#86
最後尾に食堂車を繋いでの今回の運行。
ダイナーという移動食堂を連結し、鉄路を巡航速度で走っている。
時刻は午後七時。出発してから一日と九時間が経過しており、その間スフェーンは自分の部屋の清掃と冷蔵庫の中身の消費期限の確認をしていた。
「うわっ、これもダメか…」
そう溢して豆板醤のチューブを手にゴミ袋に放り込む。
今回は制御運転で列車を運転しており、今の進行方向は部屋がある方が後ろ側で運転している。
自動運転で走っており、運転室には一切触っていない。
代わりに列車先頭からの映像は常にスフェーンの視界には届いており、異常があれば即座に列車は停止できる。
「仕方ない…」
そして車内の清掃を終えて分別も終えると、
『スフェーンさん、夕食の準備が整いました』
「あっ、今行きまーす」
メッセージで連絡が届き、スフェーンは部屋を出て運転台を出るとそこは貫通扉で繋がった食堂車に繋がる。
繋がっているキッチンの通路を通って抜けると、そこではすでにシーフード盛り合わせと特製ソーセージザワークラウト添えがテーブルに置かれていた。
「うほ〜!」
そして席に座り、早速食事を摂るスフェーン。
揚げたてのエビフライをまずタルタルソースに付けて一口。
サクッと言う音を奏でる海老を噛むとプリっとした食感を感じる。
「美味しいです」
「そうかい?それは天使の海老を使ったエビフライです。安くて美味しいと評判の品です」
「へぇ〜」
正直、エビフライよりも海老天の方が食べやすくて好みなのだが、海老の方が美味いとこうも変わるのかと軽く感心する。
他にはサーモンフライと帆立貝柱フライがあり、ホタテに添えられたレモンを絞って振り掛けてから一口食べると、ホタテの縦に裂けるような食感を楽しみながらレモンの酸味で引き締まったホタテの味も楽しむ。
サーモンはあえてそのまま一口頂き、少し塩を足してもう一口。
「んふ〜」
そしてたっぷりフライを堪能した後に次にもう一つの料理を口に運ぶ。
腸詰めをナイフで切り、溢れる肉汁を落とし切る前に一つ口に入れ、口の中に広がる肉を感じる。
その後にザワークラウトもフォークに刺していただくと一度油で塗れた口の中をザワークラウトの酸味が全て持っていった。
「このザワークラウトは良く漬ってて美味しいです。どこで買ったんです?」
「私が漬けました。キャベツも私の自作です」
おそらく水耕栽培で野菜を育てたのだろう。そう言うことができるスペースはありそうだし。
「それは見事!この腸詰めも絶品です!」
「褒めていただき感謝の極み」
そんな二品目を楽しんでいると、あっという間に二品目も平らげ。その様子にヤサカはやや驚いた目を見せた。
「よく食べるね〜」
「えぇ、なにせ食事は好きなものでして」
「嬉しいねえ、そうやって美味しく食べている顔を見ていると料理人冥利に尽きるよ」
ヤサカはそう言いスフェーンの表情にご満悦な様子。
「じゃあ、賄いデザートを作ろうか」
「?」
すると彼は冷蔵庫から持ち出してたバニラアイスを取り出し、それをガラスの器に入れると次に熱々のエスプレッソの入ったカップを置いた。
「あぁ、アフォガードですか」
「お?知ってたか」
取り出した材料を見てスフェーンは今から作る料理を言い当てた。
「簡単にできて美味しいんですよね」
「そうそう、労力の割に色々喜んでもらえるデザートだよ」
そう言いバニラアイスを切り分けて容器に入れると、その後に湯気の立つエスプレッソを掛け回す。
「はい、出来上がり」
「ありがとうございます」
二つ作り、その片方をスプーンと共に貰うと早速アイスを切り、エスプレッソと絡めながら口に入れると溶けたアイスとコーヒーは混ざり、アイスコーヒーのような風味を感じた直後にアイスの冷たいやや硬めの食感が舌の上で転がる。
「コーヒーの風味と相まって美味しいです」
「はははっ、コーヒーも実はオリジナルなんですけどね。いつも違う豆を混ぜるから味が変わるんですよ」
「へぇ〜」
「まぁ味は保証しますがね」
スフェーンと同様にアフォガードを食べるヤサカはスプーン片手に一口溶けた部分を食べると、
「でも今回は酸味が強くないので当たりですね」
「へぇ〜?」
自分にはコーヒーの違いというのはあまり分からないのであれだが、とりあえず美味いのでデザートをありがたくいただいた。
その後、デザートも食べ終え。一人食堂車の席で食後の軽い休憩をする。
「ふぅ…」
スフェーンは煙草とライターを取り出しながら聞いた。
「ここ灰皿ってありますか?」
するとヤサカは手を床に振って答える。
「悪いね、この食堂は禁煙なんだ」
「あぁ、そうですか…」
禁煙と聞き、スフェーンは煙草を仕舞うと彼女は言う。
「珍しいですね、禁煙車なんて」
スフェーンはそう聞くと、ヤサカは少し不満げな様子で返す。
「私の作った料理を煙草の味でかき消されたくなくてね」
「なるほどなるほど…」
するとヤサカはそんなスフェーンを見ながら聞く。
「でもその見た目で煙草とはね…」
そう言い少女の見た目のスフェーンがラッキーストライクを平気で吸う光景にヤサカはやや苦笑していた。
「たまに面倒ですけど、だいぶ昔から吸っているもので…」
「その様子じゃあ、周りも吸っていたような雰囲気だね」
実際、傭兵ギルドでは吸っていないやつがよほど珍しいというもの。近年の禁煙ブームなんてクソッタレというような具合で平気でどこでも吸っていた。
「実際吸ってましたね」
「つくづく君の実年齢がよくわからなくなるよ…一体何歳なの?」
「秘密」
スフェーンはそう返して、窓の外の景色を見ている。
食堂車の明かりは点灯し、時折対向列車や並走列車を見かける。
薄暗い空間の中、食堂車は静かな空間を作り出して夜を駆ける。
「じゃあ、あとで夜食でも作ろうか?」
「えぇ、お願いします」
「部屋に運ぼうか?」
「いえ、もう少しここで景色を眺めています」
ヤサカはスフェーンからの注文を受けて再びキッチンの奥に消えると、スフェーンは今の列車の状況を確認する。
『現在列車は巡航速度を維持、路線の危険度はⅡ。運行は極めて順調です』
「…付近の列車は?」
路線を走る中、対向列車を眺めながら聞くとルシエルはすかさず答える。
『現在は583系寝台特急カモハタ行きが列車後方四〇キロを運行中です』
「やれやれ、相変わらず深夜も走っているよ」
『なお貨物列車は四編成が同区間を運行中。内二編成は複線専用貨物列車です』
「えらいこっちゃやな…」
貨物列車の運行が多く、複線専用貨物列車が走っていると知り苦笑する。
基本的に複線専用の貨物列車は運送業者か軍警の列車だ。
「企業も忙しいわけだ…」
『取りわけ最近はアイリーン社による勢力拡大は各都市に危機感を募らせています』
「…」
その名を聞いてスフェーンの目元は少し鋭くなる。
アイリーンに腹が立つとか、そういった感情はすでにどこかに吹き飛んでしまった。
ただそれよりも気になったのは…
『ブルーナイトの事ですか?』
「…そうだな」
彼はなぜ自分を撃ったか、返答までの間は確実に仮面をかぶっていることを教えていた。
「ハインリッヒの法則によると、一つの重大事件の前には300のヒヤリ・ハットが存在していると言うじゃないか」
『つまりスフェーンは彼が事を起こす動機があったと?』
「当たり前じゃないか」
当然のようにスフェーンは頷くと、彼女は言う。
「でなければ、なぜ未だに赤砂傭兵団は企業との業務提携という形を維持できている?普通ならばとっくにアイリーンのPMCに取り込まれていると思わないか?」
『確かにそれは…少し妙ですね』
スフェーンの意見にルシエルも賛同する。
「その真意を聞いてみたいのさ」
『その意見に私は反対です』
ルシエルは即答する。
『いくら姿形を変えたとはいえ、アイリーンやブルーナイトの周辺を調べていればいずれ怪しまれる事になります』
「検索履歴なんか、一体何人の人間がアクセスしていると思う?」
特に前者は企業であり、勢いに乗った企業として就職に励む人々が多くいる。あの会社の名前を調べるくらいは足がつかない。
『しかし、スフェーンが知りたいと思うことは会社の機密ファイルに侵入せざるを得ない可能性があります』
「それはまずいなぁ…」
スフェーンは少し考える仕草をとる。
おそらくブルーナイトと取引をした記録は最重要機密事項に当てはまる事だろう。
「だがあいつの事だ。おそらく死体を見るまではまともに寝れないだろうな」
『…』
彼とは傭兵仲間としては一番長い付き合いだ。故に彼の性格や行動は手に取るように予測できる。
『確かに、予測値は九割超えです』
「ちなみにジェロ付近の検索は…」
『棄却、危険ですので制限させてもらいます』
「ですよねー…全く」
保守的すぎるんだよと軽くケチをつけていると、キッチンからヤサカが出てくる。
「やあ、夜食ができたよ」
ヤサカはチーズの盛り合わせをシードル込みで持ってきた。もちろん料金は取られてしまうが…。
「金額は折半でいいかな?」
「え?いいんですか?」
「あぁ、なにせ…」
するとヤサカは懐から一本のワイン瓶を取り出した。
「私も一杯飲みたいからね」
「…そうですか」
エプロンを脱ぎ、黒いよれたダウンを羽織っている彼は実に似合っているが…
「見た目から童貞が漂いますね」
「そりゃそうさ、私は童貞離婚のしがないおじさんだからね」
「それ誇れます?」
少し胸を張るように言ったヤサカに辛辣な一言を浴びせると彼はそのままダメージを受けて少し胸に手を当てた。
「君酷いこと言うよ…」
「そもそも離婚しているのを公言している時点で…」
スフェーンはやや冷ややかな目でヤサカを見ると、彼はワインを注いでそれを一杯煽った。
「まぁ、今後結婚することはないだろうけどね」
「嫌なことでもあったんですか?」
「あぁ、もう結婚は懲り懲りと思っちゃうくらいな事がね」
そう言い彼はため息を漏らす。それ以上は深入りしなかったが、結婚関連で何か問題が行われたのだろう。
そう考えていると彼はスフェーンに逆に聞いた。
「所で君も何か悩んでいたみたいだったけど、何かあったのかい?」
「…」
そんな問いかけに少しスフェーンは驚いたが、すぐに首を横に振った。
「たいしたことじゃありませんよ」
「それはどうかな?」
「…」
即答したヤサカは真っ直ぐスフェーンを見ると、言い当てるように話す。
「何か大きな悩み事…まるで喧嘩別れをしたような様子に見えるよ」
「…分かりますか?」
「これでも人生経験は豊富だと自負しているよ」
そう言ってヤサカは軽く笑うと、スフェーンはそんな彼の雰囲気に少しだけこぼした。
「じゃあ、少しだけ聞いてもらっても?」
「ああ、構わないよ」




