第9話:手合わせ
食事の後片付けが終わると、俺とクリフはジャスティアと一緒に城塞の結界の外に出る。城塞の中で手合わせなんかしたら、建物を破壊してしまうからだ。
「ジャスティア、シェリルも付いて来ているけど、シェリルはこの辺りの魔物に勝てるくらいに強いのか?」
ここは辺境地帯の奥地だから、生息している魔物は正真正銘の化物のような強さだ。
「ああ、問題ねえ。シェリルは俺が鍛えているからな」
ジャスティアがそう言うなら、俺が口を挟むことじゃないだろう。
「グレイオン、おまえの使用人は大丈夫なのか? 俺と手合わせしている最中に、そいつを守る余裕はねえと思うぜ」
ジャスティアが獰猛な笑みを浮かべる。予想はしていたけど、只の手合わせじゃないってことだな。
「だったらシェリルに守って貰うか。シェリル、悪いけどクリフのことを頼めるか?」
「ええ、解りました。貴方はジャスティア様に存分に鍛えて貰ってください」
シェリルの反応が柔らかい。今のシェリルならクリフを任せても大丈夫だろう。
「あの……シェリル様、よろしくお願いします」
クリフが深く頭を下げる。使用人ってことになっているし、人間のクリフにとって竜人は支配階級だからな。
「クリフ、貴方は私の使用人ではないのですから、そんなに畏まることはありませんよ。それに貴方はグレイオンのことを呼び捨てにしているのに、私を様と呼ぶのはどうかと思います」
棘がある感じじゃなく、シェリルは窘めるように言う。
「は、はい……その、僕がグレイオンを呼び捨てにするのは、事情がありまして……」
クリフが困っている。今さらクリフを追い出すことはないだろう。本当のことを話すか。
「俺はエリアザード家を追い出されたから、クリフは俺の元使用人で、こいつは俺のことを心配してついて来たんだ。だから俺とクリフは対等な関係で、俺の方から呼び捨てにしろって言ったんだよ」
シェリルが驚いて、ジャスティアが面白がるような顔をする。
「グレイオンとクリフが対等な関係……なるほど、そういうことですか。でしたらクリフは私のことを好きに呼んでください」
シェリルがまた生暖かい目で俺を見る。4人で森の中をしばらく進むと。
「これくらい離れれば十分だろう」
ジャスティアの手の中に突然2本の大剣が現れる。当然だけどジャスティアも『収納庫』が使えるってことだな。
大剣は2本ともジャティアの身長くらいのサイズで刃も分厚い。相当な重量の筈だが片手で軽々と扱う。
ジャスティアは史上最強の竜人って言われているんだから、これくらいは当然だろう。
シェリルがクリフを連れて、俺とジャスティアから離れる。これで戦いに巻き込むことはない。
「グレイオン、最初から本気で掛かって来い!」
竜人は竜の姿になることで強大な力を得る。だけどジャスティアの魔力は人の姿の時点で、成竜クラスの『竜化』した竜人を余裕で凌駕する。
それでも俺は正真正銘の化物のような魔物と散々戦って来たからな。
「なあジャスティア、『竜化』しないのか?」
そう言った瞬間、ジャスティアが一瞬で距離を詰めて2本の大剣を叩き込んで来る。
「ああ、おまえに戦闘技術を教えるための手合わせだ。力押しするつもりはねえぜ!」
俺が跳び退いて躱すと、ジャスティアが反応して一瞬で追いついて来る。
2本の大剣の同時攻撃。躱すのは間に合わない。俺は1本を剣で受けて、もう1本は――
「ジャスティア、いきなりだな」
魔力を剣の形にして受ける。俺が剣を持っているのは、武器を持っていないと不自然だからだ。魔力で剣を作れるから本当は必要ない。
「グレイオン、おまえは魔力を器用に使うな。技術の方はまだまだだが」
ジャスティアが加速する。まだ全然本気じゃないってことだな。
頭と心臓を容赦なく狙う連続攻撃。じゃあ、こっちも遠慮なく行かせて貰うか。
ジャスティアの攻撃を全部躱しながら、距離を詰めて魔力の剣を叩き込む。
ジャスティアは最小限の動きで躱して、2本の大剣でカウンターを放つ。
「グレイオン、動きに無駄があるのが自分でも解るだろう? 身体能力頼りじゃ俺には勝てねえぜ」
ジャスティアの攻撃をモロに食らう。化物のような魔物と散々戦っけど、ジャスティアの剣の威力はそいつらと比べても桁違いだ。
魔力が見える俺には理由が解る。ジャスティアは自分の魔力を操作して、攻撃が当たる瞬間に一点に収束させた。
「なるほどね。魔力を収束させると威力が跳ね上がるんだな。それにジャスティアは俺の動きを見切って無駄なことは一切しないから、その分速く動けるってことか」
「グレイオン、おまえ……この短時間でそこまで理解したのか? 俺が手加減しているからって、全然効いてねえって感じだな」
ジャスティアの2本の大剣を真面に食らっても、俺は皮膚すら切り裂かれていない。全身に纏った魔力がダメージを全部吸収したからだ。
「ジャスティア、さすがに手加減し過ぎじゃないか? もっと本気を出して構わないからな」
「そうだな。悪い……さすがに舐め過ぎたぜ!」
ジャスティアは全身から膨大な魔力を放って、さらにスピードを上げる。
2本の大剣を俺がギリギリで躱すと、そこに蹴りが飛んで来る。俺は剣の平で、ジャスティアの蹴りを受け止める。
「そういうことか。だいたい解って来たよ」
「グレイオン……今の蹴りに反応したってことは、俺の剣をギリギリで躱したのも狙ってやったのか?」
「ジャスティアの動きを真似しただけだよ。確かに無駄な動きをしない方が、次の動作にスムーズに移行できるな」
俺は一度見れば大抵のことを再現できる。
「剣の平で受けたのもワザとか?」
「いきなり足を切り飛ばす訳にもいかないだろう? どうせあんたなら余裕で躱すだろうが」
ジャスティアの顔が真剣になる。
「良いだろう……もっと時間を掛けるつもりだったが、今のおまえには、これくらいじゃ足りねえみたいだな」
ジャスティアの身体が変化する。
顔が竜になって翼もあるが体長5mほどの人に近い体形で、竜と人の中間って感じだ。
「『半竜化』って俺は呼んでいる。この姿になると力は増すが、人の姿のときと同じ動きができる。おまえに戦闘技術を教えるにはちょうど良いだろう」
姿を変えたジャスティアのスピードとパワーがさらに跳ね上がる。
2本の大剣と蹴りに加えて、先端が鋭い尻尾を使っての攻撃。さらにはドラゴンブレスまで放ってくる。
だけどジャスティアの動きの本質は変わらない。
ジャスティアの攻撃は言わば研ぎ澄まされた剣だ。無駄なことを全部削ぎ落として、魔力を一点に収束させた一撃を、相手を上回る速度で放つ。
実に合理的で解りやすい。俺はジャスティアの動きをトレースして、個々の動きと流れを分析する。自分なりに噛み砕いて、俺ならこうやるという形で再現する。
俺はジャスティアの攻撃を躱して、喉元に魔力の剣を突きつける。
ジャスティアは剣を撥ね退けると、もう1本の大剣と蹴りと尻尾の同時攻撃。
同じような攻撃はすでに見ているから、俺は全部躱すつもりだった。
だが真面に蹴りを食らう。ジャスティアがフェイントを使ったからだ。これが魔物と対人戦の違いだ。
どんなに速くても素直な攻撃なら反応するのは難しくない。だけどフェイントなど攻撃に変化を加えると、躱すのが格段に難しくなる。
しかも相手は最強の竜人と呼ばれるジャスティアだ。ジャスティアが本気で戦闘技術を使えば、今の俺は翻弄されるしかない。
「良いね、そうでなくちゃな!」
俺はジャスティアの動きに意識を集中する。動きを予想するんじゃなくて、一瞬の動きに反応してジャスティアよりも速く動く。フェイントを仕掛けるなら、フェイントに合わせて反応すれば良い。
「おい……もうフェイントにも反応できるのか。グレイオン、おまえは本当に末恐ろしいガキだな」
「ジャスティア、あんたの実力はまだこんなモノじゃないだろう?」
俺の攻撃は一度もジャスティアに当たっていない。ジャスティアを超える動きをしても、さらに上回る動きで全部躱されてしまう。
ジャスティアは俺に戦闘技術を教えるために、わざとレベルを落として戦っているってことだ。
戦闘技術もそうだけど、まだジャスティアは完全に『竜化』していない。ジャスティアの本気が見えるのは『竜化』した後だ。
ジャスティアが獰猛な笑みを浮かべる。
「グレイオン、俺がおまえを徹底的に鍛えてやるぜ!」
ジャスティアの身体が一瞬ブレて見えたと思うと、直後に背後からの一撃。
ギリギリ反応したけど、ジャスティアにはまだたくさん引き出しがあるみたいだ――ホント、面白い!
俺とジャスティアの手合わせを眺めるシェリルが呆然としている。
「ジャスティア様が本気を出していないとはいえ……ここまで互角に戦えるなんて……」
これでシェリルが俺を子ども扱いすることも、余計なことを考えて同情することもないだろう。




