#99
カール・ポートを訪れたスフェーンは、そこで新たな検測機器と依頼した物を手に列車に戻る。
『あの科学者は仕事はしっかりこなすんですね』
「そりゃあ、こんなもん押し付けてくるくらいには暇なんだろう?」
まさかエーテル以外でもできる技術者だったとは予想外ではあった。
貨物ヤードにはCe 6/8 II形電気機関車が貨物を引いて出ていく。
ネフィリムすら停車する交通の要所カール・ポートには今も鉄道連絡船から車両が積み下ろしされていた。
「んじゃ、他に必要な物と改修をしたら始めますかね…」
『他に必要な物ですと…』
「移動手段」
ルシエルはスフェーンの答えに納得する。
『あぁ、あの空間の使い道を考えたのですか』
「そっ」
あの空間とは、元々オートマトンを格納していたあの場所だ。
その使い道をスフェーンは思いついた様子で、ルシエルもその考えを読んで納得する。
『なるほど、そう言う使い道ですか』
「良いでしょう?」
『そうですね…移動手段は必要かも知れませんね』
ルシエルもスフェーンの提案に賛同すると、スフェーンは運転台に乗り込んで列車の電源を入れる。
カール・ポートの他にも寄る場所は多くあり、その際にスフェーンは今持っている伝手を存分に使っていた。
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「やぁ、久しいね」
「どうも」
数日かけて訪れたのはウリヤナバートル郊外の旧ロケット発射場。そう、あのノルの車両工場である。
以前に比べて車両工場の周辺に戦車やオートマトンの配備数が増えており、治安悪化は一見して分かった。
「二年くらい経ったというのに、君は全く成長していないねぇ」
「失礼な男ですね。引っ叩いて良いですか?」
そう言い身長が伸びていないスフェーンを軽く揶揄うと、スフェーンはそれが冗談とわかっているのが少々不満げな表情を見せた。
「はははっ、悪かったって」
そんなスフェーンにノルは軽くいなすと、彼は言う。
「要件は聞いているよ。また改造して欲しいんだって?」
「えぇ」
そう答え、スフェーンは自分の列車を見る。
「この前オートマトンを売ったんで改造をして貰おうかと…」
「あぁ、売ったんだ。アレ」
「えぇ」
オートマトンを売却し、空白になったスフェーンの格納庫。それを聞いたノルは提案する。
「だったらもういっその事、旅客キャビン乗せたら?」
「うーん、できれば車庫欲しいんです…それにこんなに大きい居住区画いらない」
旅客キャビンとは、コンテナ貨車に載せるだけの簡単な客車改造キットであるが、台車が貨車故に乗り心地は最悪なので付けられたあだ名が『頷くラバ』である。
「あるよ」
「え?」
ノルの返事にスフェーンはやや驚いた顔になると、彼は言う。
「旅客と荷物の合造キャビンならあるよ」
「…What’s?」
すると彼はカタログを見せてくる。
「最近はあまり売れていないけどね、キャビンの派生でこう言うのがあるんだよ」
そう言ってタブレットに指を差すと、そこには客車とコンテナを組み合わせたような歪な形のキャビンがあった。
「カタログ落ちの商品だけどね」
「そりゃそうでしょうよ…」
このキャビンは旅客用として使えない事は早々に分かり、格安の住居や運び屋の家として売り始めたは良いものの、長距離を走る運び屋にとっては家となって長年乗るので、その際は乗り心地の良い客車が選ばれると言うわけで、ほぼ売れなかった商品だ。
「この際、引越しをするのはどうだい?」
「でもなぁ…お金がなぁ…」
この前ホテルでまぁまぁ派手に散財したスフェーンは手持ちの通貨に余裕があまりなかった。
ここで金庫を開けると言う選択肢は今後の事を考えると無い。
「ローンを組んであげよう」
「…ローン持ちかぁ」
少々嫌な響きではあるが、この際は仕方がない。
「ボラないでよ?」
「勿論さ。ウチは適正金利が売りの商売やっているんだ」
ノルは頷くと、スフェーンをキャビンの置いてあるマーケットに案内した。
車両工場の近くのマーケットは、かつてコンテナ貨車を初めて購入した時とほぼ変わっておらず。相変わらず大量の中古車などが売られていた。
「客車買った方が良いか?」
「いやぁ、君の列車だったらキャビンの方が色々と楽でしょ」
ノルが横でそう話すと、二人はマーケットに山積みのキャビンを見ていく。
近くではヘルメットを被った猫の獣人の女性が武装貨車を眺めていた。
「…」
多くの人が行き交い、序でに出ていく列車。
相変わらずの景色で、スフェーンはマーケットのキャビンを一つずつ見ていく。
「えっと…必要なのは客車と荷物車で良いのかな?」
「そうですね〜」
さっき見せたカタログを見ながら話し合うと、ノルはそのキャビンのある場所までスフェーンを案内する。
「これだね」
「ほほぉ〜」
そこで見たのはぶどう色2号に塗装された一つのキャビン。半分は客車の窓があり、もう半分は両開きのダァがあった。見た目的には客車の床下機器と前後のダァ部分を切ったような見た目だ。
ただ元コンテナなだけあり、壁は窓以外はコンテナ特有のあの凹凸の壁である。
「保存状態もそれほど悪くないですね」
軽く壁をノックして金属の音を確認する。
「そりゃそうさ、ここの日差しは強いけど乾燥しているから適切な管理をすれば長持ちするよ」
ただ少しレストアをする必要があるようで、中に入ってみると確かに埃まみれな上に内壁が少々傷んでいた。
「また費用が嵩むか…」
「まぁまぁ、これくらいなら君の前のコンテナの売却費用で補填できるよ」
同じく乗ってきたノルはそう言い、半分に分割されたキャビンの奥に繋がる扉に触れる。
「大きさは今のと同じくらいね」
「あぁ、コンテナの大きさ自体は変わらないよ」
半分に分割された中は客車の椅子と荷物車の無骨な壁があった。
ただ今の魔改造キャビンと違って窓があり、日差しはよく差し込んでいた。
「ミラーガラスじゃないのか…」
「そこは貼り直そう。あと窓もいくつか塞いでおいた方が良さそうだね」
この野郎、ローンだからって好き勝手やろうとしやがって…
「ちょっとはマケて欲しいなぁ〜」
「うーん、してあげたいのは山々だけどねぇ…」
そう言い苦い表情をするノルにスフェーンは軽く肩を落とす。
「いやぁ、最近は色々物価高なんだよ」
「そうだけれども…」
そう、最近から徐々に物全般が物価高になってきている。
理由の一つとしては最近のアイリーン社と緑化連合の軍備増強による資材発注の影響で市井に流れにくくなってきているのだ。
「戦争は勘弁だよ…」
「そりゃそうですよ」
特にここ数ヶ月は緑化連合とアイリーン社…最近は企業連合と呼ばれている連合体の対立は顕著化していた。
「これで喜ぶのは軍需企業と傭兵じゃないですかね?」
「はははっ、違いない」
実際、運び屋でも武装貨車がよく売れていると言う。
「治安悪いっすね」
「元々治安は世紀末よ」
ノルは慣れた様子で答えると、スフェーンは取り敢えずこのキャビンにする事にした。
「なんと言うか…」
その後、簡単な改造と改修、色の塗り替えを施して、尚且つ一度前の部屋の中の荷物を出したスフェーンは呟く。
「ワムハチとオハニ36を足して二で割ったような見た目ですね」
「貨車と客車混ぜるなよ…」
そんなスフェーンの呟きにマルシュはやや苦笑する。
彼女は久しぶりにスフェーンが訪れた事を聞いて、その上自分の機関車は点検中で暇だからと言う理由で引越しを手伝ってくれた。
「しっかし荷物増えたな〜」
「色々と街を巡りましたしお寿司」
そう言って木製ガンラックに手を触れるスフェーン。確かにあれから色々と街を巡ってはそこで物を買ったりしていたので荷物は増えていた。
「ここいらで序でに断捨離したらどうだい?」
「時々やってはいるんですけどねぇ…」
そう言いながら前のコンテナが外され、汚れていた車両底面の清掃がされると次に改造されたキャビンが乗せられる。
なお、間にちゃっかり点検をして来たノルは商売上手と言えるだろう。
「取り敢えずでかいモンから入れて行きますか」
「ほーい」
そしてスフェーンを見て手伝いに駆り出される大人組。いやぁ、こう言う時子供は見ているだけで良いから楽ですわ。
「ここで良いかい?」
「そうですね」
三人で荷物室を通って冷蔵庫を車内に運び、スフェーンは場所を指定する。
客車の座席はほぼ全て外し、家具や台所で潰れる窓は壁で埋めていた。壁は断熱材を充填し、窓はミラーガラスとカーテンで完全にプライベート防御されるようになっていた。
「よーし、降ろすぞ〜。せーのっ!」
そして次々と人海戦術で運ばれる家電。
なお、内装の改修に一週間程掛かったので、その間にスフェーンはある場所に連絡を取っていた。
そして荷物車に入れる物も新たに購入していた。あぁ〜!お金の溶ける音ぉ〜!
「オーブンレンジはこっちで」
「はい」
「本棚はここに」
「はいはい」
テキパキとルシエルの指示通りにスフェーンは家具を大人達に置かせる。
木目調ではるか昔の客車を彷彿とさせる車内。前のヤサカの食堂車を思わせるような雰囲気だ。
このキャビンに合わせて列車の塗装色も(ルシエルが少々苦言を呈したが)結構変えたので違和感は無くした。
「このちゃぶ台はどうしますか?」
「取り敢えず荷物車に放り込んでおいてください」
置き場の無い家具は荷物車に放置し、要らないものは欲しがっている人にあげよう。
『これはスロープ必須ですね』
「あとで買い足すかぁ…」
もうこの際、百年ローンでも組んで貰うかなどと軽く冗談を溢しながら引越し作業を終えると、最後に金庫を本棚に置く。
「もはや本棚じゃなくて物置だな」
「ですね」
本棚を見たマルシュが言う通り、棚には弾薬箱や金庫が置かれ、本棚は侵食されていた。
「んで、荷物車の方はどうするんだ?」
彼女はそう言い、荷物車に積まれた家具を指差す。
「あぁ、置く場所もないんで…要ります?」
「言うて私も置き場所がないんだよなぁ…」
彼女の乗る機関車もスフェーンの横で点検を受けており、特徴的な猫髭と呼ばれる黄色い五本線の入った黒い凸型ボディーはクレーンによって宙に浮いていた。
「欲しいのはあるんだがね…」
「ちゃぶ台ですか?」
「そうそう」
マルシュは少し頭を掻いて考える。
「あぁ〜、これなら買う時EF55にしときゃよかった…」
そうぼやく彼女にスフェーンは一言、
「GG1型半分にぶった斬れば良いのに…」
「アンタぶっ殺されたいの?設計者が墓の中で発狂するわよ」
真顔で返されたスフェーンは両手をあげてどぅどぅとマルシュを宥めていた。




