待ってくれ! あんたたちにタダで来て貰うつもりはない! 最高の娼婦を用意する! 娼館には話を通しておくから、やるなり殺すなり好きにしてくれ!」
「勿論、俺とウルフガングに1人ずつだろうな?」
「と、当然だ!」
「なんだよ、だったら話が変わるぜ。最初からそう言えよ」
そっちが話を聞かずに手を出したんだろうとは言えない。2人の気分次第で、簡単に殺されてしまうからだ。
「ほら、ゾルディのところに行ってやるから案内しろ」
「そ、その前に……せめて服を着て貰えないか?」
「ああ、忘れていたぜ」
ウルフガングとドラーケンは脱ぎ捨ててあった女の血と体液で汚れた服を、一切気にしないで身につける。
最後に部屋の隅に無造作に置いてあった武器を手にすると、抜き身のまま肩に担ぐ。
「ほら、早く案内しろ」
「娼婦がブサイクだったら、てめえを殺すからな」
娼婦を用意すると言ったのは、その場しのぎの出任せだ。そう言わなければ殺されていた。結局生き残ったのはこの男1人だ。
約束を守らなければ、殺されるのは自分だけじゃないだろう。あとは組織のボスとゾルディに丸投げしようと構成員は腹を括る。




