表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君が世界を滅ぼすまで  作者: 此宮
第2章
8/13

2話 最低

2章-2話

※倫理的に最低な描写を含みます。

衝撃の告白から一夜明けても、私はまだ呆然としたままだった。

その後話を聞いてみれば、どうも上手裏君は私と同郷だったらしい。しかも彼が小学生の頃、施設の小学生を迎えに小学校へ訪れていた中学生の私に一目惚れ。それから6年経ち、大学に入学してみたらその意中の相手がいる、なんて事態にどうすれば良いかわからず、彼はこの1ヶ月悶々としていたのだと言う。

そして昨日、とうとう、勇気を出して告白したと。

そして今は、私がそのことに悶々としている番である。

何を隠そう、私は昨日人生で初めて人から「好き」と言われた。

その事実は確かに嬉しい。けれど、それがうれしいからとか、愛されたいから、などと言って簡単に付き合うだのなんだの言っていい話でない、ということは知っていた。そこに至るには、きっと相当の意思と覚悟が必要なのだと思う。

まず第一に、私は別に上手裏君のことが好きではない。

第二に、そもそも私は人を好きになったことが、今までの人生で一度もない。

この問題をどうにかしなければ前に進めないことは自分でもわかってはいるが、ではその問題はどうやって解決すれば良いのか、という話になる。

それに、もし、全ての問題が解決して、私と上手裏君が恋人になったら。

私が、普通に恋愛なんてものをするようになったら。

6年前、大学への飛び級を考えていた日のことが脳裏に浮かんだ。

幸せすぎると、怖くなる。

私は一睡もできなかった布団の中で、大きなため息をついた。


ーーーーーーー

「そんなこと考えてたんだな。」

「えぇ。今となっては、もっと早く言えばよかったと思ってるけど。」

人気の少ない水族館。最近めっきり私の休みが減ったせいで、やっとこれたのはこんな閉園間際だった。

私は大きな水槽を見つめながら、隣に立つ彼の手を握る。するとその手は、いつものように慣れた手つきで私の手を握り返す。

私は結局、上手裏君とお付き合いをすることになった。

即決とはもちろんいかなかった。私はその後自分の愛されたいという欲と私では人を愛せるかわからないという罪悪感に1か月にもわたって悩まされ、挙句、告白してきた本人に相談をするという我ながらなかなかの暴挙に出た。しかしその返答は意外なもので「好きになってもらえるように努力するから、自分が好きでいるのを許してほしい。」というものだった。

今でこそ、これは彼の好きな人と恋仲になりたいという欲を許せというわがまま極まりない言葉であると理解しているが、その時の私は、自分が人を愛せるかに関わらず、人から愛される権利を得られるという、こちらもこちらで我儘な欲で交際を始め、いつの間にやら今月で1年になる。


「あれから、俺のことはどう思ってるんだ?」

茶化ような声色でもなく、まっすぐ水槽を見つめたままに上手裏君はそう呟く。その声の耳障りの良さに、私は口がそっとほころんだ。

「多分これが、好きという感情だと思う。」

私がそう言うと、彼は、そうか。と小さくつぶやいた。

多分という言葉が消えることは当分ないだろう。なぜならこんな感情を抱くのは初めてなのだから。正直この感情が自分を愛する人への依存と言われればそうなのかもしれないし、そういわれても否定できない。

けれど、4つも年下の彼の前で、私の心は今までにないほどに穏やかでいられるようになったことは事実だった。上手裏君の隣が自分の居場所だと、心の底から信じられるようになった。今が一番幸せだと確信していた。そして、この関係がずっと続けば良いと思っていることも。

私もおそらく上手裏君も、こういった経験は初めてなのだと思う。けれど、私達2人とも今が何よりも大切で、この幸せをこれからもずっと続けていきたいと思っている。ということは、話したこともないけれどなぜかわかる。

「……ねぇ」

聞こえるかどうか、というほどの小さな声でそうつぶやいてみる。しかし上手裏君は決まって、それに必ず気づく。小さな声で、何だ?と言った。

「上手裏君は、私の何が好きになったの?」

ここ何か月か何度も聞こうとして、そのたびに口を噤んできた質問だった。

と同時に、これは愛することに憧れていたころの私には思いつきもしない質問だっただろう。今までの私は、好きに理由があることさえ知らなかったのだから。

けれど、いつかは聞かなければいけなかったこの言葉を投げかけることに、もう恐怖は無かった。

「全部、だな。」

彼は、当たり前みたいにそう言った。

「俺は7年前から、喜梨円という人間が好きだったんだ。円さんがどんな顔をしていても、どんな性格をしていても、どんな過去があって、何を考えていて、髪が何色だろうか。

それが喜梨円だから、俺は好きになった。

……数学を勉強しているくせに仮定も証明もないバカみたいな答えだけど、自分でもこういうしかなくて、正直、困ってる。」

そう言って彼は私の肩に優しく触れ、私はそのまま彼の肩によりかかる。

「そう。」

私は、小さい声でつぶやいた。

水槽に映る彼の顔が真っ赤だったことには、気づかないふりをしておいてあげよう。


ーーーーーーー


一方で、私の研究者としての仕事も大きな転換点を迎えていた。

「国からの?」

ある日の大学、教授はそう言って首をかしげる。

「はい、うちの研究所で引き受けることになって。

その選考会で最近大学にお手伝いに行けてなかったんですが、これからは今まで以上に難しくなるかもしれません、申し訳ないです。」

そう言って私は頭を下げるが、教授はすぐに私に頭を上げるように促す。

「そんなそんな、謝ることじゃないよ。

第一君たち研究者の本来の仕事はそれだろう? こんな時代にそんなことに携われるなんてなかなかないことだろうし、むしろもっと誇ってほしいくらいだね!」

そう言って教授は私の肩にポンと手を置く。

「それに、こっちの仕事はまた本業が落ち着いたらで構わないし、何ならしっかり成果を残して、もう大学には戻ってこないくらいの気持ちで頑張ってくれよ」

そう言って教授は微笑み、私もその様子にホッと胸をなでおろす。

もうこの大学に携わって2年にもなり、本業にやっと腰を据えて取り組めるという喜びと同時に、この愛着のある教授や大学から少し離れることに抵抗がないと言ったら嘘になる。けれど、今の言葉でその寂しさも幾分か和らいだような気がした。

「それに、上手裏君とは毎日家に帰れば会えるわけだしね。何も寂しいことなんてないだろうよ。」

教授は突然そう言い、私を見て嬉しそうに微笑む。

「え、あ、まあ、そう、ですね。」

私はつい恥ずかしくなり、視線を目の前の教授から少しずらす。

その時。

突然、あまりにも突然に。

視界が、真っ黒になる。

体に力が入らない。

私の名前を呼ぶ、教授の声が聞こえるような気がする。

けれど私の意識は、まるで泥中へと沈むよう落ちていった。


ーーーーーーー


私は、ゆっくりと目を開く。

頭が酷く重い。瞼も重く、気を抜けばすぐにまた眠ってしまいそうだったが、何とか現状を理解しようと周囲を見渡す。

どうやら、私は病院のベットで眠らされているらしい。やはり私は先ほど倒れてしまったようだった。

窓を見ると太陽はまだ高く、先ほどからそこまで時間は経っていないようで少し安心する。

私はなんとかおきあがろうともするも、やはりどうしても体が重かった。

「あ、喜梨さん、目を覚ましたんですね。」

そんな時、ふいに後ろからそう声が聞こえ、私はなんとか頭を反対側に向けてそちらを見ると、そこには私の方へ近寄る看護師の女性の姿があった。

「良かった。

大事な体ですからね、無理なさらないでくださいよ?」

その女性はそう言い、私の腕に刺さる点滴を調整する。

その口ぶりが、気にかかった。

「……大事な、体?」

私は、重い体からなんとか声を絞り出す。

その弱々しい声に、看護師の女性は微笑んで、こう言った。

「喜梨さん、おめでとうございます。赤ちゃんですよ。」

彼女は、そう言って私のお腹を優しく触る。

「……赤ちゃん」

口から、声がこぼれ落ちた。

一瞬、時が止まったように感じた。

私に、赤ちゃん。

驚く私に、看護師さんは小さく微笑む。

「たった今まで彼氏さんもいらしてましたよ? すごく喜梨さんのこと心配されて来たんですけど、このことを知ったら突然泣きそうな顔して喜んでいて、喜梨さんにも見てほしかったです。」

そう言う看護師さんの言葉も頭の中に入ってこない。

赤ちゃん。

私と、上手裏君の。

私に、家族ができるんだ。

私にも、大事な場所が、帰るべき場所が、できる。

きっと考えなければいけないことはたくさんあるのだろう。けれど、そんなことよりも、私のもとに来た小さな命と、それをもたらしてくれた上手裏君への愛おしい気持ちで体中が包まれる。

私は、母になるんだ。

ついほころんだ私の顔を見て、看護師さんはまたにっこりと微笑んだ。


ーーーーーーー


その後、上手裏君が病院へ現れることは無かった。

夕方になり、体調が落ち着いた私は一人、彼と暮らす家に帰る。

鍵の閉まった扉を開く。

部屋に人気はなかった。

夕焼けが、部屋の窓からその部屋を茜色に染める。

外から聞こえる夕方5時を知らせるチャイムだけが、静かな空間に響く。

「……え」

私は、声を上げた。


無かったのだ。どこにも。

どこにも無くなっていた。

靴も、コップも、歯ブラシも、服も、本も、何もかも。

上手裏君のものが、無い。

「……え、え?」

声が漏れ出る。

信じられなくて、部屋中を探す。

縋るように、部屋中をかけずって探す。

なのに、何もない。

「……何で、何で?」

混乱をぶつけるように大声を出す。

ふと、机の上に見慣れない封筒があるのに気が付く。

私はそれに一縷の望みを掛け、ゆっくりそれを手に取る。

そして、バクバクと脈打つ鼓動を抑え、それを開く。

そこには、一枚の紙と、通帳が入っていた。

その名義は、上手裏君のものだった。

震える手で、一枚の紙を開く。

そこには、震えるような細い字で、たった一言。

『馬鹿で未熟で、身の程も知らなかった私では、父親には、夫にはなれません。』


気が付けば、私は洗面台の鏡を見つめていた。

そこには白い髪の私が、真っ青な顔で一人、立ち尽くしている。

それは、あの頃の私に酷く似ていた。

真っ白な髪に、いつもお腹を空かせ、母にいないものとされていた私。

「……あの頃より。」

そこまで言って、口を噤んだ。

私の愛する人は、最愛は、私の元から逃げた。

私の目の前に見えていたはずの幸せは、もう、無い。

この手に握られていたものは、逃すまいと抱きしめていたはずのものは、もう、ここにはない。

何もなかったあのころとは違う。

私は、失ったのだ。

「……あの頃より、マシ、な、わけない。」

私の目から、涙がこぼれる。

こんなことになるなら、やっぱり幸せなんかになるんじゃなかった。

何かを望んだりなんかしなければよかった。大学に行きたいとか、愛されたいとか望まなければよかった。あのまま、あの家で、母に無視されてひもじいまま死んでいればよかった。

そうすれば、こんな思いなんてしなかったのに。


その後のことは、よく覚えていない。


ーーーーーーー


「この研究は、国家の極秘事項です。

今回お話しする内容は、全てここにいる人たちのみで共有させていただいています。

ご家族にも、もちろん研究のスポンサーの方々にも、必ず秘匿していただくことを確約していただきます。」

周りの人が息を飲む。私は目の前のその光景が、いつものように、すべて遠い世界の出来事のように感じられた。

「あなた方はこの国でトップクラスの研究者です。きっとあなた方なら成功させてくださるだろうと、我々は期待しています。

”核爆弾”の実験を。」

そう言った司会者は、私の方へ視線を送る。

私は緩慢な動きで立ち上がり、その人の元へと歩み寄った。

「”核爆弾”を埋め込む被検体としては、喜梨博士にご協力いただきます。」

そう言うと、周りの研究者たちは私、もとい私の大きなお腹を見てざわざわと話しだすが、やはり、その様子が私の目の前で起きていることだとは思わなかった。

私の感情が、動くことはない。

「これは国家の未来は勿論、科学の明日を守るために大変重要な研究です。この研究が成功すれば、きっと国は科学の進歩を容認することでしょう。

世界の科学進歩が終わって、もうじき200年になります。今回がそれを終わらせる、最後の機会と言っても過言ではありません。

どうか、皆さんのその叡智を尽くして、”人間核爆弾”を完成させましょう。」

まばらな拍手が、小さな会議室に響く。

ふいに、私のお腹の中で『それ』が捩るように動く。

特に何の感情も湧かなかった。

ただ、私はこれから、科学の未来を作る研究をする。

それはとても名誉なことで、私が小さいころから望んでいたことだ。


大切なものを失ったとしても。

少なくとも私は、お腹の中の『それ』よりは、幸せなはずだ。


ーーーーーーー


「……うああああああぁっ!!!」

私の目を覚まさせたのは、その絶叫だった。

遠くの実験室から、そう、声が聞こえる。

そんなこと、日常茶飯事なはずだった。

4歳の子供を無理やり実験の被検体にしてるのだ。だから、嫌がるのも当たり前で、泣くのだって毎日のことだった。

なのに。

「ち、ちょっと、先輩!どうしたんですか?!」

そう呼び止める他の研究員の声を無視して、私は研究室を飛び出す。

そしてすぐに『あの子』のいる部屋へと飛び込んだ。

定例検査をしているであろう研究員をも無視し、2畳ほどの狭いガラス張りの空間にいる『あの子』を見つめる。

どんぐり型の大きな瞳にはいっぱいの涙を湛え、その体は細く、簡単に折れてしまいそうな腕に真っ白の検査着を通し、その行動を制限するような何本ものコードがその袖から除く。

「っ、ちょっと、先輩、いきなりどうしたんですか?!」

研修室から突然飛び出した私を追ってきたのだろうその声に、私はすぐその声の主へと振り返る。

「……繭純くん、来月の1ーAKへの移植が終わったら、そのまますぐに実地試験に入るんだよね。」

「は、はい。そうですけど、それがどうかしたんですか?」

私は、ガラス越しにあの子を見る。

突然入ってきた誰とも知らぬ人に、あの子は怯えているようだった。

初めて、胸が痛んだ。

心臓をえぐりだして、引きちぎりたいくらいに。

あぁ。私は、なんてことをしてしまったんだろう。

自分のことを守るために、あの子を犠牲にした。

あの子を、世界を見ないふりした。

自分はあの子よりも幸せだ、なんてことで安心して。

こんなの、あの時私を無いものにしていた母と全く一緒ではないか。

「……繭純くん」

私は、あの子を見つめたまま口を開いた。

「実地試験の保護観察人、私がする。私が育てる。」


ーーーーーーー


私の突然の辞職、並びに保護観察人を務めるということに驚いた人は多いだろう。何せ私は、実の子を実験に使った、冷酷で、感情の無いマッドサイエンティストだったはずだったのだから。

けれど、私は目を覚ますことができた。

それがなぜかはわからない。けれど、あの時気が付けなかったら、もう取り返しのつかないことになっていただろうし、正直、今だって遅すぎる。

そんなことを考えながら、私は一人、とある研究室に入る。

そこには、"核爆弾"の移植を目前に控え、薬で眠らされベットに横たわる『あの子』がいた。

きっと、あの子のこんなにも近くに来たのは、4年前に生んだ時以来だろう。

私はそっと頭を撫で、そして、彼の白い検査着のポケットに『一枚の紙』を入れる。

正直、次に目覚めたときに彼がこれを持っている可能性はほとんどないに等しい。けれど、もう取り返しがつかなくとも、この一縷の望みが今の全てだった。

私が、この研究所の誰にも内緒で設定したこの『核爆弾の停止コード』が。

「あの人の誕生日、なんて。」

我ながら、弱い人間だなと思う。

きっとこの先、私たちの未来はあまり明るくないだろう。

けれど、あの時。

あの夕方。

上手裏君と幸せを失った、あの茜色の部屋。

そこから、私達はやり直す。

「おやすみ、『茜』。」

私は小さくつぶやき、茜の頭を撫でた。

我ながら最低すぎて全然読み返せていないため、誤字などあったら申し訳ないです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ