#9
タルタロス鉱山の最奥の眼下にエーテルの海が広がる絶壁で、レッドサンとブルーナイトはアイリーン社のPMC兵士に銃を突きつけられていた。
「はっ、企業ってのはいつも汚いな」
『どうする?』
「強行突破だ」
そこで持っていた40mm半自動小銃の引き金を弾くと銃を向けていた内の一機が破壊され、それを皮切りにエーテルの海の上で戦闘が始まった。
ゴォと背中のバックパックを噴射し、上に飛んだ瞬間に腰部に取り付けられたパイルドライバを打ち込むと、二機目を破壊する。
「吹っ飛べ」
そこで二発の弾丸を投擲すると一発は命中し、もう一発は外れた。
追従していたターレットは胴体にある副兵装の20mm機関砲で破壊。背中から30mm自動小銃を持つと引き金を引いた。
そしてレールガンの攻撃を避けた一機が出口から逃げる瞬間に背中から叩き込んでいた。
「大丈夫か?」
『ああ、これくらいな』
レッドサンはブルーナイトに聞くと、無線で彼は答えた。
取り敢えずこれで目の前の敵は簡単に片付き、脱出を試みる。
「脱出だ、おそらくこの先でウジャウジャと居るだろうよ」
そう言い、レッドサンは残弾を確認した時だった。
ドォンッ!!
レッドサンの機体をレールガンの砲弾が真横から貫いた。
「っ!!」
巨大な衝撃が加わり、よろめいたレッドサンは後退りする。
何があったと理解するために正面を向くと、そこでは40mm半自動小銃を構えるブルーナイトが立っていた。
「ジェロ…お前……!!」
『……』
ブルーナイトは答えない。しかし、銃口を向ける友に聞かなくともその意味を理解した。
「……はっ、そうかい」
その時、レッドサンは理解した。
なぜ彼が仕事を勧めてきたか。
作戦前の嫌な予感。
着いてこなかった傭兵団の他の構成員達。
戦闘後の疲労が溜まっている時に始まった調査。
「全ては俺を葬るためか……」
『……レッド』
ブルーナイトは胴体が割れ掛け、火花の散るレッドサンを見る。血も流れており、致命傷だろう。
「お情けか?らしくない」
『……』
銃口を突きつけてすぐに引かないブルーナイトにレッドサンは鼻で笑った。
「ジェロ……お前は、いつからそっち側になった」
『……初めからだ』
「…そうかよ」
ブルーナイトの答えにレッドサンは悲しげな声で小さく呟くと、ブルーナイトは40mm半自動小銃の引き金を引く直前。
「っ!!」
『?!』
胴体に内蔵していた20mm機関砲と、残っていた腰部のパイルドライバを放ち、咄嗟に後ろに避けてしまった彼は声をあげてしまう。
『チィッ!!』
そして後ろに引いたブルーナイトを見てレッドサンは残った電力で立ち上がる。両腕とメインフレームが持っていかれ、立っているのさえ奇跡だった。
足の感覚が無い、おそらくは弾け飛んだのだろう。足はサイボーグ手術をしていなかったので血が大量に流れてしまい、意識も朦朧としてきた。
「お前さんが企業の犬になろうと自由だ。だがな……」
そして立ち上がった彼を見てブルーナイトは気付いた。
彼の立っている場所は下にエーテルが広がる絶壁の崖の真上、先ほどレッドサン自身が立って景色を見ていた場所だった。
「死に方を選ぶのは……俺自身だ!!」
彼が常日頃から言っていた傭兵の生き方、生まれは選べないが死に方は選べる。
「……フッ、あばよ。ジェロ」
そして彼はそのまま笑うと最後まで愛称で呼びながら機体を後ろにやった。
『くそっ!!』
機体ごと落下したレッドサンを追うように、ブルーナイトは崖から落下していくレッドサンの機体を覗き込む。
「俺の遺体が出なくて残念だな!」
アイリーンとの密約で俺の遺体を見せるつもりなのだろうが、そうはいかない。死体を弄ばれるのはごめんだ。
崖上から眺めるブルーナイトの機体を見ながらレッドサンは落下していく。この高さではまず生き残れない。
もしかするとエーテルの海に残骸が残ってしまう可能性もあるが、その頃には死体も腐敗している事だろう。死体が腐敗していれば企業はサイボーグ化もできない。腐った死体は強化人間としても使えない。
向こうの苦い表情を想像しながらレッドサンはエーテルの海に落ちた。
してやられた。
そう思った時はすでに遅く、レッドサンは機体諸共エーテルの海に沈んだ。
「くそっ」
約束では彼の遺体をアイリーンに引き渡す事だった。しかし彼はそれを予測してエーテルの海に身を投げた。これでは回収に時間がかかり、その間にサイボーグ化に必要な脳は腐敗しきっているだろう。
目論見が外れた事に軽く歯噛みをしていると、そこで異変があった。
「なんだ?」
微かに地面が揺れ始め、その勢いはどんどん強まっていく。
「これは……」
するとしたのエーテルの海が段々と荒れ始め、眩い光が溢れ始める。
それを知っているブルーナイトは目を見開く。
「エーテルの活性化……!!」
考えるよりも早く、体が反応していた。
レッドサンがエーテルの海に落ちたせいか、荒れるエーテルはそのまま岩をも貫くエネルギーの奔流となると割れた鉱山の壁からエーテルの光がそこかしこから溢れ始める。
「クソッ!」
どの道、活性化エーテルの奔流に巻き込まれれば終わりだ。それに呑まれて生きて帰って奴は一人も居ない。
轟々と揺れ叫ぶ洞窟をブルーナイトは機体を翻してその場を去るしか方法はなかった。
崩落が進む鉱山を飛ぶ中、ブルーナイトはレッドサンの遺体を確認でき無い事に悔しげに背を向けると、勢いよく噴出したエーテルがそのまま坑道全体に響き渡る。
『なんだこれは?!』
『エーテルの活性化!?』
『くそっ!急いで脱出しろ!』
至る所から溢れ出るエーテルの光に侵入していたアイリーン社のオートマトン達は一斉に撤退を始める。
エーテルの活性化は大災害を引き起こす前兆であり、鉱山を保有するすべての企業が最も恐れる事態だ。
活性化を抑えるための装置は存在しているが、鉱山を所有した経験のないアイリーン社はエーテルを沈静化させる術をまだ持っていない。
そのため、彼らにできることは活性化エーテルの自然沈静を待つ事のみだった。
ブルーナイトは鉱山を脱出してから振り返ると、そこでは臨界エーテルが大量に噴き出し。煙が立ち込めて崩落する鉱山の入り口があった。
沈静化が終わった頃、アイリーン社は崩落した鉱山を見て復旧は絶望的と判断せざるを得なかった。
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ーー貴方は……どなたですか?
暗闇の中、誰かが自分に聞いているような気がした。
ーーレッドサン…オートマトンを使う最強と呼ばれた傭兵……。
自分の名と職業を、その声は今知ったような口調で話す。
ーー貴方に、私の声が届くのですか?
俺に話しかけているのは誰だ?
ーーなるほど、貴方は自分の存在を意識出来ているのですね。
貴様は…一体誰だ?
ーー私ですか?そうですね……
自分に話しかけてくる女の声は少し考えた。
ーー簡単に、ルシエルとお呼びください。
そしれ自らをルシエルと名乗り、暗闇の中に点のような光が差し込んだ。
ーーさぁ、目覚めましょう。レッドサン。
すると段々とその光は大きくなり、ルシエルと名乗ったモノは自分に言った。
ーー新たな貴方の誕生を、共に祝わせてください。
その瞬間、現れた光は勢い良く根を張る植物のように光があふれた。
「ーーーっ!」
息をする、景色を見る。周りに見えるのはエーテルのほのかな灯りと剥き出しの岩。
焦る中で体を起こし、周りを見る。
「ここは…」
焦る自分、至る所がひび割れた何処かの洞窟。目の前のエーテル溜まりには大きな岩が突き出ており、時々落ちてきた小さな石がそこに吸い込まれる。打ち上げられたような格好で、自分は横になっていたようだ。
「っ!これは……!!」
そして少し落ち着くと、そこで今の自分の異変に気がついた。
今の自分の声は大きく変わって硝子の様なか弱い声で、何より今の自分は一切の服を身に付けていなかった。
「そんなっ!」
そして何より、自分の体は大きく変わっていた。一番分かりやすいのはあそこが無くなって女の体付きになっていたことだ。
「どういう事だ。これは……」
訳がわからず混乱していた時、
『レッドサン』
「っ!?」
突如女の声が聞こえ。思わず周囲を見回すも、どこにも人の姿どころか生物の類も感じ取れなかった。
『無事な様子で何よりです。レッドサン』
「誰だ、お前は?」
『私はルシエル、先程…貴方と交信をした存在です』
混乱する自分。脳に響くように聞こえるその声にルシエルは続けて話しかけてくる。
『レッドサン、今の貴方の気持ちは理解しています』
「……」
『どうか、警戒なさらないでください』
「信用できると思うか?」
レッドサンはルシエルに問いかけると、彼女は言った。
『私は貴方をサポートいたします』
「サポート?こんな状況でか?」
そう言い、素っ裸で女の体になっている自分の手を見ながら問いかける。
『貴方の脳波や感情、経験を参考に。私は貴方に寄り添う回答を行います』
「……」
ルシエルの答えにレッドサンはまず聞いた。
「あんた、今どこにいるんだ?どうやって会話をしている」
『私はエーテルの中に住まう意識の集合体。実体は存在せず、貴方の意識に語りかけています』
「は?」
ルシエルの回答に困惑するレッドサン。このルシエルが何を言っているのは半分以上理解できなかった。
「意識の集合体?意識に語りかける?意味が分からんな」
『しかし、一度エーテルの情報に遊弋し、存在が同一となった貴方であればその知識は持ち合わせています』
「……」
言われて感じる不思議さ。そう、意味分かっておらずとも理解しているのだ。だからルシエルの言う意識の集合体や意識に直接語りかけると言う事象に対する理解があるのだ。
「どう言う事だ?」
そんな疑問にルシエルは答えた。
『活性化したエーテルの中に入った貴方は、一度その肉体を極限まで分解され、情報の一部となりました。
しかし貴方は覚醒し、自分の存在を再認識した。そして私の語り掛けに答えてくれました』
「それは……俺は生きているのか?」
その疑問にルシエルは一言端的に答えた。
『その答えは後ろを見てくだされば分かるかと』
「っ!」
言われた通りに後ろを見ると、そこには一機の破壊されたオートマトン……かつての自分の乗機が漂着した様に倒れていた。