#92
人生は出会いや別れの連続であると、誰かが言った。
特に運び屋という仕事をしていると特にそれが顕著であると思う。
荷物を運ぶだけで運輸ギルドに赴き、依頼受注と証明書の発行を行い、ヤードではコンテナを運ぶトップリフターがコンテナを乗せ、信号場の一括管理を行う司令所。
少なくとも一つの仕事を行うのにこれだけの職員が奔走するのだ。当然、多くの人との交流がある。
『間も無く貨物線に進入します』
「了解…」
列車の中、スフェーンは運転台で読んでいた書籍に栞を挟んで閉じる。
ブレーキを掛けて速度を落とし、時速一〇〇キロの徐行速度で分岐点を通過する。
そして本線から貨物線に進入し、単線の路線や盛り土をされた土台を進むと視界の奥に巨大な湖と、まるで前線基地のような場所が現れる。
「マーセナル・タウンか…」
『昔はよく立ち寄っていたそうですね』
「そりゃそうさ」
あそこは別名を傭兵の街と呼ばれている。
大災害でこんな陸の奥地まで流されて来たかつての航空母艦を中心に街が形成されており、傭兵のための装備が多く集まる大地である。
「傭兵の傭兵による、傭兵のための街だ。御禁制品以外はなんでも売っている」
『反対、治安は低い様ですね』
「そりゃそうさ」
傭兵時代、何度もこの街を訪れては自分のオートマトンの整備と改造を依頼していた。
「…」
列車はそこからいくつかの分岐点を通過し、マーセナル・タウン郊外の簡易操車場に到着した。
『目的地に到着いたしました』
「んじゃ、運輸ギルドの出張所に行きますか…」
ここに正式な運輸ギルドの拠点は存在しない。なぜなら、この街に軍警は居ないからである。
元々この街は傭兵や傭兵に関連した企業が集うマーケットの様な場所であり、正式な都市であると認められていない。故に治安税を払う資格すらないと言う悲しき街なのである。
貨物ターミナルもパレットを積み上げた簡易乗降場にコンテナを改造した駅舎があるだけで、簡素なものだ。
「ここはガスマスクをせにゃならんな」
いつもは映像を外の常に映していたフルフェイスヘルメットを被っていたので気にする事はないが、今の状態だとモロに街に舞っている砂を吸い込むのでスフェーンはガスマスクに帽子を被って拳銃や防弾チョッキを背負い。最後に光学迷彩付きのトレンチコートを羽織って列車を降りる。
致命的に治安が悪いので列車に鍵を念入りにしてから線路を跨いで出張所に向かって仕事を片付けに向かった。
「はい、これで終わりだよ」
コンテナハウスの一つ、運輸ギルドの出張所で半分眠っていたおっちゃんが依頼完了の証明書を発行した。
「しかしすごいね。その見た目で企業からの指名依頼とは…」
スフェーンの会員証の履歴を見ておっちゃんは一言余計なことを言うと、スフェーンは少し曇った声で言う。
「そうだな、まずその口に穴を開けようか?」
そう言うとおっちゃんはスフェーンに震えた表情で言った。
「かっ、勘弁してくれ…」
そう言い、見た目で油断をしていたのかおっちゃんはスフェーンに怯えた様子で会員証を返すと、スフェーンはそれを手に取って出張所を出ていく。
『本当に治安が悪いですね…』
「女や弱そうな奴の情報を売る…やれやれな事さ」
ここではあらゆる犯罪が許される。弱肉強食の土地であり、同時に多くの浮浪者も傭兵と言う最後の職に希望を見出してこの街に集っていた。
「ここじゃあ見えるモノ全てが敵だ。だから…」
そこでスフェーンはフードの前掛けを降ろしてスナップボタンを付けるとトレンチコートの光学迷彩機能が働き、外から見えなくなると人の中を縫う様に歩き始める。
『流石は傭兵の街ですね』
「此処にはNBCE兵器以外なら何でもあると言われている武器市場だ。此処で武器が揃わなかった事は無かったな」
適当に使い古したテントや露天のシートを履いただけの店などが立ち並び、そこには改造された武器や企業の既製品を改造品として売っている詐欺商品なんかも置かれていた。
『質の悪い改造ですね』
「此処は騙してなんぼの世界。セコい商人は詐欺をしないと生きていけないさ」
ああ言う商人はそもそも信頼がないので評判や噂が重要な傭兵の世界ではすぐに干されてしまう。
「まともな職人を探すなら、主流を外れるしかない」
そう言うと彼女は本通りか脇道に入ってゴミやネズミが蔓延っている裏路地を歩く。
水溜まりに不思議と波紋が広がり、反射した影を見ると足が見える。
その特性上、汚れることを避けなければならない光学迷彩。このトレンチコートも光学迷彩を使う為にポケットやボタンが無い。
『雨が降りそうですね』
「常に此処は曇り空だよ」
エーテルのオーロラすら見えないくらい濃い雲。これではプロペラ機でも満足に飛べないだろう。
『これからどこに向かわれるのですか?』
「武器屋。腕が立つ奴だ」
そう言うとスフェーンは慣れた足取りで裏路地を歩くと、とあるビルに到着する。
そしてそのまま新たな地下に続く階段を降りる。
扉を開けると奥では機械の動く音がけたたましく聞こえ、金属を削っている音が響いた。
ドンドンッ
そんな状態なのでスフェーンは壁を二回叩く。
すると機械の前で作業をしていた腰の曲がった眼鏡を付けた年老いた男は聞く。
「誰だ?」
「初客だよ」
その男にスフェーンは答えると、彼は言う。
「なら帰れ。初見はお断りだ」
その男の反応は分かりきっていたので、スフェーンは次の手をすぐに打った。
「届け物だけでも渡させてくれよ。こっちはエンツォの紹介で来てんだからさ」
「…」
するとその男は機械を動かしていた手を止めると、そのままゆっくりとスフェーンに振り向いた。
「…」
そして光学迷彩を切って立っていたスフェーンを見た。
するとその男、武器職人カーンバルはスフェーンに近づいて言う。
「手短に言え、生娘」
付けていた眼鏡を取り、スフェーンに聞くと彼女は懐から手紙を出して手渡す。
「アンタにだ」
「…」
白い紙の封筒を手渡すと、カーンバルは言う。
「ロッソと貴様はどう言う関係だ?」
「…最期を看取った仲だ」
カーンバルの問いかけにスフェーンはそう答えると彼は封筒を一周する様に見た後に
「そうか…」
とだけ呟き、それをテーブルの上に投げ捨てる様に置いた。
「読まないのか?」
「大方あの若造の言う事だ。予想できる」
そう返してカーンバルは仕事に戻る。
それを見たスフェーンも少し微笑んで店を出て行こうとした時、
「気を付けろよ生娘」
これから向かうであろう場所に彼は注意した。
「?」
「あの女は気難し屋だ。下手かいたら湖に突き落とされるぞ」
「…忠告どうも」
スフェーンはそう返して店の扉を閉じていた。
『カーンバル…なるほど、あなたの機体のパイルバンカーを製作した武器職人ですか…』
「昔から世話になったお抱えの職人さ、武器の新造・改造もお手のものだ」
再び光学迷彩を展開しながら街を歩くスフェーン。横では詐欺にあったと買った店主と揉めあっている新米らしき傭兵。
「てめぇ!殺ってやろうか!?」
「やれるもんならやってみやがれ!!」
対の良い脅し文句に店側も慣れた様子で言い返す。
この街ではこんな事が日常茶飯事だ。こう言う場合、他の連中は口を揃えて言う。
「騙される方が悪いってね…」
そしてスフェーンは喧嘩している二人を横目に街を進んで行く。
傭兵の街には当然数多くの傭兵がおり、そこには傭兵団の事務所もある。
一般的に職業として認められていない傭兵業だが、企業間抗争が活発なこの世の中では一定の需要があることもまた事実。
「…」
事務所には傭兵団に加入しようとする再就職に失敗した元PMC兵や浮浪者が書類に必要事項の記載を行っていた。
その中には当然、
「赤砂傭兵団…」
かつての居場所もあった。
「一丁前な事務所構えやがって…」
大通りの一番見えやすい場所に真新しく設営されたしっかりとした面構えの赤砂傭兵団の事務所。
オペレーターも完備した立派な施設は明らかに異様な雰囲気であった。
「…行くか」
そんな事務所を前にスフェーンは駅の方に戻って行く。
『そのまま行かれなくて宜しいのですか?』
「あぁ、身支度整えてから行ったほうが気分が良い」
スフェーンはそう答えると自分の列車に戻り、そこでレザートランクを開いて着替えや化粧品を入れて鍵を閉める。
「乗り場までは少し遠回りで行くか…」
記憶を頼りにスフェーンは着替える。
ナッパ服と防弾チョッキを脱ぎ、シャツとズボンに着替えて中折れ帽を被り、トレンチコートを羽織って革靴を履く。
『まるで正装ですね』
「私の正装はナッパ服さ」
そう言いスフェーンは拳銃入りのベルトを巻き、銃弾入りのジャケットを羽織る。
『防弾チョッキは?』
「何、あそこじゃあ要らん」
そう言いスフェーンは小銃を右肩に掛けると再び列車を降りた。
『しかし…』
防具を身に付けていないスフェーンにルシエルは不安がっていた。
「人は、時に破っちゃあいけない掟ってもんがあんの」
スフェーンはそう言い荷物を持ってマーセナル・タウンに戻って行く。
途中、数人のロリコンを撃退しながら街を少し遠回りで歩くスフェーン。
「やれやれ…」
マーセナル・タウンは外縁に行けば行くほど浮浪者によるキャンプ地が出来上がっている。
「またデカくなりやがって…」
自分が知っている頃よりも大きくなっているキャンプ地、そこを人目につかない様に歩くスフェーンは視界に巨大なドブ色と群青色が棲む景色を見つけた。
桟橋には一艘の色鮮やかなナローボートが停泊しており、明らかに街の雰囲気に合わない様相だった。
「乗せてくれ」
「畏まりました。手荷物をお預かり致します」
慣れた雰囲気でスフェーンは荷物を桟橋で立っていた船員に荷物を預けてボートに乗り込むと中には誰も居らず、スフェーンは船首に出てガスマスクを取って煙草を取り出して火をつける。
「ふぅ…」
そして煙草を吸いながらネットニュースを見始めるとボートが舫縄を解いて桟橋を離れる。
スクリューが回転し、排熱を水面下の水中翼で冷却しながら湖をゆっくりと進む。
波立たぬ湖の上を進むボートは湖の上の小島の上に建つ一つの石造りのヌヴォ・ルネッサンス建築の赤煉瓦と白の石材の三階建ての施設が見える。
水際のドブ色から群青色の水本来の色になった様な場所に到着すると、そこでは桟橋に数艘のボートや屋形船、水上機が停泊していた。
船を降り、荷物を返してもらうとスフェーンはそのまま石階段を登ってホテルのロビーに到着する。
ドアマンが両開きのガラスドアを開けるとスフェーンを出迎えた。
「ようこそ、ホテル・ヴォンゴラへ」




