#84
トラオムには多くの職が存在する。
それは把握が到底不可能なほどあり、一般人は全く知らない様な職業まで存在する。
「…」
紺色のナッパ服に作業帽を被っていつも仕事をしているスフェーン。
どちらも工事現場に残されていた作業着を改造した服だが、長く着ている事もあって愛着が湧いていた。
帽子にはスポーク動輪に桃があしらわれた特徴的なワッペンを付けていた。
これがなんのマークなのか、ルシエルの検索で分かったのは大災害以前に存在した星全体の鉄道を管理していた組織のマークであるという。
ただあまりにも資料が古いのでそれを知っている人間はこの時代ではいないだろうと言う結論が出た。
『間も無く速度制限区間です』
「了解」
マスコンを動かし、速度を落として貨物ターミナルに入線するスフェーンの列車。
今回の目的地となる街の貨物ターミナルは至って普通の街であり、特段面白いとは言いずらい都市だった。
『目的地に到着。荷下ろしの準備を開始します』
「ん、もう来た」
トップリフターが現れ、積んでいたコンテナを外していく。
現在の列車は七両。資金に余裕ができた時に随時追加して購入しているが、同時に整備費も車両分嵩んでいく。
「資金繰りは何とかしないとなぁ…」
余分な資金は換金か車両追加に回しており、なるべく倹約に済ませたりしているおかげで貯蓄はできていた。
『スフェーンは目を離すとすぐに余計な買い物をしますからね』
「だからってこんなケチんなくても良いじゃん…」
トホホと漏らしながら列車を降りると、貨物ターミナルに複線専用の軍用列車が到着した。
複線用に大型化したブルドックノーズが特徴的なF9機関車に連結されている巨大な貨車、その長さは後ろを見るのに苦労するくらいだ。
「あらまぁ…」
そして貨車に積まれていた巨大な兵器を前に軽く唖然となった。
「移動砲台五型だ…」
複線専用の貨車で運ばれてきたその兵器は軍警が使用する移動砲台であった。
超信地旋回を行い、そのまま地面に降り立つと移動砲台のために障害物を避けられた貨物ターミナルを移動する。
履帯が音を立てて前進し、E兵器を搭載する巨大な自走砲は貨物ターミナルを後にした。
『ダーハン-Ⅲは近年の野盗襲撃の過激化により、三両の移動砲台五型が配備されるそうです』
「治安悪いねぇ…」
荷下ろしをし、喧騒が聞こえる貨物ターミナルを背にスフェーンは散弾銃を背負ってその場を後にしていた。
E兵器と呼ばれる兵器群のほとんどは軍警が保有している。
大災害以前に作られたエーテルを使用する強力な兵器。エーテルの津波で全てを押し流され、その後は技術の再現ができなかったそれは、一撃で数多の軍勢を撃破可能だ。
すでに世界中にエーテルが降り注いでいる今はさほど問題ではなくなってしまったが、かつてはE兵器を使用した地域はその後に立ち入ることはできなくなっていた。
理由は着弾地域のエーテル空間濃度の著しい上昇が発生するからだ。
「初めてE兵器が戦闘で使用されたのは大災害の戦争…だった筈だ」
軍警以外でE兵器を保有している勢力は極僅か。
現存しているのは基本的にエーテル・カノンと呼ばれる種類の兵器のみだが、大災害以前はそれ以外の種類の兵器があったと言う。
ファンファンファンファンファン
街に入るとそこではC210型スカイラインの白黒ツートンの軍警のパトカーが赤色灯を灯しながら突っ走る。
都市部では必ずと言って良いほど見かける軍警の車両。傭兵をやめてからそのありがたみをしかと噛み締めている。
「…仕事探すかぁ」
街のビルには照明が灯り、下の道路では街路樹を街灯が照らしている。
乗用車やトラックが走り、貨物ターミナルから二両の連結トラックが出ていく。
スフェーンはそんな光景を前に仕事を探しに向かう。
運輸ギルドでは運送業者や運び屋が依頼の掲示板を確かめるために椅子や壁にもたれかかっており、随時更新されていく仕事と睨めっこをしていた。
運送業者と運び屋の違いは企業に属しているかそうでないか、それだけだ。
多くの依頼が舞い降り、その仕事を仲介するのが運輸ギルドの役目だ。
「ほぅ…」
常に人が行き交う運輸ギルドの依頼の中、一つ気になった仕事があった。
「ダイナーからの依頼か…」
ダイナーと言う言葉に惹かれ、その仕事が気になってしまった。
ダイナーとは安価で小型のレストランを指す言葉であるが、仕事だと食堂車を使った移動式レストランの事を差し、幹線沿いやターミナル近郊の留置線や待避線で切り盛りを行う人たちを指す。
そしてそうしたダイナーは基本的に移動式レストランであるため、運輸ギルドに依頼して車両を移動させる場合があった。
この貨物ターミナルにもダイナー街と呼ばれる、不定期に車両が入れ替わる食堂車で埋まる屋外フードコートのような場所がある。
「ふむふむ…?」
依頼を確認し、スフェーンは考える。
今まで一度だけ列車に人を乗せて運んだことはあったが、あまり慣れているとは言えなかった。
「まぁやってみるか…」
ダイナーの依頼、見た所誰も受けている様子はなかったので前向きに考え始めるとルシエルが聞く。
『こちらの依頼主と同じ行き先の貨物を選択いたしましょうか?』
「んー、それもありやな」
気前が良ければ移動中に料理を作ってくれるかも知れないという淡い気持ちを抱きながらスフェーンは依頼主と顔合わせをするために依頼を受けると運輸ギルドを後にした。
====
「おいロト」
或る刻、トラオムの軍警管区本部で仕事を片付けていたロトは同期のライルに呼ばれた。
「ん、今行く」
現在、情報部六課に配属されてからしばらく経つ彼は特殊な仕事故に余人に聞かせられないような仕事を多くこなしており、順調に出世街道を登っている。
「休暇が取れた」
「…そうか」
休憩室で冷たいコーヒを受け取りながら二人は席に座る。
「たまにはホットも飲めよ」
「貴様、俺が猫舌だと知って言うか」
コーヒーを受け取るロトはライルに軽く言い返しながら受け取り、一口飲む。
するとライルは早速本題に入った。
「本気で行くのか?」
その問いにロトは声で頷く。
「あぁ、できれば直接確かめたい」
二人は背合わせに座り込んでおり、ロトは准佐、ライルは少佐の階級章をつけていた。
静かな休憩室、ガラス窓の奥では職員が小走りでファイルを積んで持って走る。
「…」
ライルはロトの返事を聞き、少し目線を下げてカップの淵に手を当てて考えると
「もし行くなら俺も連れて行け」
「え…?」
ライル意思表明にロトはやや驚いた様子で後ろを振り返った。するとライルは
「今回の調査は上から金が出る」
「…なんだと?」
ロトは予想外の事態に驚くと、ライルが訳を話し始める。
「あの鉱山事故の調査はアイリーン社に関係しているだろう?」
ライルは言うとロトは軽くため息を吐いて聞く。
「…なぜアイリーンが関わってくる」
「近年の急成長ぶりに違和感と危機感を覚えている上の政治的意向というやつだ」
言われ、ロトは軽くこめかみに指を当てる。
「政治ね…」
「あぁ、お前さんが一番苦手な仕事だな」
「はっ、言っとけ言っとけ」
ロトは体を戻し、紙カップを傾ける。
「アイリーンは着実に勢力を伸ばし、緑化連合も徐々にアイリーン社の市場拡大に危機感を募らせている」
「向こうの評議会はなんと?」
「今はまだ静観だ。緑化連合はしばらく動くつもりは無い」
軍警と言う超法規的かつ世界的な軍事組織に対し、各都市は都市の治安維持と防衛を依頼。都市及び都市間における自由貿易並びに共有財産の保護を目的に活動している。
今の世界情勢は緑化連合をはじめとし、複数の都市連合体による領土拡大。並びに都市議会の民主化が今は波に乗っている。
かつて、都市の復興や建造を行ってきた企業は緑化連合に初めこそ加入を躊躇っていたが、近年の資源をめぐる争いや企業間の合併や買収、一部は株価暴落などで不況に立たされ疲弊したことで、議会の民主化に舵を切っていた。
「アイリーンへの強制捜査も今のところ行わない…」
「あぁ、アイリーンの都市占有自体なんら問題はないからな」
「長年の習慣が生んだ一つの文化…か」
二人はコーヒーを飲みながらアイリーン社の急激な拡大による弊害を口に出す。
「一都市の占有による市場の独占…」
「複合企業故の他業種との軋轢や異常なまでのデフレによる市場価格の崩壊…」
アイリーンが行って来た所業にロトは
「明らかに喧嘩を売っているとしか思えない」
そんな姿勢にライルは冗談まじりに呟く。
「戦争でもおっ始めるつもりかもしれんな」
「まさか」
そんな軽口を溢し、ロトはあり得ないと即座に否定する。
「いくら急成長とは言えアイリーン社の保有する戦力と対立している緑化連合の戦力比は1:3。大陸中のPMC戦力比率となれば1:20だ。これで開戦しようもんなら頭がイカれているとしか言えないだろうな」
圧倒的な戦力差、エーテル兵器があったとてこの戦力比では勝利する可能性を見出す方が難しいと言わざるを得ないだろう。
「だが、警戒する必要はある」
そう言いライルは湯気の昇るコーヒーに口をつける。
「すでに上層部はアイリーンと緑化連合が開戦をした時の行動計画を立案している」
「まだ支配地が直接しているわけじゃないだろう?」
「いや、三時間前、新たに加入した二つの都市の影響でアイリーンと緑化連合は直接接続した」
「…」
情報部六課の主な仕事は外部の情報収集と潜入捜査、暗殺や情報操作を行う部署だ。
「なんで俺に回って来てないんだよ…」
ロトの主な仕事は潜入捜査であり、軍警に対する反対派の暗殺などを行う実行隊員である。
「そりゃあ、お前の仕事じゃないからな」
「せめて同じ課の人間には共有してもらいてぇよ」
対外的な仕事ばかりを請け負う六課に所属する隊員は常に多くの情報を共有するのが鉄則だった。
「それで、いつ出る?」
「いつでも」
ロトはそう言うと薄く笑みを作ってライルに聞く。
「お前さんの事だ。すでに足も人も用意しているだろう?」
「…ふんっ」
そんなロトにライルはそのまま空になったカップをゴミ箱に捨てるとロトの肩を叩いて休憩室を出た。
兵器解説
移動砲台五型
軍警が保有する移動可能な要塞砲であり、失われた技術であるE兵器を搭載している。
全集旋回が可能な砲塔を有し、都市防衛の為の防衛砲としての役割が主である。
履帯を装備し、迅速な展開が可能で、エーテルを補充する事でE兵器の発射が可能である。
武装は三連装のエーテル・カノン砲のみで圧倒的な破壊力を有している。




