#81
絵画を取り扱う商会に訪れた後、アリズの幼馴染であるクリス・キルケニーと出会っていた。
「この絵を手に入れた経緯を聞いても良いかい?」
個室の中、スフェーンの持ち込んだ絵画を見ながらキルケニーは聞くと彼女は懐から煙草の箱を取り出す。
「私は雇われているからですよ」
「雇われている?」
「えぇ、アリズ・キテラ自身に」
「…」
そう言うと、キルケニーは驚いた表情でスフェーンを見る。
「私は彼女の身の回りの家事代行を行なっている者です」
「…なるほど」
メイド服を身に纏う彼女にキルケニーは納得した表情を見せた。
「その際、彼女から雇用料として絵画を受け取ることになったのですが…」
「あぁ、それで今日売りにきたと?」
「はい…」
事情を察し、絵画を持ち込んだ理由を理解したキルケニーはスフェーンに聞いた。
「よくそんな条件で仕事受けたね」
「え?」
スフェーンの反応にキルケニーは少し考える仕草をした後に、何かが繋がったような様子で軽く頷いた。
「君、アリズに関して何処まで?」
「え?えっと…」
そこでスフェーンは彼女が泥酔した時に言ったと言うていで彼女の経歴をザッと答えた。
「んじゃあ、彼女が大学を中退した理由を知らないのか…」
「え?教授と喧嘩したんじゃあ…」
スフェーンはキルケニーに聞くと、彼は首を横に振った。
「退学した理由は少し違う」
「?」
首を傾げると、キルケニーはスフェーンにその時の詳しい事情を話した。
「彼女はセクハラした教授を投げ飛ばしたのさ」
「…は?」
スフェーンは困惑した様子でキルケニーを見ると、彼はそんなスフェーンに軽く頷く。
「まぁ、気持ちは分からんでもないさ。私も初めは困惑したからね」
聞くと彼女は大学生時代に教師であった人物からセクハラをされ、その仕返しで教室でその人物を投げ飛ばしてしまったそうだ。
「不味かったのは、その人物が絵画の世界ではまぁまぁ名が通っていた事だった」
すると彼は少し悔しげに語る。
「彼女は追い出されるように大学を辞め…その教授は投げ飛ばされた恨みなんだろうね。彼女は絵画界から事実上の追放を受けたのさ」
そしてだんだんと怒りに震えていく様子のキルケニー。
「追放…?」
「まぁ簡単に言うなら、その教授がツテを使って知り合いの画廊や批評家に関わったら容赦しないと言ったのさ」
キルケニーは相当腹を立てている様で、彼から感じ取る感情や内心からもその教授とやらに相当お怒りのご様子。
「な、なるほど…」
彼女の絵は良いと同じ商会の人間が言うのだから彼女の絵の評価は社会的に見ても良い物だろう。
しかし彼女が評価されないのはそう言う馬鹿みたいな事情があるのかと呆れ半分、納得半分の自分がいた。
「とんだゲス野郎ですね…」
「一番腹が立つのは、その教授はいまだに大学で教鞭を取っている事だ」
キルケニーが許せないのはそういう所らしい。
アリズと分かれた理由はわからないが、分かれた後でこの雰囲気ならば何かしらの穏便な理由があって分かれたのだろう。
「彼女の絵画を仕事先に紹介しているのだが、噂が知れ渡っている影響でなかなか買い取ってくれないんだ…」
軽くため息を吐いていう彼から諦めの雰囲気は無かった。
「いやぁ、済まないね。いきなり無駄話をしてしまって」
「あぁ、いえ…」
フロート付きメロンソーダをストローで吸いながら話を聞いていたスフェーンはそんなキルケニーに気にしていない様子で答えると、
「でも不思議だ…」
「?」
「なぜか君にはこんな話をしていても理解してくれる。そんな気がしてつい話してしまった…」
「…」
キルケニーのそんな呟きを聞き、スフェーンはなんとも言えない表情を浮かべた。
「あぁ、悪かったね。この絵、どのくらいで買おうか?」
「え?買うんですか?」
スフェーンはキルケニーの行動にやや驚くと、
「当然、売りに来た絵の価値はわかる人間が買うからこそ良い」
そして彼は言う。
「どんな絵であれ、己の直感を信じて絵画の売買を行うのが画商の仕事だ」
少々誇らしげに語るキルケニーにスフェーンはややジト目で
「それ、元カノ贔屓が入っているんじゃあ…」
「ハハハ、否定はしないよ」
キルケニーはそう言うと、スフェーンが持ち込んだ絵画の値段を提示してきた。
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その頃、サラの執務室では今日も訪れた来客をもてなしていた。
「では、今日はこれで」
「えぇ、またご贔屓に」
軽い商談を終え、去ろうとする目の前の初老の男。
一張羅の高級スーツに身を包む彼は昔よりリゾートに置く調度品を揃える腕利きの画商だった。
「おや?」
そして部屋を後にしようとした時、部屋に飾られていた一枚の絵画を目にして足が止まった。
「どうかされましたか?」
そんな彼にサラは話しかけると、
「サラ嬢、この絵画は?」
見慣れない絵画、おそらく最近仕入れて来たのだろう。新しい額縁に入れられたその絵画は彼の目を引いた。
「あぁ、その絵ですか?知り合いが送ってきた絵ですわ」
最近のお気に入りなのですのと言い、スフェーンが送った絵画を軽く紹介すると彼は興味深く絵を見ていた。
「ほほぅ…」
そして絵をジロジロと見た後にサラに聞く。
「失礼ですが、この絵画を手放される気はありますか?」
「あら、そんなにお気に入りになられましたの?」
その画商は頷く。
「えぇ、とても気に入りました。これほどの絵画を手に入れられるとは…流石ですなぁ」
「いえいえ、貴方様に褒められるほどの審美眼は持っていませんわ」
「はははっ、それはまたご謙遜を」
画商でもあり、美術評論家でもある彼はサラが飾った二枚の絵画の片方の購入を打診してきた。
「実に美しい色使いだ。惚れてしまいますな」
絵をもう一度見て良いと思った彼は更に聞く。
「この絵画の作者とも連絡を取りたいのですが…」
「それは先方に確認してからになりますが…」
余程気に入った様子の彼の問いに少しサラは返答に困り、後ほど連絡すると答えてから二人は新たな個人的商談に入った。
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元カレとの商談の帰り、駅の列車から今度は濃藍色のパシナ型機関車の牽引する急行はとに乗車してコノハナに向かう。
「…」
列車の車内でスフェーンは他の客と同様、煙草に火を付けてぼんやりと窓の外を眺める。
機関車含めて十三両編成のレトロな編成の急行は同路線を走る特急あじあと同様の人気列車である。
はと号はあじあ号と比べて運転本数が多く、コノハナも停車駅に含まれている。この列車の中でスフェーンは行きよりも軽くなった荷物を持って、少しだけアリズの周囲の環境を思う。
『アリズさんは人に恵まれない人生ですね』
「…まぁ、画家のような世の流れを大切にする人間は運も必要なのだろう」
特に画家は売れるかどうか分からない、売れる人間の方が少ない業種だ。傭兵の方がよっぽど職業としての人口は多いほどには。
『絵画は完全な娯楽品です。購入する人間は少ないかと…』
「まぁ、子供が描いた絵も立派な絵といえるからな」
そう言って、スフェーンはふと孤児院で子供が描いた絵を受け取った時を思い出す。
偶に孤児院に来るおじさん程度に思われていたあの頃、傭兵と言う職に憧れる子供たちにジェロが傭兵と言う生き方の恐ろしさを伝えていた。
確かに自分も傭兵の仕事を他人に薦めようとは思わない。あれはまともな人間がやるような仕事では無いと自他共に認めているからだ。
「…はぁ」
その頃の遥か昔を思い出したスフェーンは軽くため息を漏らした。
『過去の記憶に耽る…これもある意味一つの芸術品ですね』
「…やけに詩人的ね」
『曲がりなりにも、私も学ぶ行為というのを覚えましたから』
ルシエルも先程のキルケニーのように少し自慢げに言い、それにはスフェーンもやや苦笑いをしていた。
『コノハナ〜、コノハナ〜。お降りの際はお忘れ物にご注意ください』
駅に列車が停車し、ホームではパシナ型に給水作業を行なっていた。
エーテル機関の発熱を抑えるための水であり、こういうタイプの機関車の炭水車には水とエーテルが積み込まれている。長距離を走る列車などに多い機構だ。
「ふぅ…」
そして駅に着いたスフェーンはそのまま駅の隣にある貨物ターミナルに移動する。
貨物ターミナルはいつも通り多くの運び屋や運送業者が運輸ギルドにごった返しており、仕事の依頼を探したり依頼を受けたりと職員が右往左往しながら走り回っていた。
併設する銀行ではローンの支払いに追われる人やアンドロイドの姿があり、常にここは騒がしかった。
そんな見慣れた光景を横目にしながらスフェーンは建物を抜け、留置線に移動する。
留置線には他にも多くの運び屋や運送業者の列車や機関車が立ち並び、操車場ではコンテナの積み替えが行われていた。
広大な操車場を管理するための管制塔は一日中稼働しており、行き交う列車の管理を行なっていた。
カンカンカンカン…
操車場の踏切が鳴り、目の前を着発線に向かう列車が通過していく。
そして自分の列車の止まる場所まで移動し、そこで鍵を開けて自分の列車に乗り込む。
「…」
そして自分の部屋に戻り、遠出した荷物を片付けていると彼女にほぼ同時に二件のメールが届く。
「あっ、サラからだ」
一つはこの前絵画を売った本人からだった。
メールの内容は、画家の名前と住所を尋ねる内容で、それを画商に教えてよいか?との事。
住んでいる場所はこの前アパートを追い出されて新居探し中と言って軽く返信をした後に二つ目のメールを開いた。
「アリズからか…」
二通目のアリズからの連絡を受け取り、スフェーンは中を見る。
「あっ、新居決まったのか…」
それは彼女の新たな家が見つかったという報告だった。
場所を聞き、地図が添付されて送られてくるとすぐにスフェーンは移動する。
この時、サラに住所を教えるのをすっかり忘れており、その事をルシエルが指摘した。
『スフェーン、サラさんに連絡はしておいた方が良いかと…』
「おっと、そうだった」
そして改めてメールを送ると改めてアリズの新たな住居に足を進めた。
「…んで」
そして到着した矢先、スフェーンは軽く唖然となる。
「なんですか、このあばら屋」
そう言い、花畑の一角にある小さな小屋を前にスフェーンは言う。
セメントと石膏で四方を固めたられた蛸壺のような家。何かしらの倉庫のように見えた。
「良いだろう?花畑に囲まれた素晴らしい家だ。まぁ元々農家の用具入れだったらしいが…」
「地図見た時に嫌な予感はしていましたけど…」
まさかの元倉庫に住む事にスフェーンは新たなアリズの暮らしに不安しかなかった。




