#97
翌日、マーセナル・タウンの貨物ヤードで一本の列車の前にユニックトレーラーが停車している。
「オーラーイ」
クレーンにチェーンが取り付けられ、その上に人が乗って作業をしている。
少々現場猫案件な雰囲気が漂う作業だが、向こうは慣れているだろうし、事故っても知らん。ただ物損に関しては徹底的に追求してやる。
「では売却費用は…」
そして列車の下で昨日も出会ったあの武器商人とスフェーンは話している。
今回売却するオートマトンはコンテナ格納用フレームと共にまとめて売り払うのでクレーンを持ってきて引っ張り上げる事になった。
朝っぱらにフレームを固定していたボルトは外しているので簡単にクレーンで引っこ抜けた。
「分かりました」
査定額から諸々の諸経費を抜いた金額を提示され、スフェーンはそれに納得するとタブレットにサインを済ませる。
新事業を行うために中古のオートマトンを集めている目の前の業者は使い終えたオートマトンに色をつけて査定してくれた。
「今回はご利用いただき、ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました」
トレーラに剥き出しとなって積み込まれていくオートマトン。契約書にサインし、売却費用をすぐに支払ってもらっているのであのオートマトンはすでに自分のものでは無くなった。
「…」
トレーラーに乗せられ、運ばれて行くのを眺めるスフェーンは煙草を取り出して火を付けた。
『これで遺産の半分の処理は終わりましたね…』
「最後にでっかいのが残っているけどね」
今回の売却費用は武器の売却費込み込みでオートマトンの原価九割ほどの値段となった。
色をつけて買取をしてくれた事や原価0円の武器を売った事でかなりの補填ができていた。
「一応、この街でやる事は終わったわね」
『ですね…まさかこんなにも早く業者が見つかるとは思いませんでしたが…』
「運が良かったよ」
そう言いオートマトンが見えなくなるまでスフェーンは呆然とヤードに立つ。
オートマトンを手放すと言う決断をした理由は大した事ではない。
ただヤサカに言われて少し自分の今までの行動を思い返していた。
その時にレッドサンとしての痕跡を消していたが、オートマトンというモロに人の癖が出てしまう乗り物に乗っていた、という事に疑問を感じていた。
レッドサンを捨てたにも関わらず、彼の代名詞であったオートマトンに乗り続けている矛盾にスフェーンはこの際、完全にレッドサンとしての過去を切り捨てるという意味合いを込めてオートマトンを手放していた。
そして前々から気になっていたレッドサンの銀行口座の事を、改めてルシエルと話した上で資産に関して適切な処分をしようという結論になった。
それで全てにケリをつけると言う約束をした。
無論、それで自分の身に危険が迫る事は間違い無い。
だが自分の資産をそのまま企業に持っていかるのは無性に腹が立つのでそれだけはどうしても避けたかった。
そして少しだけ、かつての相棒と居場所の様子を見ておきたいと思う自分がいた。
『明日には出発でよろしいですか?』
「えぇ、わざわざ此処に長居する理由もないし、居たくもない」
必要な人間に封筒を手渡し、マーセナル・タウンで用事を終わらせたスフェーンは明日には出る準備をしていた。
そして列車に戻って銃を散弾銃に持ち替え、ホテルに再び戻った。
そしてホテルに戻ってロビーで銃を預けると、その時にボーイから言われた。
「スフェーン様宛にお手紙が届いております」
「手紙?」
首を傾げるとそのボーイはスフェーンに一通の白い封筒を手渡す。
蝋封され、シーリングスタンプで刻印されたそのマークはホテルのものと同じだ。
このホテルでそのシーリングスタンプを使えるのは一人しかいない。
「ありがとうございます」
スフェーンは封筒とルームキーを受け取ると、自分の部屋に戻って行く。
「プエスタからだと?」
『蝋封とはまた古いですね』
「言うてよく見てね?」
『言われてみればそうかもしれません』
封を開け、中に入っていた手紙を読んだスフェーンはそのままバルコニーに出る。
バルコニーから映る湖と森、そして風に煽られて波立つ水際。
「…」
そして時折水鳥が羽を伸ばして空を飛び、ホテルの壁の上に降り立つ。
下の庭園では剪定された木々や赤い柵の太鼓橋を眺めて余暇を過ごすホテル客の姿があった。
キンッ
そんな客達を見ながらスフェーンは煙草に火をつけると、その手紙に押し当てる。
燃える煙草を押し当てられ、紙に火が付くとそのままゆっくりと紙面を燃やし、書かれていた文字すら消滅していく。
ゆっくりと封筒と共に燃える手紙をを眺め、最後に燃え尽きるまで手に持って手紙が消える。
燃えた瞬間に風に吹かれて消えた手紙を見てスフェーンは軽くため息を漏らした。
「はぁ…」
『別れとは、辛いものですか?』
ルシエルが聞くと、スフェーンは頷く。
「…そりゃそうさ」
バルコニーから丁寧にベッドメイキングされた部屋を見ながらスフェーンは答えると、
『プエスタ・シラヌイさんはこれで満足すると思いますか?』
「恐らくしないだろうね」
スフェーンは即答するとルシエルは聞く。
『では正体を明かさなかったのは何故ですか?』
「この姿だ。とち狂ったとしか思われん」
性別や見た目も全く違う子の姿。言ったところで信じてはくれるだろうが、普通なら精神状態を疑われる事だろう。
『しかし彼女であれば、あなたの事を余人に言う事は無いのでは?』
「そんな事を言うようになったか…ルシエル」
ルシエルの成長にやや感心しながらもスフェーンは柵に背を預けて空を見上げる。
「だが危険性は排除しておきたい…そうでしょう?」
『それは…そうですが』
なんとも言い難いルシエルにスフェーンはクスリと笑う。
「まぁ、矛盾を抱える事が人間の証とも言えるけどもね…」
スフェーンはそう呟いて一服をして灰を捨てる。
「少なくとも、もう私はレッドサンでは無いの…だから言う必要は無いでしょう」
『…』
オートマトンと言う彼のアイデンティティを捨て、スフェーンのアイデンティティである鉄道を取ったスフェーンはシケモクを灰皿に入れると部屋の中に戻って行った。
するとその時、
ッーーーーー!
内線電話が鳴り、受話器を取るとスフェーンはある人物からお誘いを受けた。
その日の深夜、レストランに足を運んだスフェーンは人気の少ないバーを訪れる。
この時間、客として居るのはバーの客のみ。
いくつかの席にポツポツと人が座って居るだけで夜のあの喧騒と比べると非常に静かだった。
そしてスフェーンはそんな店の階段を登ってあの座席に行くと、そこではプエスタが初日に自分が座った席に座ってスフェーンを待っていた。
「どうも、可愛い運び屋さん」
スフェーンを見ると、彼女は薄く微笑んで席に座るように促す。
「聖母様にお呼ばれされるとは、光栄ですね」
「生憎とそんな柄じゃあ無いわ」
妖艶さを持つ彼女は座ったスフェーンの前にグラスを置いた。
「私にお酒を出すのですか?」
「あら、色々と挑戦したくなるお年頃じゃないの?」
そう言いながらペリーを注ぐプエスタは少し揶揄うようにスフェーンを見た。
「…では遠慮無く」
そして差し出された黄金色の発泡酒を一杯傾ける。
黄金色の果実酒は洋梨の果汁から作られており、ジュースと同じ感覚で飲む。
「それで、今日お呼びになった理由はなんでしょうか?」
そしてスフェーンは早速プエスタに問うと、彼女はそんなスフェーンを見ながら聞いた。
「最初の日、どうしてあの座席を選んだのか気になってね」
「…それだけですか?」
「えぇ、それだけよ」
プエスタの問いにスフェーンはやや拍子抜けしたが、少し考えた後に答える。
「綺麗な夕焼けが見えたから…でしょうか」
「…そぅ」
スフェーンはその時、初めてプエスタと出会った時のあの夕焼けを思い出す。
「…すみません、そろそろ部屋に戻らないといけませんので」
時計を確認し、スフェーンは先に席を立った。
「えぇ、悪かったわね。こんな時間に呼んでしまって」
プエスタはスフェーンにそう言い、彼女が階段を降りて行くのを見送った後に夜の外の景色を眺めていた。
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翌朝、スフェーンは荷物をまとめて、忘れ物の有無を確認した後にロビーに向かうとチェックアウトを行い、銃を返してもらう。
トランクを持ってホテルを出て歩くと、そのまま桟橋に止まっているボートに乗り込む。
そして出航するのを待ちながらホテルを見る。
ッー!ッー!ッー!
待つこと数分、長い汽笛を三回鳴らし、ボートはもやい縄を解いて桟橋から離れる。
「…」
離れていくホテルを背にスフェーンは胸ポケットにしまっていた煙草を手に取ると火をつけた。
その汽笛はホテルの最奥、小さな庭の東屋で耳にしたプエスタはその後にカップを傾けて紅茶を飲んでいた。
「…」
湖では一隻のナローボートがマーセナル・タウンに向けて航行しており、その姿はプエスタの背中を通り過ぎる。
テーブルにはスフェーンが手渡したレッドサンから彼女に宛てた手紙が置かれていた。
内容はレッドサンに今まで支払っていた開業費用の返済はもう必要無い事や、その他諸々の感謝と謝罪であった。
あまりにもありきたりな内容だったのでプエスタはあまり覚えていなかった。
船の音が聞こえなくなるまで座っていた彼女はその後に立ち上がってホテルのレストランに入る。
「支配人?」
レストランに訪れたプエスタに従業員の一人が珍しい眼差しを向ける。
プエスタは彼に少しレストランを出て欲しいと言うと、彼は頷いて掃除を中断してレストランを出た。
一人、レストランに残る彼女はそのまま階段を登るとそこで陽の光が差し込むいつもの席があった。
「…」
そして彼女は懐から一枚の写真を取り出す。
それはスーツ姿の長髪の灰髪の少女が夕焼けをこの席から眺めて居る写真だった。
「…馬鹿な人」
その写真に手を触れながらそう呟くと彼女はいつもの座る椅子とは反対のテーブルに一つの水の入ったガラスの花瓶を置く。
そしてその中に数輪の紫苑の花を挿していた。
その日の夜。レストランの壁に一つ、新しい額縁が増えていた。




