1話 世界を滅ぼすかもしれない
第1章-1話
プロローグ
「はしれソリよーー!かぜのよーにー!」
「わぁ!き、きゅうにおっきい声ださないで〜! それにもう四月だよ〜!」
明るい春の小道の真ん中。
桜の花びらと一緒にくるくると回り歌う幼い女の子へ、その少女と瓜二つの容姿の、しかし対照的に周りをキョロキョロと見回しながら、もう一人の女の子は遠慮がちに言う。
「いいじゃ〜ん!歌いたいんだもーん!」
「そ、そんなうるさくしてたら、おとうさんにおこられるよ〜!」
「おーい!二人とも!」
桜の花弁が風に乗って飛び交う向こう側。そこから優しい男性の声が聞こえてくる。
しかし陽の光の眩しさに、彼女たちにはこの小道を出たところにいるであろうその声の主の姿を視界に入れることはできなかった。
「はーい!」
それでも、快活な方の少女は相変わらず元気よく返事をして走り出し、もう一人の少女も、慣れた足取りでその後に続いた。
桜の小道を抜けた先には、彼女たちの見慣れた海の見える高台があった。
そこのシンボルである、碧く澄んだ海の色が美しく反射したクリスタルピアノ。
そのピアノのイスには、見知らぬ一人の美しい女性が腰掛けていた。
さらによく見ると、その女性の後ろに、彼女たち双子と同い年くらいの少年が、恥ずかしそうに隠れて立っている。
そして彼女たち双子の父親は、幼い娘2人と目線を合わせるようにしゃがむと、優しく微笑んでこう言った。
「紹介しよう。今日からこの人たちが、お前たちの新しいお母さんとお兄ちゃんだ。」
☆世界が滅亡するーー?まで:あと7年!
ーーーーーーー
「そういえば、これからスズモリ2人はスズモリ3人になるんだね!」
新緑の隙間から木漏れ日が差し込む病室。快活な彼女は客人用の丸いパイプ椅子を倒れる寸前までガタガタと揺らしながら言った。
「スズモリ2人って?」
少し起こしたベットに寄りかかり、少年は首を傾げて聞く。
「わ、わたしたちの、おうた、」
おとなしい少女はおどおどしながらもなんとかその少年に伝え、言い終えるとまた恥ずかしそうに口をつぐんだ。
「そー! それでスズモリは2人から3人になったでしょ? だから新しくしたくて、でも3人だとなんかへんなかんじだし、なんかほかにいいのあるかな!」
少女は、ぷくりと頬を膨らませながら、イスをガタガタ鳴らして、何か良い案はないかと考えているようだった。
「…素数」
その時、少年はうわごとのように小さく呟く。
『…ソスウ?』
双子は声を揃えて言った。
「なにそれー!なんかかっこいい!」
快活な方の少女はイスから降り、目を輝かせながら、彼のベットに乗りかかるような勢いで飛び跳ねた。
「う〜ん、僕もよくわかんないんだけど、多分3、ってことだってママが言ってた…きがする!」
「ほんとー!?すごいね!!さすがお兄ちゃんだよ!」
彼女は少年の手を握り、ブンブンと振り回すとすぐに、パパに教えなきゃ!と叫んで走って病室を飛び出してしまった。
「あ〜まって!」
おとなしい少女は、いつものようにその後を急いで追いかけていく。
「あっ、……」
1人、ベットの上から動けない少年。病室に取り残されたその小さな声が、後から出た彼女には聞こえなかった。
「…素数って、許容範囲すごいな〜、あはは」
私はベットに寝転がったまま呟いた。
最近、幼い頃の夢をよく見る。
今日のは、私たち三人が出会った頃の夢だった。
中学に入学して素数を知ったとき、その後の授業3時間くらいは思い出し笑いが止まらなかったことをよく覚えている。
そんな中学デビューからおよそ5ヶ月。
今日から中学1年の2学期が始まろうとしていた。
「よし!朝ごはんの準備!」
はやる気持ちにさらに勢いをつけて、私はベットから体を起こした。
「できた!」
私はリビングの大きなテーブルに置かれた3つの菓子パンを前に自慢気に言った。
朝といえば、卵をかちゃかちゃ解き、味噌汁の味見をして、よしっ!とか言ってみちゃったりして。その匂いにつられて、まだパジャマ姿で寝癖のひどい家族が起きてきたりして。それを見ておはよう。もうご飯できてるよ。みたいな。中学生なのに偉いな、みたいな…
自慢じゃないが、私は全く料理ができない。
というか、普通の中学生なんてこんなものなのではないだろうか。
「…普通、ね」
私はふぅっと息を吐くと、家族が起きてくるのを待つため、ダイニングテーブルの前のソファにどっかりと座りテレビをつけた。
朝のテレビといえば時事ニュースや天気予報など、女子中学生がエンジョイできるようなコンテンツは皆無に等しい。仕方なく私はいつも、普段は見ることの無いようなコアな自然ものの番組を見るに追いやられていた。なんだこのレッサーパンダの赤ちゃんかわいいな。
「…よっちゃん?」
そんなとき、思いがけず背後から声をかけられ、私は声を出す余裕も無くソファへと倒れ込む。
「え!あっ!ごめん!大丈夫だった?」
しかし驚かせた張本人もかなり驚いているようで、あたふたしながらソファに倒れた私の手を急いで引くが、残念ながら全く私は起き上がらない。決して私が重いわけではない。
「いや!こっちこそごめん!めっちゃレッサーパンダが…って、あっ!おはよう!茜!」
私は自力でのそのそと起きあがり“彼”に言った。
そう、彼。茜は男である。
行動も名前も、どんぐり型の大きな瞳も、声変わり前の高い声も。まるで女の子のようだが、奴は男だ。中学生男子だというのに水色のかわいいパジャマを着ているのは私の趣味だ。
「ううん!全然大丈夫。じゃあ、お湯沸かしてくるね。今日も卵焼きいる?」
しかも、料理が得意ときている。
…そういえば、すっかり挨拶を忘れていた。
私の名前は、錫守 世明
自分で言うのもあれだけど、ピカピカの未来ある脂の乗った中学一年生だ。なんと言われようが事実だから仕方ない。
そして彼が錫守 茜。
茜も私と同じ中学一年生ではあるけれど、彼は父の再婚相手の連れ子であるため、誕生日順的には一応私の兄、ということになる。
そしてもう1人…は、当分起きてこないかな。
ちなみに、父親は今海外での業務展開やらでとにかく忙しいらしく、普段に増して家にほとんど帰ってこない状態だ。
「今日から2学期だね〜楽しみだなぁ」
菓子パンだけでは腹持ちの悪い私のための、私の大好物の卵焼きを作りながら、茜はソファに座ったままレッサーパンダを見つめる背中合わせの私に話しかけてくる。
「え〜!? 楽しみなの?! なにそれ羨ましいな〜〜
私はまた勉強の日々がはじまるんだなぁ〜って思うとレッサーパンダを見に動物園に行きたい」
「それレッサーパンダ見たいだけだよね??
というか、僕は始業式が”初めて”ってだけだし、その分よっちゃんは慣れてるからね。
きっと僕も来年には同じこと言ってるよ〜〜」
そう言う彼をチラリとソファ越しに見ると、茜は卵焼きを見つめたまま楽しそうに笑っていた。
「いやどうだろ〜!
茜は案外、一生夏休み明けを楽しんでそうな感じするけど!」
そう〜? と言う彼の笑い声が聞こえる。
そして私は腕を組み少し考えた後、ソファから立ち上がり、彼のすぐ横まで行くと、彼の顔を覗き込んで呟く。
「……楽しんでもいいけど、絶対に無理しないでよ?」
そう言いながら私は彼の頭をクシャっとなでた。すると癖っ毛な彼の髪はさらにくるくるとボリュームを増すが、本人はあまり気にならないのか、私へといつもの溌剌とした笑顔を向けてくる。
「わかってるわかってる! 今年の夏はすごく元気だったでしょ?
だからだいじょ〜ぶ。ほら、味見。」
茜はそう言って箸で卵を一カケつまみ私の口に入れる。
「こ、これは……!
めちゃくちゃおいしい天才さいこう茜さま〜〜〜!!!
……って、はぐらかさないでよー!
夏休み中倒れて救急車で運ばれた人が元気って言うんですか〜〜??」
私は茜のすぐ横で、わざと不満げにそう言った。
「え〜? 元気だよ?
退院できた、ってことは元気になれたってことなんだから。
それにそんなこと言ったら、僕が退院して学校に通えるなんて、昔は考えられなかったでしょ??」
茜は卵焼きをフライパンからお皿に移し替えながら笑顔で言う。
故意なのかはわからなかったけど、私の顔は見なかった。
「まー、そうかも、ね。
……でも!なんかあったら絶対ソスウ先生に言うんだよ!?絶対だからね!!」
私が茜の顔を覗き込むと、茜はいつものエンジェルスマイルを見せてくれた。
「はーい!
よし!じゃ、朝ごはんにしよ〜〜!」
ーーーーーーー
「茜ー!私の雑巾どこー!?」
「さっきゴミ箱に捨ててたよ?」
「なんでその奇行止めてくれなかったの」
私はキッチン横のゴミ箱から取り出した雑巾を、とりあえずセーラー服のスカートのポケットに突っ込むと、玄関で待つ茜の元へ走って戻る。
「……やっぱり、今日もまだ起きてこないね。」
私が玄関に着くと、茜はリビングへ向かうのとは反対の廊下を見つめ、ぼそりと寂しそうに言った。
「いいんじゃない? 別に。起きるのは遅いけど、学校にはちゃんと行ってるみたいだし。
……さ! 行こ行こ!」
私は茜の背中を押し、彼の気を紛らわせる様に急かす。
なんだか、普段あんな感じのくせに、アイツは茜にこんなに心配されてて羨ましい…….なんてね!
「じゃ、行ってきまーす!世界!」
返事はなかった。うむいつも通りいつも通り!
ーーーーーーー
「えー、夏休みも終わり、えー今日から2学期ですが、ここで1つの数字の話をしましょう。」
「どうして」
という全校生徒の心の声が、まだ冷房の効きの甘い体育館中から聞こえてきそうだったその瞬間。
ドサっという、何かが落ちるような音。それにザワザワと生徒たちが騒ぐ音、多くの先生たちのスリッパの擦れる音が遠くの方から聞こえてくる。
遠くの方、それは私たち中1A組からは一番遠い、中3C組のさらに奥、つまり特別支援学級のところから。
……かくして我が兄は、人生初の始業式を無念の貧血による退場と相成った。
「ほーら! 私の言ったとおり! 始業式全然楽しくなかったでしょ?」
「……あはは、そうだったね」
保健室で布団を頭まで被り横になる茜を尻目に、私はすぐ横に置かれた緑の丸椅子に座り、にたにたと彼に笑いかける。
「でもまー! そのお陰で兄の様子を見るという名目で掃除を回避できたんだから! ほんと茜様様だよ〜〜!!」
私は横になる彼の肩をポンポンと小突きながら笑って言った。
するとそんな時、突然何者かが私のセーラーの襟元を後ろに引っ張り、私の体は丸椅子ごとギリギリのバランスで後ろへ仰け反ってしまう。
「それはそれはご苦労。でももう兄の担任が来たから大丈夫だぞ。」
背後から聞こえてきたのは、少し低めのよく聞き慣れた男性の声だった。
「わー! てなんだ〜ソスウ先生かー!
久しぶりー!」
私は立ち上がり、私の襟元を掴んだ張本人である、白衣を着たモジャモジャヘアーの彼へ笑いかけた。
「ソスウ先生じゃなくて、素数先生な。もしくは上手裏先生。」
「はーいソスウ先生!」
「お前はどうしてそうも正しい名前で呼びたくないのかな?」
ソスウ先生、もとい上手裏 素数先生は、たった1人しか生徒のいない、つまり茜の為にある特別支援学級の担任だ。
因みに私たちに何か通ずるものがありそうな彼の下の名前の由来は、生年月日が全部素数だから、らしい。
「とにかく、ここは担任の先生がいるから、錫守はさっさと掃除してこ〜い」
彼はそう言い、私をシッシッと払いのけるように保健室の外に出すと、そのままその戸をピシャリと閉じてしまった。
「あ、ちょっとソスウ先生〜!! も〜仕方ないな〜」
私はふてくされながらそう言いながらも、廊下で1人ほっと息をつく。ことこれに於いては、私よりソスウ先生の方が”適任”だから。
私はなるべく遠回りをして教室へ戻って行った。
ーーーーーーー
「……よ、錫守。元気してたか」
素数は自身のモジャモジャの髪を掻きながらぶっきらぼうに言う。
「……すごく元気、な、つもりだった、かな。」
茜はそう言うと彼から少し視線を逸らす様に横を向き、話を続けた。
「それにしても、さっきの上手裏先生すごかったね〜。首がかっくんかっくんしてた。」
茜はそう言い、その様子を思い出して小さく笑う。
「いや、あれは仕方ないだろ。始業式ってつまんねえし、そりゃ教師だって立ったまま寝ちゃうことの一つや二つ……
てか、そんなことより」
そう言い彼は、布団をひしと掴んでいたはずの茜の指に触れ、その指を布団から離させると、その布団をゆっくりと剥がす。
するとそこで横になる彼は、いつのまにか額に汗を浮かべ、すっかり頬を上気させていた。
「……やっぱり。お前熱あるだろ。」
「……あはは、そう、かも。」
茜は目を細めながらも、先ほどとは打って変わって、弱々しい声色で返事をする。
そして茜がゆっくりと目を開き、虚ろな目で自身の担任教師を見つめると、彼はその瞳で全てを察し、「大丈夫だから寝てろ」とこれまたぶっきらぼうに言う。
すると茜は肩の力を抜くかのように息を吐き、すぐに寝入ってしまった。
「……まったく、素直じゃねえな。」
彼は大きくため息をつくと、目の前で荒い息をする彼の髪を優しく撫でた。
ーーーーーーー
「「「ねーさっき茜くんのお迎えに来てたイケメンって世明たちのお父さん??!!」」」
「わわっば!!」
たった今担任から茜が早退したとの連絡を受け、プリント等を受け取って職員室から教室へと戻ってくると、突然私の元へと何人もの友人が突進し、私は驚きのあまりつい素っ頓狂な声を上げてしまう。
「わーもーびっくりしたなー!!」
私は一番前にいた少女の頬を両手でぐりぐりとこねくり回すという若干の反撃をする。
しかしそれにはなんの反応も示さず、彼女はそのまま話を続ける。
「私たちベランダ掃除してた時に見たんだよ!!茜くんがすっっごいイケメンにおんぶされて、高そうな車に乗るところ!!」
その子が若干興奮気味に言うと、周りもそれに同調してキャーキャー騒ぎ出す。
「いや待って待って!! あの人はお父さんじゃないよ〜!
えっと……あの人は繭純さんっていって、お父さんの知り合いなんだけど、その人の職場がここと近いから、何かあったときにお父さんの代わりに私たちの送迎とかしてくれてるってだけ!
………ちなみに独身。」
私がこれ見よがしにガッツポーズをしながら彼女たちに言い放つと、なぜか周りからは自然と拍手が起こった。
「繭純さんの好きなタイプは!」
友人たちの中の一人が何故か挙手し私に質問する。
「うふふふ、それは良い質問ですね〜〜」
私もついノリノリになって返事をしようとしたその時。
不意に、スカートのポケットに入っていたケータイが、軽快な、特徴のあるアルペジオの着信音を鳴らす。
「…え?」
その着信音は、茜からの電話のみに設定された音だった。
……どうして? 私が学校にいるとき、茜は一度も電話なんてかけてきたことなかった。
それに、もうそろそろ家に着いてるはずの時間なのに、一体何が?
私は急いで携帯を取り出し、その画面を何度もタップする。
「……世明、何してんの?」
友人の一人が、訝しげに私に質問する。
「何って、パスワード打ってます。」
私は画面に集中しながらもその質問に答えた。もちろんその間も、パスワードを打つ手が止まることはない。
「…パスワード、何桁あるの?」
「32桁」
「「「え」」」
「……っよし! もしもし?! 茜?!」
私はパスワードを打ち終え、茜からの電話に出るや否や、友人たちを置いて教室を小走りで飛び出す。目的地は、こんなときに1番頼りになる人物のいるであろう、特別支援学級の教室。
ただ肝心の私が出た電話口からは一向に茜のものであろう呼吸音しか聞こえてこなかった。
何故茜は電話をかけてきたのか、その理由がわからない。
「っねえ、茜?! どうしたの?!」
茜の異様な様子。私はつい、周りの目もはばからず大きな声を出す。
「…よっちゃ……」
すると、微かだが茜の声がか細く聞こえてきた。
「…! 茜!? どうしたの?!」
私はそう言いながら、たどり着いたその教室の扉を勢いよく開く。そこにはやはり上手裏先生がおり、彼は私の異様な雰囲気を察したのか、すぐに険しい顔をした。
私はそんな彼の隣に駆け寄りながらも茜に呼びかけ続ける。
「ねぇ茜! 大丈夫?!」
「……どうしよ…よっちゃん」
茜は、泣いていた。
今までかなり長い間一緒に生きてきたにも関わらず、殆ど聞いたことのないその茜の泣き声。
……これは、"ただ事"ではないんだ。
そう直感した。
顔が強張る。
事情を私から聞こうと口を開く上手裏先生も、その私の表情を見て口を噤む。
「茜、どうしたの…? もしかしてどこか体調がーー」
「……せっちゃんが」
茜の口から出てきたのは、意外な人の名前だった。
そして、その内容は、さらに予想だにしないものだった。
いや、予想できないのも当たり前だ。
この世界平和が実現した世界で、
それは「大罪」であったから。
「……せっちゃんが……
世界を…滅ぼすかもしれない……」
茜の口から語られたこと、それは、
私の実の双子の片割れ、
『錫守 世界』が
世界を滅ぼす、という「大罪」を犯すかもしれない。
というものだった。
別サイトに投稿していて、完結まであるのですが、一気に投稿すべきか小出しにすべきかわかりません。
当分は1日1話投稿の予定です。