悪役令嬢と呼ばれた妹と、そのお姉様
久しぶりの投稿です。
『悪役令嬢』と『婚約破棄』という言葉を使いたいだけの短編を書きました。
適当設定なので、お気楽にお読みください。
ひそひそひそ……
ひそひそ……まぁ!
貴族のお嬢様方が集まるお茶会で、私の方をちらちら見ながら交わされる、ひそひそ話。
それに気がつないふりをして、私は扇を口元に、こっそりと溜息を吐きました。
淑女らしからぬ行動というのは、重々承知の上で、それでも、そうでもしていないと『やってられない』のですよ。
◇
「エリー……いや、エリザベス。君との婚約の話なんだが……」
先日、私の婚約者であるロバート様から告げられたのは、婚約を解消してほしいとのこと。
つまり、婚約破棄。
それを黙って「はい」というのは簡単なのですけど、やっぱり理由を聞いておかないと、次の婚約者探しにも影響がありますからね。
「り、理由……そうだな、君は、その……悪役令嬢と呼ばれているだろう?姉君を虐げ、家に閉じ込め、社交をさせることなく、君ばかりが華やかなドレスを着て過ごしている……と、友人達から助言を受けたのだ」
「まあ、ロバート様はそのような噂話を信じられたのですか?」
「噂話……と僕も思っていたさ。だけど、実際に君の姉君は……」
そう、ロバート様がお話を続けようとされた時です。
ばぁあん!!
この場に相応しくない音を立てて、客間の扉が開きました。
我が家は一応貴族なのですし、その客間ということもあり、それなりの素材を使った扉なのですよ。もちろん、扉を開けるための使用人も、扉の外に控えているのです。
なのに、その扉を開けた本人は何も気にせず、私の方に歩み寄ってきました。
「エリー!見てみて!!今度の発明はね!!」
突然入ってきた人物に、ロバート様は目を丸くして唖然としています。それもそうですよね、まさか、このような場に、このような形で、先ほどまで話題にしていた人物が登場するとは思ってもいなかったでしょうから。
私は、そんなロバート様を背中に隠し、その人物に向き合いました。
「アンジェラお姉様、私は今、婚約者との時間を過ごしていたのですよ?それを、このように突然いらっしゃられても困るのです」
そう言われたアンジェラお姉様は、大きな瞳いっぱいに涙を浮かべ、ずいっと私の方へと近寄ってきて言いました。
「ふ、ふぇえ!エリーが冷たいよぉ!!いつもみたいに、アン姉さまって呼んでくれないよぉ!!」
前からは両手を広げ、私に抱きつこうとするお姉様。後ろから「ひ、ひぇえ」と情けない声。
……仕方ありません。
私は、不本意ながらもにっこりと「アンお姉様?」と微笑み、お姉様の腕を取り、かろうじて抱きつかれることだけは阻止しました。だってほら、私の後ろには、ねぇ……。
◇
「エリザベス……すまなかった。僕が間違っていたようだ。君も、そして君の姉君も、噂に惑わされた僕が愚かだった……すまない」
なんとかお姉様を客間の外に出し、私は、ロバート様との時間を再開しました。
目の前で見た『真実』と『噂話』の違いを受け入れるには、まだ時間がかかるようですが、それでも謝罪の言葉が出るだけ『マシ』ですのよ。
噂話だけを信じて離れていった人たちに比べたら、ですけど。
「……謝罪を受け取りました。それで、ロバート様は、これから、どうなさるおつもりですか?」
目は優しく微笑んで、扇に隠した口元は少しばかり力を込めて、そう尋ねました。
婚約解消の理由は『姉を虐げる悪役令嬢の妹』だから、だったかしら。それが間違いだと気づいてしまった以上、婚約を破棄する理由にはなりませんが、一度言い出した婚約破棄という言葉を簡単に撤回するのも難しい、といったところでしょうか?
それとも……。
「あら、もしかすると、ロバート様にも『真実の愛』がいらっしゃるのかしら?」
そう、ぽろりと言葉が溢れると、ガチャとカップを倒しそうなロバート様の慌てよう。
あらあら、これは……。
「ロバート様も、流行りの物語のようなお相手を……」
「い、いや!そんな相手はいない!!僕は……」
僕は……?それから言葉にならない呟きが続くだけで、ロバート様は私からの問いに答える様子はありません。
婚約破棄、そして真実の愛。
いつの頃からか、貴族の学園を中心に始まったそれは、今では平民の間でも流行り始め、演劇や吟遊詩人の唄にまでなっているのだとか。
その『真実の愛』と結ばれた後のお話は、あまり流行ってはいないようですので、それはもう親の世代が頑張ってなんとかしているようですが……貴族間の婚姻の意味や影響を考えると、さもありなんというところですね。
さて……先ほどから、あー、うー、と言葉にならない声を発しながら頭を抱えているロバート様をどうしましょうか。
もういっそ、お姉様のお相手として……。
それこそ『真実の愛』に目覚めたということで、良いではありませんか。
お姉様は長女で、本来であれば家を継ぐはずです。あのような状態なので、私が家を継ぎ、婿を取りなさい、と父に命じられ、三男であるロバート様との婚約関係を続けましたが、その婚約者に誤解とはいえ「婚約破棄」と言うような相手と、これからどうしろというのでしょう?
少なくとも、私の中でロバート様への愛情は、先ほど消えて無くなりました。
そうですわね……。
パチリと扇を閉じ、それをロバート様に突きつけて、私は言いました。
「婚約破棄、承りましたわ!ロバート様は、これからアンジェラお姉様と婚約し、この家をお願いしますわね」
「……は?」
ぽかんと口を開け、私の方を見られても……もう私は、そんな情けない顔を見せる相手ではないでしょうに。
「ちょ、ちょっとまってくれ!僕は、婚約破棄などしない、だから……」
「あら?先ほど婚約破棄を仰っていらしてたのに?良いのですよ、この家の長女であるお姉様と婚約を結び直して、お二人でお過ごしになられても。その方が、お友達も納得なさるでしょう?」
「そんな……エリー……」
「そうそう。婚約破棄の慰謝料は早めにお支払いをお願いしますわね。私、隣国への留学をしますので、その費用に充てさせていただきますわ」
「隣国に留学?!聞いてないぞ??」
「あら。なぜ、お伝えしなければならないのです?私達、もう他人……いえ、義理の兄と妹になるだけですから、私の留学など関係のないことでしょう」
「義理の妹……」
「ええ。……あ、そうそう、私はこの家から離れ、別の家名を名乗り過ごすこともできますから……留学前に手続きしておこうかしら。そうね、そうしましょう!」
私は良いことを思いついたので、もう無駄な時間はおしまいと、席を立ち、ロバート様のお帰りを促しました。
「待ってくれ……エリー。君はなぜ、そこまで僕を突き放すんだ?もう一度話し合おうじゃないか」
「お話し合い?それに何の意味がありますの?私は、お姉様のわがままに振り回され、社交界では悪役令嬢と呼ばれ、婚約者には噂話を理由に婚約破棄を告げられたのですよ?……これ以上、私が我慢する理由も必要もないでしょう?」
「エリー……僕は……」
「さあ!ロバート様のお帰りです。玄関まで送って差し上げて」
扉に待機していた使用人に告げ、最後に私は微笑んで言いました。
「ふふ、これで少しは悪役令嬢らしかったかしら?」
貴族だからと我慢し続けて、婚約者からの発言で限界を迎えた次女エリザベス。
彼女も美しく賢い令嬢でしたが、姉のアンジェラが発明家として重用されるほどだったので、その代わりとして家を継ぐ責任を負わされ、社交や婚約者との時間に追われ、能力を生かせずに過ごして、この結果。
家から籍を抜き、留学し、自分らしさを磨いて新しい恋に出会うのは、もっと先のお話。
ロバートは結局、アンジェラと婚約し、社交をしない妻の分まで頑張ってエリザベスの元実家を盛り立てていくのでした。