#94
プエスタの歌が終わると、聴いていた客達は拍手を送り、彼女は聴いていた数名の傭兵から話しかけられていた。
「マダム・プエスタ。今度一緒にお食事でもいかがです?」
「ありがとう。また今度よろしくお願いするわ」
身なりの整ったスーツ姿の男がプエスタに近づき、誘うが丁寧に交わされ少し残念がっていた。
彼女の歌を聴き終え、レストランはバーとなって深夜まで営業をする。
客は彼女の歌を聴き終え、徐々に部屋や家に帰り始める。
「…」
スフェーンは焼き上がったバゲットを千切ってオリーブオイルに漬けてオイルを浸す。
揚げられた野菜の香りが移っており、たっぷりと吸い込んだバゲットは齧っただけで口の中に食べていないのも関わらずニンニクの香りが漂ってパスタを食べているような感覚になる。
「ザクッ」
口の中で硬いバゲットの外の部分が歯で砕かれ、噛んだことで溢れたオリーブオイルと絡み合って焼けた香ばしい香りと合わさって奥に消えていく。
そして次にフォークで刺して揚げられた茄子を一口で口に入れる。
そして茄子特有の柔らかい果肉と揚げられた茄子の皮とのギャップを莞爾、楽しみながら咀嚼する。
そしてミニトマトは皮が破れ、中の実を潰す様に噛むとトマト特有の酸味がオリーブオイルでねっとりした口内を綺麗に押し流す。
軽く口直しを行い、次にバゲットを満遍なく浸してフォークで刺して噛む。
そしてバゲットの次はズッキーニとバゲットと野菜を交互に食べる。
二人座りのテーブルの片方、スフェーンは一人夕食を摂り終える。
「ふぅ…」
そして夕食を終えた後、スフェーンは高級なガラス製灰皿を寄せて煙草に火をつける。
二日で一箱消える程の感覚で吸っているスフェーン。ボックスから一本取り出し、高級ライターで火をつける。
食後の一服をしながらシードルを注文するとウェイターは頷いてボトルとグラスを持ってくる。
宿泊費込みでかなり出費は嵩むが、普段からの倹約生活のお陰で四日の飯付き宿くらいの料金は払うことができた。
シードルをボトルからグラスに注いで緑色の液体は黄金色の発泡飲料に変化する。
「…」
そして片手に煙草、片手にグラスを持ってシードルを飲んでいると
「楽しんでいるようね」
プエスタが話しかけてきた。
階段を登り、彼女の席だというその場所。自分とは反対の席に座ると、人の少なくなったレストランでプエスタはスフェーンに話しかける。
「あぁ、さっきはどうも…」
「大したことないわ」
プエスタは気にしていない様子で返すと、スフェーンを見ながら聞いた。
「でも珍しいわね。あなたのような子供が一人でここに来るなんて」
「そうでしょうか?」
スフェーンは首を傾げているとプエスタは少し笑う。
「だって、ここに来るお客さんはみんな大人ばかりだもの」
そう言い辺りを見回してもそこには身長の高い大人ばかり、確かにこの空間に少女が一人というのもなかなか違和感があった。
「別にそこは自由で良いでしょう。そう思いませんか?」
「…なるほど」
そんなスフェーンの意見にプエスタは少し頷く。
「でもあなたは別の理由があってここに来たのでしょう?」
そしてスフェーンに話題を振った。
「…」
「歌っている時、貴方は一度も私を見る事は無かったわね」
プエスタは歌だけを楽しみながら食事を摂っていたスフェーンに聞く。
「私に何か用が有るのかしら?」
「…」
プエスタの問いにスフェーンは持っていた煙草とグラスを置くとプエスタに一通の封筒を手渡す。
「あら、誰から?」
「貴方のよく知る人からです」
そう答え、封筒を受け取ったプエスタは宛先の名を見た時に一瞬驚いた様子でスフェーンを一瞬見た。
「ここで開けても?」
「どうぞご自由に」
スフェーンは促すとゆっくりと封筒を開けた。
「…」
そして同封されていた手紙を読むと静かに目線で追う。
「…」
スフェーンは手紙を読み終えるまで煙草を一回吸うと、プエスタは聞いた。
「貴方…レッドとどんな関係なの?」
「エンツォで構いませんよ。プエスタさん」
「…」
プエスタはスフェーンを見て驚く。
「改めまして、私の名前はスフェーン・シュエット。しがない運び屋を生業としております」
自己紹介をし、スフェーンは内心苦笑しながら作り物の過去を話す。
「私はレッドサンの看病をしておりました」
「…」
「そして彼からの手紙をお渡しする為に此処に参りました」
スフェーンは要件を伝えると、プエスタは聞く。
「貴方はエンツォに育てられたの?」
「いえ、私は看病をし、彼を看取った人間です」
スフェーンは答えるとプエスタは少し顔を下げると一言、
「そう…」
それだけ答え、少し黙り込むと彼女は窓の外を見る。
外は既に夜。星空が広がり、時折流れ星が通過している。
「…ありがとう。小さな運び屋さん」
そしてプエスタは視線を再びスフェーンに戻すと、彼女に言う。
「エンツォも、これで少しは満足かしらね…」
「さぁ、私は何とも…」
スフェーンの返答にプエスタは少し穏やかで、それでいて少し悲しげな表情を見せる。
「四年半も待ったわ…泣き方も忘れちゃった……」
「…」
プエスタはスフェーンに話しかける。
あの事件からもうそんなに経つのかと時間の経過に少し恐れを感じていると、スフェーンは聞かれた。
「運び屋…と言うことは北側から来たのかしら?」
プエスタの問いにスフェーンは頷く
「はい、仕事でマーセナル・タウンに訪れたので」
「じゃあカーンバルにも?」
「はい、お会いして同じ封筒を」
「そう…」
彼女が此処に住んでから十年以上経つ。
マーセナル・タウンから傭兵も訪れるこの場所故にあの街の情報も入って来る。
「最期にあの人は何か言っていた?」
「いえ…特には」
スフェーンはプエスタからの疑問に淡々と答えていると、彼女はその都度頷いていた。
バーとなったレストランでは夜になるに連れてホテルの客のみになりつつあり、傭兵の姿は見受けられなくなる。
「では、私はこれで」
「えぇ、良い夜を」
そしてスフェーンは席を立って一度頭を下げると席を後にする。
「…」
そして彼女が見えなくなるまで後ろ姿を見ていたプエスタはボトルの底に残るシードルを置いてあった空のグラスに注ぐと、ちょうど一杯分のシードルになった。
「全く…」
プエスタは少し微笑んでそのシードルを傾けていた。
レストランの入り口から外に出て、深夜の時間。スフェーンは人気のないホテルの庭園を歩き、煙草に火をつける。
桟橋には水上機が留され、ボートも動く雰囲気はない。
「…」
煉瓦で敷き詰められ、剪定された草木には葉が生い茂り、その隙間から星が覗き込んでいた。
今日は新月なので空には星しか映らない、ここら辺はエーテル層も薄く、極めて天体観測が捗る日だ。
そんな空を前にスフェーンはホッと息を吐く。
「用事は終わったか…」
マーセナル・タウンに訪れた用事を終え、あとは休憩をするつもりのスフェーン。
「明日からは中古業者を探さんとな…」
『一応、査定業者の評価を行ったリストは作成しました』
「サクラもあるからきーつけーよ」
庭園を歩き、夜の街灯すら電源が落ちる時間。スフェーンは一人、夜で大したものも見れない庭園を歩く。
『しかし、すぐに接触できたとは予想外でした』
「まぁ、いつもあそこに座っていたからな」
そう言い通っていた時、歌い終えた後はいつもあのテーブルに座っていたプエスタを思い返す。
「…」
ホテル正面の階段を降りればそこには桟橋と湖があり、ホテルを半周する細い小路がある。
スフェーンはそこでホテルを見ると、まだ灯りの灯る部屋やフロントが映る。
この時間帯だと予約した客でないと入らない時間帯だ。
『しかし、此処のホテルの治安は非常に良いですね』
「あぁ、プエスタの魔法にかけられてんのさ」
このホテルの中で喧嘩はしてはならないと言うのがここら辺の常識である。
レストランに入る時も喧嘩の原因となる銃や武器の持ち込みは原則禁止だ。
傭兵達はその掟を基本守っている。
『傭兵の聖母…ですか』
「此処に住み出してから誰かがつけた二つ名さ」
傭兵であれば一度は恋をすると言われている彼女ほ崇拝の対象だった。
故に彼女に会う為だけに男達はレストランに通う。
「聖母って柄じゃないだろうに…」
そう呟くとスフェーンはシケモクを湖に投げ捨て、階段を登って部屋に戻る。
ホテルの部屋のシャワーを浴び、シャンプーで髪を洗って泡を立てる。
「〜♪」
軽く鼻歌を歌いながら髪や体を洗い、その後湯船に身体を沈める。
「ふぅ…」
浴室に声が軽く木霊し、天井の照明がスフェーンの目を照らす。
「…人の慣れとは…恐ろしい」
静かな浴室で思わずスフェーンは溢す。
改めてレストランで知った歳月の長さに自分の体を見る。
この身体になった頃はシャワーに行く事すら憚られていたと言うのに、周りの全員が自分を女として見て来る所為でいつの間にか自分は女用のシャワーを使うことに違和感すら持たない。
性別に対する感覚と言うのが自然と女性になっている。
「もう四年半も経つのか….」
『あの事故からかなりの歳月が経過していますね』
「うちらの出会いも、もう昔の事か」
ルシエルも同意していると、スフェーンは徐に胸に手を当てる。
「やはり動いていないか…」
そしてそう呟くと諦めている様子で伸びている髪を纏め上げる。
湯船から上がり、栓を抜いて水を流すとバスローブに着替えて髪をドライヤーで乾かす。
タオルで余分な水分を取りながらドライヤーの温風がスフェーンの長い髪を乾燥させ、風に煽られて灰色の髪がたなびく。
持ち込んだ化粧水を付け、下着を履いてパジャマに着替える。
いつもは列車だが、たまにはホテルでゆっくり過ごすのもスフェーンは好きである。
「化粧をやり始めたらいよいよ終わりね」
『どうせですし、初めてもよろしいのでは?』
「時間かかるから嫌」
即答するとスフェーンはアメニティの紅茶パックを開けてカップに入れるとコーヒーマシンから湯を出す。
香りの良いカモミールティーが熱ったスフェーンの体を休ませるようにほっと息をつかせる。
「ふぅ…」
長く息を吐き、スフェーンはカモミールティーを飲む。
長い髪を保護する為にナイトキャップを被り、実に静かな夜を過ごした。




