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君が世界を滅ぼすまで  作者: 此宮
第1章
5/9

5話 後悔しないために

第1章-5話

日差しが、ぽかぽかと暖かかった。

……確か始業式が一昨日の前だったから、今日は9月4日だっただろうか。

そんな残暑が厳しいであろう時期にしてはこの気温は異様に肌寒いが、過ごすにはとても心地良い。

僕はそんな状況を不思議に思って、ゆっくり、ゆっくりと瞼を上げる。

開いたばかりの、まだ寝ぼけまなこな目では視界がいまいちはっきりとしない。

けれどどうやら自分はどこかに腰掛けながら、誰かの肩に頭を預けているらしかった。

ぼやける視界で、なんとかその"誰か"へと目を向ける。

色素の薄い長い髪。自分よりも少しだけ大きく見える背丈。

その姿には、つい"昨日"見覚えがあった。

「……よっちゃん?」

そう言った僕の声は、寝起きだからなのか、酷く小さくて力ないものだった。

けれど、声を発したおかげか、だんだんと視界がクリアになってくる。

早朝らしい、澄んだ湿気の多い空気。

あまり見慣れない街並み。

バス停の、並んだ青いベンチに腰掛けている僕たち。

「……残念」

そう僕に返す声に、僕の寝ぼけた体は一瞬で覚醒する。

……ああ、この声は。

もう何年ぶりにもなる、彼女の声。

ずっと心配だった、彼女の。

僕はゆっくりと頭を起こし、そして彼女を見て言った。


「……ずっと会いたかった……"せっちゃん"」


彼女、世界は僕の声を聞くと、優しく、けれどどこか切なそうに微笑んだ。

そして、まだ状況を整理できてない僕の手をいきなり握り、そして言う。

「茜、あたしとデートしよう。」

「……え?」


ーーーーーーー


「茜、ほら着いたわよ」

そう言って世界に体を揺すられ、僕はハッと目を覚ます。

バスに乗ったと思ったら、どうやら僕はまた眠っていたらしい。世界と昔みたいに色々なことが話したかったのに、なぜかいつにも増して頭にモヤがかかったようで、眠かった。

しかし彼女はそんなことはお構いなしに僕を置いてバスを降りようと先に進んでしまい、僕は急いで世界の後を追った。

世界は、お金どころか荷物を一切持っていない僕の分まで運賃を支払ってくれて、それに家族とはいえ申し訳なくなってしまうが、そんなことを全く気にする様子のない彼女は、運転ロボットに軽く会釈をすると何の迷いもなくバスを降りていく。

「はぁ~~! 着いた!やっぱ暑いなぁ~~」

バスから降り大きく伸びをした後に世界が、降りるのを少し躊躇する僕の手を引いてくれてようやく僕もバスから降りる。

涼しいバスの扉が閉まり、太陽がジリジリと照りつく、夏らしく蒸し暑い外へ。

僕の手を引いて前へ進む世界の後ろ姿を改めて見てみると、彼女は真っ黒な半袖のパーカーに、登山に持っていくような大きなリュックを背負っていて、それはまるで逃亡犯のようだった。まあ、逃亡犯といえば逃亡犯なのかもしれないけれど。

冷静になって考えてみれば、昨日パジャマに着替えたまでの記憶のみな僕も、なぜか自分のものではない服に着替えさせられている。これも世界の用意したものなのかと考えると、やっぱり世界は頼り甲斐があるというか、むしろ少し恐ろしいというか……

そう思いつつ、僕は目の前にある光景を見上げる。

そこには、僕が初めて目にするジェットコースター、フリーフォールなどのアトラクションの数々。そして、見上げれば首が疲れるほどに高い観覧車。それは紛れもなく、先日テレビで特集されていた人気の遊園地そのもの。

世界がデートだと言って3時間もバスに揺られ僕を連れてきたのは、僕が今までの人生で一度だって訪れたことのなかった、憧れの遊園地だった。


幼い頃、遊園地に行きたいとママに言ってみた時、「僕の心臓では無理だ」と、嘘偽りなく言われたことが妙に心に残っている。確かに、所謂「心臓の弱い方」に属する僕にこういうものは良くないということは、その頃の僕にだって理解できた。

……だからこそ、なぜ世界がここに僕を連れてきたのか。それが全く予測出来なかった。

「茜」

そんなことを思っている時、僕の手を引いたまま入口の方へとどんどん進む世界が唐突に口を開く。

後ろを歩く僕にその表情は見えなかったが、彼女の声は今にも弾みそうな、とても明るい声だった。

そして彼女は不意に立ち止まって、こちらを振り返り言う。

「……今日は、心臓のことも、「良い子の錫守茜」も忘れなさい。さぁ、遊びましょう! ほら」

世界はそう言って、いつぶりかもわからない満面の笑みを見せた。


ーーーーーーー


僕の記憶に残っている初めての"世界"の記憶といえば、底抜けに明るい、天真爛漫な少女といった印象。

事あるごとに歌って走って笑って……そんな彼女が、今でも鮮明に思い出される。

けれど世明がそうであったように、2人のお母さんがまだ生きていた頃は2人とも僕と出会った当初の性格とは全く違っていたらしく、世明は今みたいな明るい性格で、一方世界はそんな世明を支えるしっかり者な性格であったという。

そして最近の世界のことを世明はよく、世界が私たちを嫌いになった。と言うけれど、僕にはどうもそうは思えなかった。

確かに、たまに廊下で見かける世界の表情は冷たかったけれど、その中には、なにか強い意志のようなものがあるのを、僕は何となく感じていた。きっと、僕らには理解し得ない、何かを成そうとしているのだと。

それに、僕は出会った時から知っている。本当の錫守世界は、そんな冷たい表情からは想像もつかない、しっかり者で優しい女の子であると。

実際にもそうだが、精神的にもますます大きく見える世界はまるでお母さんであるかのようにしっかりしていて、それがなんだか面白くて僕がそう言って彼女を茶化すと、世界は顔を真っ赤にして世明がよくするようなデコピンを僕にくらわせてきた。


観覧車に初めて乗った。

そこは、今まで来たどこよりも高いところで、興奮する僕を世界は笑いながら見ていた。

ジェットコースターにも乗った。

風がビュンビュンと耳の横を通って、まるで鳥になったみたいだった。

世界は終始怖がっていておかしかった。今日は「良い子」じゃないから、もう一回乗る? って言ったら、世界にまたデコピンされた。怖がってるのかわいかったよって、わざと言ったら、やっぱり赤くなっていた。

メリーゴーランド、お化け屋敷、迷路、初めてみるような綺麗な映像、景色、たくさんの人。歓声。興奮。笑顔。

そして、せっちゃん。

きっと僕は今日、一生分遊んだのだと思う。


ーーーーーーー


日暮れが近づき始め、僕たちがまたバスに3時間揺られ帰って来た時には、すでに5時をまわっていた。

そろそろ、"僕たち3人"のうちの1人、世明が学校から帰って来る時間。


「え?! せっちゃんってクラス委員長だったの?!」

「そうよ~? まあ優等生だしね、あたしは。誰かさんと違って。」

「それはそうだけど、でもよっちゃんは良い子だよ? せっちゃん探すために、せっちゃんの格好して学校まで行ったんだから!」

「……まじで?」

僕と世界は、随分と気温も下がり心地の良い帰路を歩きながら、今まで何年も話せなかった分を取り戻すかのようにたくさんのことを話した。

お父さんのこと、ママのこと、世明のこと、学校のこと。

「嘘つき」の僕らだ、お互いにしか言えないことはたくさんあった。

それに今まで何年も話してなかったとは思えないほど世界との話は楽しくて、だんだん家が近くのさえ少し惜しいほどだった。

「……少し、寄り道しよう」

僕がそう思った時、世界がちょうどその提案をしてくれる。

僕は喜んでそれに返事したが、心なしか彼女の表情は暗かった。


ーーーーーーー


春になると桜が美しく咲く小道を抜け、夕焼けに向かって歩くようにその道を行くと、そこには懐かしい景色があった。

海の見下ろせる高台。

ここは僕とママ、そして世明と世界が初めて出会った場所だった。

元からあまり人のいないところではあるが、今日は平日ということもあり、今ここには僕と世界の2人ぼっちだ。

「やっぱり、いつ見ても綺麗ね。」

世界はそう言って海を臨む数段の階段を登り、そこのシンボルであるクリスタルピアノの鍵盤を一つ押す。

そのピアノは、今日は海の青と夕日の赤のコントラストでとても幻想的な光を発している。

そういえば昔、ピアノを習っていた世界にこれを弾いてくれるように頼んだことがあったが、僕が退院してからと約束したまま、未だその約束は果たされていなかったことをなぜか思い出した。

海風の影響なのか、ここは今日いた遊園地やさっきまで歩いていた道と比べてずっと涼しくて、僕はその気持ち良さに身を委ねるかのように目を瞑る。

ふいに、みんなと会う前、ママとここを訪れた時の記憶が思い出される。

確かママは僕に、ただただ謝っていた。

ママが僕に"してしまった"ことを。


僕がママのーーー


ーーその時だった。


心臓が、ドクンッと、ひときわ大きく脈打つ。

その衝撃に僕はうめき声をあげて、胸を掴むように押さえた。

最近麻痺していたはずの心臓の痛みが、今はしっかりと感じられる。

「……せ、っちゃ……」

あまりの痛みに僕が絞り出すような声で世界に助けを求めると、ピアノを見ていた彼女はその声に気がついて僕の方を振り返り、少し辛そうな顔をすると急いで僕の元に駆け寄ってきてくれる。

それに安心してなのか、僕の体はどんどん前へと傾いていき、地面寸前のところで僕は彼女に支えられた。

「……いた…ぃ」

あまりの痛みに僕は、女の子に支えられて恥ずかしいだとか、いつもみたいに、「良い子」は我慢しなくちゃとか、そんなことを考える余裕もなく、ただうめき声を上げ身を捩り涙を流すことしかできなかった。

そんな僕の背を、世界はさすり続けてくれる。

それがとても情けなくて、また涙が出た。

そんな時、とうとう目の前が真っ白になり、体中の力が一気に抜けていく。

そしてそれを予期していたかのように、世界はしっかりと僕を支えてくれて、けれど、僕に触れる彼女の手は、少しだけ震えていて。

遠のく意識の中、僕はなぜか、ママのことを思い出していた。

「……ごめんね、本当にごめんね、茜


……あなたを、×××にしてしまって」


ーーーーーーー


気を失い、力の抜けたその少年を、少女はさらに強く抱きしめ、目を瞑る。

そして彼女は、そっと呟く。

「……ごめんね、茜。」

彼女の瞳から溢れた涙が一筋、赤く燃える夕日に照らされながら頬を伝った。


ーーーーーーー


“世明は何も心配しなくて良いから。”

茜が寝ていたはずの場所に置かれていた、たった一言だけ書かれた紙。

それが意味すること、それを私は保健室のベッドの上で考えていた。

茜がどこにもいない。

そんな、今まで一度だってなかった状況に今朝の私は激しく動揺し、さらに孤独感に耐えられなくなってしまった私は、朝食も食べないまま、ただいつもと同じように学校へと登校してきてしまった。

しかしそんな早い時間では生徒も殆どおらず、少しの登校している生徒といえば朝練をしている人たちばかり。

仕方なくコンクールを終えたばかりで朝練のない吹奏楽部の部室で1人、適当にトランペットを吹いてみるが、茜がくれたあのトランペットを見ているだけで、なんだか私の心がズキズキと痛んだ。

かくして私は、朝早くから保健室に居座り続けるということになり、驚くことに気がつけばもう5時を回りそうな時間になっていた。

お昼の時に結先生が給食を持ってきてくれたおかげでお腹は空いていなかったが、なんともいえない感情が、私の体の中をぐるぐると歩き回っているようで、私はその不愉快な気分にこのベッドから起き上がることができずにいた。

ただこの感情は、うまく言葉にできないということで、意味のわからないものという訳ではない。

これは、"不安"だ。

世界だけでなく、茜までもが、私の目の前から消えてしまった。

茜と2人の時でさえ、世界の居場所の手がかりをつかむことは全くできなかったのだ。それなのに、1人になってしまった私に一体何ができるというのか。

いつもみんなの背中を追いかけているだけの私に、その足掻きに意味なんてあるのだろうか。

というか、私に何ができるかって、今更すぎるか。

もうこんな時間で、それなのに私はいつもみたいに学校に来たと思ったら、こんなざまだ。

何ができるのか、なんて。

……私には、何もできない。

そんな簡単なことは

「……自分が一番良くわかってるよ」

「……何がわかってるって?」

いきなり、そう返す低い声とともに、ベッドの周りのカーテンが勢い良く開かれた。

「……えっ! ちょっ! ソスウ先生!」

私は急いで起き上がり、咄嗟にカーテンを閉めようとするが、カーテンを閉めさせるまいと本気で押さえつける上手裏先生によってそれは阻まれる。

「あの…カーテンが……」

奥の方でカーテンの危機を告げる結先生の声が聞こえたが、大好きな尊い素数サマの手前緊張しているのか、今の彼女はいつものクールビューティも本性のめんどくさがりのどちらにもなれていなかった。

「……今日、お前の兄弟どうした」

すると突然、素数先生は真面目な顔をしてカーテンから手を離す。

私はその言葉にハッとして、カーテンから手を離し俯く。

大人にこれを告げれば、私が何を言おうが、確実に茜と世界を探してもらえる。

そしてそれはきっと、私と茜が取ってきた方法よりもより確実で良い方法だ。

けれど、それでは意味がない。

そんなことをしたら、何のために私と茜は2人だけで世界をさがしていたんだ。何のために、世界のことを隠してきたんだ。

だから今も、私が、私が2人のことを見つけてあげなければ……

……いや、私にそんなことは、できない。


ふいに頭を上げる。

そこにいるのは、いつも通り不潔なモジャモジャの髪に、オシャレとは言い難い服装を隠すかのように白衣を着ている素数先生と、その後ろで、私のことを気にかけてくれてはいるが、それよりも素数サマの方が気になっている、オシャレで美人な結先生。

この人たちは、私と茜が世界のしたことを隠してきた「大人」とは、少し違う。

そんな気がした。

「……私の話、聞いてくれる?」


ーーーーーーー


場所を移して、特別支援学級の教室。

夕日の差し込んだ明るいオレンジの教室に、私は茜の席、結先生はその隣の空席、素数先生は教壇にかけて、私の話を聞いてくれた。


改めて話してみると、この4日間は常にわからないことだらけだった。

なぜか置き手紙を残して消えた世界。

なぜか全くわからない世界の居場所。

そして、消えてしまった茜。

「……犯罪だなぁ、それは」

「……そうですね、間違いなく」

私が世界の話をすると、2人は怒るでもなく悲しむでもなく、結先生はいつもの調子で素数先生を見つめながら、素数先生は夕日の方を見つめながら、さも世界のことが重罪でないようにそう呟くのに、私は少し安心したりした。

そして私は、何十分もの時間をかけてここに至る全ての顛末を話し終え、そして続ける。

「……私は、世界を犯罪者になんてしたくない。だから、私が世界も茜も見つけなくちゃいけない。

世界がどう思ってても、私と世界は一緒に生まれてきたから、家族で、大好きだから。

でも、世界は私よりもずっと賢くて、私はそんな世界のことがこれっぽっちもわかんなくて。

……私、何にもできない。

それどころか、実は私が邪魔しちゃったら悪いのかも、とか思ったりして。あはは。」

私はそう言って自分を卑下するかのように笑う。

そんな私を見て、結先生は少し悲しそうな顔をしつつ優しく微笑んでくれたが、素数先生は素数先生で何か別のことを考えているようで、そして少し俯いた後、決意を固めたように顔を上げる。

「……俺の話をする」

彼は相変わらずぶっきらぼうにそう言うと、いきなりのことに驚く私たちを置き去りにして、頬杖をつきながら語り始めた。


「俺は大学一年の時、彼女がいた。

俺と歳はあまり変わらないのに、郊外にだが、かなりでかい研究室なんてものまで持ってる研究チームの優秀な研究員だった」

素数先生は淡々と、それでいて一言一句不備のないようにと言わんばかりに、丁寧に私たちに語りかける。

因みに結先生が彼女というワードに若干反応を見せていたのに、素数先生は気づいていないようだった。

そして素数先生は続ける。

「……で、俺は、今思えばありえないくらい馬鹿なんだが……その人を、妊娠させた。」

「に、妊娠?!」

耐えきれず結先生が立ち上がって声を上げた。

しかし、そんな結先生を見る素数先生の表情があまりにも悲しそうで、切なそうで。結先生はその雰囲気を感じ、何も言わずに席に着き、素数先生もまた、続きから話し始める。

「俺は大学1年生。相手は大人で、しかも優秀な研究者。そんな人を、俺が幸せにしてあげられるわけがなかった。

……だから俺は、すぐに逃げた。

その人に別れを告げて、一人暮らししてた部屋も出たし、結局大学も辞めた。」

素数先生の淡々とした声には、強い、強い悲しみと後悔が刻まれている。

「……今、その方は」

結先生が、恐る恐る聞く。

すると、素数先生はゆっくり首を振った。

未だに2人は、それ以来連絡さえ取っていないのだろう。

「……その人がいまどんな風に生きてるのか、その子供もどうなったのか、俺は何一つ知らない。

ただ、一つだけ確かなことがある。」

素数先生はそこまでいうと私の目をしっかり見つめ、そして言う。

「……後悔している。死ぬほど、だ。

俺にはその人も、その子供も幸せにできない。俺にできることなんて何も出来ない。実際どうだったかは別として、俺はそう決めつけて逃げて、大人になって教師になって、適当に生きて……

ずっと、ずっと後悔してる。

できないならできないなりに、俺は本当に何もできなかったのかって。

悪あがきでも何でも、それが全部無駄になったとしても。俺は、自分のやりたいことをやるべきだった。」

そこまで言ってもらえれば、十分だった。

「……ありがと! 素数先生、あと結先生も」

私は椅子から立ち上がり、そう言って笑うと、別れの言葉もなしに走って教室を出た。

今ならまだ間に合うかもしれない。

どこにいるかもわからないのに、なんとなくそう思った。

まだ、まだ私は、世界も茜も救える。

救えなくても、追いつけなくても、私は走れる。

何も出来なくても、きっとそばにいることはできる。

後悔したくない。2人のことが、大好きだから。


走る足は無意識に、あの"高台"へと向かっていた。

シンボルであるクリスタルピアノが美しい、海を見下ろすあの高台。

私たちとママと茜が初めて出会った、あの思い出の場所。一縷の望みを託すには、うってつけの場所だった。

夕日の中へ向かうかのように、小道を走り抜けていく。

この道は、私がこの町で一番走った場所だ。あの日も、いつもみたいに世界の後ろをついて走った。

そしてその道を出た途端、心地よい海風が突風のように打ち付け、夕方とはいえまだまだ暑い中を走った私の体を一気に冷やす。

そこには、誰もいないように思えた。

しかし、クリスタルピアノの目の前。

数段の階段の中腹にある、一つの人影に気がつく、

私は夕日に向かう逆光の中を、一歩一歩進んでいく。


その人影はきっと、私と茜が昨日まで探していた人物に違いない。

双子というのはやはり不思議な縁で繋がっているのだろうか。

けれど、同時に嫌な予感がする。

何か大きなものを失ってしまうような、そんなとても恐ろしい不安が。

だんだんと明瞭になっていく彼女の姿とともに、私にはあるものが見えてくる。

階段に腰掛ける、世界。

その彼女の膝枕をされ、力なく横たわる……茜。

「……茜!!」

私は大きな声を出し、2人の元へ駆け寄ろうとする。

しかし、

「近づかないで。」

世界の低い声が響き、私の足も反射的に止まってしまう。

だんだん目が慣れてきたのか、夕日の中で、そう言った世界の表情に深い悲しみが刻まれているのがよく見えた。

「もし近づいたら……

……今すぐ、"核爆弾"を爆破する。」

そして彼女は、私を睨みつけ、そんな突拍子もないことを言った。


"核爆弾"


平和になったこの世の中では、それはほとんどファンタジーと同類だった。

それを、世界が爆破させる…?

「……一体、どういうことなの?

ていうか、核爆弾だなんてどこにーー」

「ここよ」

世界は私の言葉を遮り、言う。


海からの風が一段と強くなり、耳を通り過ぎるビュービューとした音がますます大きくなっていた。

けれど、その言葉は、まるで世界以外の全てが止まってしまったかのように、クリアに私の耳へと届くことになる。

その、信じられない言葉が。


「……核爆弾は








ーーー茜の体の中にある。」




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