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第二部:霧の谷篇 08. 帰還と新たな兆し

王都での激戦から一月が過ぎた。

にえ、ガレン、エリスの三人は、ロンドの町にある「憩いの斧亭」を拠点に、再び冒険者としての日々を送っていた。

偽りの聖女を討ち、国を救った英雄。そんな世間の喧騒も、辺境のこの町までは届かない。彼らは、薬草採取や低級魔物の討伐といった地道な依頼をこなしながら、あの戦いで負った心と身体の傷を、ゆっくりと癒していた。

にえの世界は、確実に色を増していた。

朝、食堂でガレンが淹れてくれる、少し苦い薬草茶。その湯気から立ち上る、穏やかな若草色のオーラ。

昼、エリスが市場で値切る姿。生活の知恵に満ちた、快活な橙色のオーラ。

夕暮れ、ギルドの酒場で、ガレンが語る騎士時代の武勇伝。それを呆れながらも、どこか嬉しそうに聞いているエリス。二人のオーラが、信頼を示す温かい光で混じり合う光景。

その全てが、にえの心に未知のデータとして静かに蓄積されていく。美味しいという感覚はまだ分からない。だが、三人で囲む食卓が、「悪くないもの」であるとは、理解できるようになっていた。

『感情の再現性、5%。限定的な状況下において、平穏、安堵といった感覚の認知が可能』

そんな、穏やかな日々が続いていたある日のことだった。

三人が、冒険者ギルドの依頼掲示板を眺めていると、ひときわ大きな羊皮紙が、新しく張り出されているのに気がついた。

「……特別指定依頼? 『霧の谷』の未踏領域の調査……?」

ガレンがその依頼書を読み上げ、険しい顔で眉をひそめた。彼の青いオーラに、一瞬だけ過去の悔恨を示す暗い影がよぎったのを、にえの【心象読解】は見逃さなかった。

エリスもまた、その地名に息をのんだ。

「霧の谷……。古代の失われた治癒魔法の知識が眠ると言われている、伝説の遺跡……」

彼女のオーラが、研究者のような、強い探求心を示す紫色に輝く。

依頼内容はこうだった。

ロンドの北方に位置する「霧の谷」。一年中、深い霧に覆われたその谷の奥深くにある古代文明の遺跡で、最近、原因不明の地盤沈下と、これまで目撃されたことのない奇妙な魔物の出現が報告されている。騎士団が調査隊を派遣したが、誰一人として帰還しなかった。

危険度は最高ランク。だが、報酬もまた破格だった。

にえはその依頼書から、微弱ながらも、明確な「声」を感じ取っていた。

それは、助けを求める魂の悲鳴ではなかった。

誘うような、手招きするような、甘美で、しかし、底知れない悪意に満ちた呼び声。

【危機感応】が、脳内で警報を鳴らす。

『警報。対象領域より、高レベルの精神干渉波を感知。マリアンヌのそれとは、質の異なる、未知の脅威』

そして、にえはその脅威の根源に、聞き覚えがあった。

守護者が語っていた、古代王アルトリウスの伝承。彼は、邪神の欠片である『渇望の石』以外にも、いくつかの危険な古代遺物アーティファクトを、世界の各地に封印したという。

霧の谷。そこが、新たな封印の地である可能性は極めて高い。

『……これは、行くしかない』

にえがそう結論を下した時、ガレンが重い口を開いた。

「……この依頼、俺たちで受けよう」

その言葉に、エリスが驚いて彼を見た。

「ガレン……? あなた、霧の谷は……」

「ああ」

ガレンは苦い顔で頷いた。

「……騎士団にいた頃、俺の部隊はこの谷の調査で壊滅した。俺は、隊長でありながら、仲間たちを、見殺しにしてしまったんだ」

彼の青いオーラが、罪悪感を示す、暗く重い色に沈む。

「これは、俺自身の過去との決着だ。……それに」

ガレンは、にえとエリスの顔を、順番に見た。

「今のお前たちと、俺なら。……今度こそ、あの谷の真実にたどり着ける気がする」

その言葉に、エリスもまた強く頷いた。

「ええ。それに、古代の治癒魔法は、私の長年の夢でもあるわ」

三人の視線が、交差する。

王都での戦いを経て、彼らはもはや単なる寄せ集めのパーティではなかった。互いの傷を理解し、その力を信頼し合える本当の「仲間」となっていた。

にえは黙って依頼書に手を伸ばした。

その小さな指が、羊皮紙に触れた瞬間、脳内に響く「呼び声」がさらに強くなった。

『――来い。言霊の使い手よ。お前の知らない世界の真実を見せてやろう』

にえの色のない瞳に、新たな脅威と、まだ見ぬ世界の謎に対する静かな闘志の光が宿った。

三人の新しい冒険が、今、再び始まろうとしていた。


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