修理屋、たまに殴る
鉄と海と、煙の街。
今日も〈シルバード号〉が、軋みながら路地の片隅へと停まった。
ヴァルトは無言でコンテナから工具を取り出す。
ジノは助手席からひょこっと顔を出して、「今日はどの美人に会えるかな〜」と軽口を叩いた。
静かな街、古びた時計塔、焦げた機械の匂い。
ヴァルトは黙々と、依頼された風力式洗浄機の芯を調律していく。
一方ジノはというと、作業台の横で女の人たちと世間話に夢中だ。
「おいジノ、そこの取り付け間違ってるぞ」
ヴァルトの一言でジノの顔がひきつる。
彼のやった配管は見事に逆流寸前だった。
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依頼主のじいさんに修理完了を報告すると、彼は深く頭を下げた。
「これは……ほんとうに助かった、ありがとうよ」
だがその直後、後ろから投げつけられるような声が飛んできた。
「余所者は、出てけ」
少年だった。
痩せぎみで、目の奥に何か憎しみを抱えている。
じいさんが慌ててたしなめるが、少年は引かなかった。
ジノが思わず「なんだコラ」と詰め寄る。
だがそれでも少年の目つきは変わらない。
「やめろ」
ヴァルトが、声のトーンひとつで制した。
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夜。ジノはヴァルトを連れて、街外れの酒場にいた。
※ヴァルトはコーラ専門。
「あのガキな、母親殺されてんだってよ」
カウンターの男がぽつりと漏らす。
窃盗団に狙われた家系。
価値あるアンティーク機械を守ろうとした母親は抵抗の末、命を落とした。
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帰り道、ジノは路地で少年とばったり出くわす。
ジノ「…さっきは悪かった」
少年「……………あんたらが悪いわけじゃない。」
「悪いのは俺だよ…。」
少年は、怒っていた。
誰よりも、自分自身に。
そしてすぐ立ち去った。
ジノ「なあヴァルト、なんとかできねえかな?」
ヴァルト「俺らの仕事には関係ない。無駄なことは嫌いだ。」
ジノは文句を言っていたが、ヴァルトは反応せず2人は帰っていった。
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翌日、窃盗団のアジトの扉が開く。
訝しげな顔をして、中の団員が睨んできた。
ヴァルト「あの村で盗んだ機械、どこだ」
「あ?あんなもん売れなかったからバラして売れるもんだけ売ったよ」
アジトの片隅、無惨に分解され残った部品が山になっていた。
「そうか」
ヴァルトはただ一言だけを落とした。
「てかおめえ、無事に帰れると思ってんのか?」
ゾロゾロと団員が詰め寄ってくる。
扉から、ジノが現れた。
「そんなこったろうと思った。ついてきて正解だったよ。」
ヴァルト「ジノ、頼む」
ギアの音が鳴った。
数分後。
煙と火花の中、残ったのは、倒れた団員たち。
アジトの片隅の部品は消えていた。
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海沿いの崖に、あの少年がいた。
「……なんだよ、まだいたのかよ」
「素直じゃねえガキだよな〜」
ジノは笑って、小さな機械を差し出した。
少年は手に取り、目を丸くした。
「これ……うちの……」
「バラバラになってたから直した」
「少し、形変わってるけどな」
少年の瞳が潤んだ。
悔しさも、懐かしさも、言葉にならない想いが喉を詰まらせていた。
「ありがとう……」とは言わなかった。
でも、それでよかった。
「乗り越えろよ、少年」
ヴァルトはそれだけ言って、運転席に乗り込んだ。
シルバード号が発進する。
風を切り、煙を背に、鉄の街を離れていく。