召喚勇者の落とし穴
「召喚聖女の落とし穴」とは別の世界です。
「成功だ!」
「やったぞ! これで人間は救われる!」
「勇者様!」
「勇者様、なにとぞ世界をお救いください……!」
召喚の魔法陣に現れた黒髪の青年は、何がなにやらわからない、といわんばかりの顔をして頭を下げる人々を見回していた。
さもありなん。
過去に召喚した勇者や聖女もそうだった。
むしろパニックに陥って泣き出したり、誘拐犯! と怒り出したりされるよりずっとましな反応である。
深く息を吸い込み、青年――異世界から召喚した勇者に説明をするべく、国王が玉座から立ち上がった。
この世界には、時折魔王が生まれる。
どういう原理かは不明だが、人間にはとうてい太刀打ちできない存在。それが魔王である。
魔王は配下となる魔族を生み出し、人間を滅ぼして世界を征服せんと戦争を仕掛けてくるのだ。
そしてそのたびに、人間は異世界から勇者(女なら聖女)を召喚し、魔王を退けてきた。
「なるほど。それで今回は我……俺が召喚されたというわけか」
「その通りです」
話が早くて助かる。
国王は内心でにんまりした。
マキシと名乗った青年は妙な威厳があり、国王でさえ若干の気後れを感じていた。しかしマキシの目は国王の後ろ、すでに選抜しておいた勇者パーティーに釘付けになっている。
「で、後ろの娘たちはなんだ?」
召喚の魔法陣が敷かれたのは謁見の間。召喚魔法を行使した魔法師だけではなく、世界を救う勇者を一目見ようと貴族や神官たちも集っていた。
その中にいる明らかに年若い娘。異様である。
若い男にありがちな欲に走るそわそわした雰囲気こそないものの、美姫を前にとりつくろっているだけだろう。来た、と思った国王は得意満面に答えた。
「これなるは勇者と共に魔王討伐に赴くパーティーメンバーです。回復を務める聖女は我が娘であり、こちらは魔法師団長の娘で類稀なる魔法の使い手、こちらは近衛隊第二団長を務めるほどの剣の達人。彼女らが勇者のサポートをいたします」
姫は聖女と呼ばれているが、もちろん国王の実娘で召喚聖女ではない。あくまでも箔付のため聖女という肩書をつけているだけだ。
紹介された娘たちが順番に礼をとる。三人とも国内外にその美貌を知られた娘たちだ。
「……は? 舐めているのか?」
「は?」
「えっ」
「なっ?」
しかしマキシはさも嫌そうに顔を歪ませた。
「魔王を倒しに行くのに足手まといはいらん。百歩譲ってパーティーを組むのは認めよう。が、もっと熟練の男がいるだろう。そちらにせよ」
すごく正論だった。
勇者の醸し出す威厳と風格に、すっかりその気になっていた娘たちは冷や水を浴びせられ、屈辱に顔を赤くする。
「実力を見もせずにそのようなことを言われるのは心外ですわ!」
「見ずともわかる。そんなごてごて着飾って魔王討伐? 笑わせてくれるな」
自分が一番うつくしく映える、渾身の衣装を鼻で笑われて、聖女がぷるぷると震えた。
集まっていた貴族たちは気まずげに目をそらしている。
勇者パーティーとして美姫を同行させ、勇者と姫が恋仲に、姫でなくとも三人の中から誰かと結ばれれば良いと思って選ばれたメンバーだったのだ。
そして魔王を討伐した後は、勇者を擁する国として覇権を唱えるつもりだった。
聖女は姫だけあって正統派美少女だし、魔法師団長の娘は小柄でかわいらしい守ってあげたくなるタイプ、近衛隊長は白銀の鎧が背徳的な色気を漂わせるお姉さまだ。
勇者の好みはわからなくとも、どれかにくらっとくるだろう。そう思われていた。
「もう、よい。俺一人で行く」
「はっ? お、お待ちを……」
国王が引き留めるも、
「このような非常時に我欲に走る国など信用ならぬが、魔王とやらはなんとかせねばなるまい。どうしてもついてくるというなら好きにせよ。ただし、俺は助けも守りもせぬ。そのつもりでな」
マキシは一蹴し、次の瞬間には消えていた。
どよめきが謁見の間に満ちる。
「あれは、まさか転移魔法!?」
「馬鹿な、目的地も知らぬのにできるわけがない」
「失われた魔法だぞ! まさか……」
「もしや今回の勇者は、本当に勇者なのか!?」
国王は歯を食いしばった。
過去の勇者たちは、いわば『勇者の卵』であった。魔王を倒すほどの実力を秘めつつも、実戦経験などない、なんなら魔法が想像上のものでしかない世界から来た若者ばかりであった。
もちろんハニートラップに耐性などなく、ゆえに時間をかけて鍛えている間に篭絡するのは簡単なことだった。
しかしマキシという勇者が本当に異世界で活躍した勇者であるのなら、彼を都合よく使うのは難しいだろう。国王の下心を見抜いていた節さえあった。
どうするべきか――考え始めた国王の耳に、どこか遠くからの爆発音が届いた。
「……へ?」
慌てて窓に走った衛兵が、はるか彼方にそびえる魔王城から煙が立っているのを見た。ついでに魔王城が崩落しているのも見えた。
「ま、魔王城が、爆発してます!!」
一瞬の間。
「えっ」
「え――……」
歓喜ではなく、どことなく残念そうな声が誰からともなく漏れた。
考えてもみろ。人間に勝ち目はなく、このままでは滅亡の危機。国王は余計な事企んでいたが、せっぱつまった状況だったのは間違いない。そこまで追い詰められていたのだ。
逆にいえばもはや打つ手なし、とならなければ異世界からの召喚は認められていなかった。誰の許可かというと、この世界の神である。
異世界からの召喚魔法は、神から人間に与えられた最終奥義なのである。
そのわりには未熟な勇者をいちから鍛えるとかけっこうしょぼい、なんて思ってはいけないことを誰しもがちょっぴり思っていたが、そういうものだと受け入れていた。
なので、なんというか、こう、せっぱつまってたのは事実なんだけどこうもあっさり解決されるとなんだか自分たちがたいしたことない相手に右往左往していたような、ひどくがっかりした、脱力した気分に陥ってしまったのだ。
「……」
チラチラ。呆然と立ち尽くしている姫たち三人に視線が集まる。
魔王を一瞬で倒せるなら、そりゃ勇者パーティーなんて足手まといだしいらないわ。そんな視線だった。
と、先ほどまでマキシのいた空間が歪んだ。
「魔王を倒してきたぞ」
そんなセリフと共に現れたのは傷ひとつない勇者マキシと。
「……」
ボロ雑巾のような姿になった魔王だった。
「ご、ご苦労であった勇者よ。し、しかし、な、なぜ魔王を連れてきたのだ!?」
国王の叫びは全員の意見である。いかにボロ雑巾になっていようとも魔王は魔王だ。魔王を前にして言葉がでるとはさすが国王、と貴族たちは現実逃避気味に思った。
魔王を倒すのならきちんととどめまでさすべきであろう。姫たちも全力でうなずいている。
「この世界の魔王は我が軍門に降った。それを宣言しておこうと思ってな」
軍門に降った。
なんだかとても嫌な予感がする。
「魔王、挨拶せよ」
「ははっ」
いやそんなズタボロに無理言うなよ。思うが早いか、魔王の体にあった傷が癒え、装束も戻っていった。
「……愚かな人間どもよ」
そして、すべての人間を畏怖させる、おどろおどろしい声を発した。
「感謝するぞ。お前らの召喚によって、我は魔神たる御方、マキシマム様の配下となった!!」
魔王の姿は自信と喜びに満ち溢れている。それはそうだ。異世界とはいえ魔王にとっての神、魔神に認められたのだ。人間からすれば神の愛し子と言われたに等しい。
「……魔神?」
ぽつり。誰かが言った。
「勇者マキシよ。それはどういう……?」
勇者マキシ――いや、魔神マキシマムがにやりと笑った。
「そうだな。哀れな人間どもに種明かしをしてやろう」
ピッ、と指を一本立てる。
「お前たちが異世界からの召喚と呼ぶ魔法と魔法陣、あれは正確には神を召喚するものだ」
凍りついたのは国王だけではない。魔法師全員があまりのことに固まった。
「本来であればお前たちが救いを求めるべきは神であったのだ。この世界を創った、創世神だ」
と・こ・ろ・が。魔神は楽しげに立てた指を振る。
「お前たち、『自分たちが都合よく使える』『勇者』を願ったな? 創世神の誤算は人間の欲深さを見抜けなかったことだろうな」
「創世神様の……誤算……?」
なんだそれは。それではまるで……。
「魔王を生んだのは神だ」
魔神マキシマムは容赦なく言ってほしくないことを言い放った。
「嘘だ!! 人間は神に愛された種族。知恵と魔法は神の恩寵だ!!」
大神官が否定した。そうでなければ今まで神の教えとされてきたすべてがひっくり返ってしまう。否定しなければならなかった。
「そうだな。それは認めてやろう。ところで神の力の源は何か、知っているか?」
神の力の源とは、すなわち信仰心である。
「人間に知恵と力を与えて、調子に乗って神をおろそかにしはじめたら魔王を生む。当然人間は祈る、神様お助けください!」
そこに異世界からの召喚を成せる魔法があったら?
当然使う。実際に何度も使われた。
ただし、当初創世神が考えた、神の召喚はされなかった。
神に助けを求めていても、神の降臨までは望まなかったのだ。過去の勇者が未熟だったのはそのせいだった。
ある程度神の力を付与できる肉体と精神の持ち主。世界が魔王に支配されてしまっては神も困るのだ。
「完全なるマッチポンプだな。お疲れ様」
「今回おそらくお前らは、我を倒せる存在を、と望んだな? 召喚は成功したぞ。本来の使い方だ、創世神も満足であろうな」
魔神と魔王が嗤う。
創世神を召喚していれば、神の御業を目の当たりにした人々は感謝と信仰を捧げ、何年も語り継いだだろう。神格が上がりこの世界もますます発展していったに違いない。魔王という脅威があろうとも、神が必ず助けてくれるのだ。
「そんな……経典には、そんな、こと……」
「教えるわけなかろう。詐欺の手法を伝えたら信仰心など吹き飛ぶわ」
それはそうだ。
自分たちを苦しめる魔王を生んだのが自分たちを救う神だった、などと知ったら、誰も神を信じなくなる。
「この世界の神はな、魔神たる我を召喚したと知って、新たな世界を創りそちらを育てることにしたようだ」
ドッ、と大神官が膝をついた。あちこちから呻き声が聞こえてくる。
神に、見捨てられた。世界の終わりだ。
「だが安堵せよ。我がこの世界の神となってやろう!」
魔神である。どこにも安心できる要素がなかった。
「もっとも我には我の世界があるゆえ、魔王に管理を任せる」
「はっ! 魔神様! ありがたき幸せにございまする!!」
「うむ。よいな魔王、人間は生かさず殺さず。上手く搾取せよ」
「はっ! 心得まする!!」
やたら気合の入った魔王に満足げにうなずいて、魔神マキシマムは消えた。自分の世界に帰ったのだろう。
ずっと畏まっていた魔王がはー……っ、と大きな息を吐いた。
それから国王たちに向き直る。
「あー、その、な?」
なぜか気まずそうだ。
「魔神様も神なので、搾取するのは畏怖や恐怖といった、信仰心だ。財宝や魂などではないからそこは安心していいぞ」
生かさず殺さず、と言われてどう安心しろというのだろうか。
「異世界からの召喚も禁止しないそうだ。我に戦いを挑むのもかまわん。ただし、我が倒れたら魔神様が出てくる」
そう、勇者と戦って勝つことが、魔王が魔神に与えられた役割だった。
しかしたとえ魔王を倒しても、次に待っているのが魔神となれば、誰が戦おうとするだろう。
「我ら魔族は支配者ではない。魔神様に任された、あくまで管理者だ。人間は繁栄を謳歌せよ。だが、魔神様への畏怖を忘れれば、我らは直ちに牙を剝く」
魔族によっては人間を食らったり、可能性を秘めた人間と戦うのが好きなバトルジャンキーもいるが、それが魔族だ。諦めてもらおう。
「……神に見捨てられたのは、我らも同じよ」
魔王の自嘲に人間たちはハッとなった。
人間は創世神に騙されていたが、魔王はもっと酷い。殺されるために生み出されたのだ。
「我は悔しい。何も知らず勇者に倒された歴代の魔王も同じであろう。魔神様とて神、悪いようにはなさるまい」
「……」
「この世界を発展させ、創世神に復讐してやらぬか。手放すのではなかったと、創世神めを悔しがらせてやろうぞ」
さすがは魔王である。人間をそそのかすのはお手の物だ。
共感させることで同情を買い、不信感を復讐心へと燃え上がらせる。
今までの信仰をいきなり捨てるのは、もちろん無理だろう。限りある人生の時間を人間は惜しむ。それが執着を生むのだ。神への信仰が根付いている者ほど神にしがみつこうとする。そうしなければ今までの自分は、人生は何だったのか、となってしまうからだ。自分を捨てるようなものである。
だが人間のすごいところは、次代に繋げてゆくことだ。
やがて人間は、創世神こそ世界を滅ぼそうとした悪だと認識するだろう。そして魔神こそが、彼らに救いの手を差し伸べた救世主だと伝えられてゆく。魔王は世界のバランスを管理する天の使いとなるのだ。
いつか。
いつか、滅びなかったこの世界を見つけて、創世神は歯噛みするに違いない。自分が捨てたはずの世界が自分がいた頃より栄えている。愚かだったのは、無能なのは自分であったと突き付けられる。
その時言ってやるのだ。ざまあみろ。
「だからその時まで……よろしく頼むぞ」
魔王倒したら上位の魔王来ちゃった!なマトリョーシカ魔王ってもしかしてこういうことかなって。
一応いた魔王配下の四天王とか出番なくて可哀そう。魔神様、ショートカットして魔王に特攻しました。