#80
今まで住んでいた家を追い出されてしまったアリズ・キテラ。まぁ、家賃を滞納していれば追い出されるのは自明の理とも言えた。
「…はぁ〜」
そして車を取りに行くと言って自分に荷物番を任せた彼女を、煙草にライターで火を付けながらすっかり夜になったコノハナの裏通りで待つスフェーン。
「帰ってくると思う?」
『彼女が嘘をついているようには見えませんので、おそらく帰ってくる事でしょう』
スフェーンは家を追い出されたアリズの…ほぼ家政婦と化した状態で雇われていた。
管理している絵画はコノハナの画廊に売り込んだりしたが、正直見知らぬ画家を相手に……おまけに魔女というあだ名が知れ渡っているこの街では売れ行きは芳しくなかった。
そして待っていると、遠くからエンジンの音が聞こえ。その方を見ると、通りに一台のランプを灯したトラックのシトロエン Hバンの姿が見えた。
「…まじかよ」
そして運転台にはアリズが乗っていた。
「ガチオンボロだ…」
『この場合、もはや博物館モノですよ』
そしてそのトラックは荷台が幌で覆われており、運転席に座っていたアリズはバンを停めて降りてきた。
「待たせた」
「こりゃまた古い車を…」
トラックを見て軽く苦笑するスフェーンにアリズは少し自慢げに語る。
「この街に来る前まではこいつに乗って移動したもんさ」
「この荒野の中を?」
思わず驚いて彼女に聞き返す。
この荒野を車で走るのは、時折吹き荒れる砂嵐の影響で道路が消えてしまう上に砂嵐で視界不良となって遭難してもおかしくない。線路沿いを走るとなると、巡航速度時速三〇〇キロで走る鉄道が巻き上げる風で車は横凪に倒されてしまう。
「嘘でしょ…?」
こんな状況で密閉された特殊な車でもない限りあの荒野を走ることは大変危険な行為だ。
故にそんな場所に用事があるような人間以外ではほぼしないような行動に首を傾げていた。
「いやぁ、この車で砂にハマった時は苦労したもんさ」
「…」
そう言いながらハマった時の記念写真を見せつけられ、軽く絶句するスフェーン。
ガズマスクをしているが、砂の窪地にハマったHバンを前にピースをするアリズの写真があった。
「まじっすか…」
傭兵やそういう荒野にしか住めないような人間しかやらないような行動にスフェーンはアリズを見返してしまうと、彼女はやや誇らしげに言う。
「いやはや、このころの生活も素晴らしかったぞ!」
彼女は一体どんな経験を積んできたんだ…。
『アリズ・キテラ、彼女は桃花芸術大学美術学科出身の学生でした』
その日の夜、延々とやっていたような彼女の絵画の積み込み作業を終え、助手席にまで積み上がった彼女のキャンバスの所為で車から追い出されてしまったスフェーンは深夜に自分の列車に戻って久しぶりにメイド服を脱いでいた。
アリズは新しい家が見つかるまでスフェーンに休暇を与えてあの裏路地から走り去っていった。
『しかし進学した際、教授と喧嘩になり半年で大学を退学しています』
「大学に行く金はあったのか…」
『いえ、奨学金を借りての進学ですね。彼女の両親は虐待の容疑で逮捕、裁判にて無期懲役を言い渡されています』
「おっと…」
なかなかに過酷な彼女の過去の経歴の闇を聞いたな。
『虐待が認められ、孤児認定を受けた彼女は孤児院にて生活。二年ほど失語症に悩まされた記録があります』
「なるほど…」
ルシエルはそこでスフェーンにさらに詳しい情報を伝える。
『彼女が絵画に目覚めたのは孤児院に飾られていた浮世絵に影響を受けたと手紙に残しているようです』
「…」
いつもながら恐ろしい情報収集能力の彼女だが、今回は感謝するべきだろう。
「まさか手紙まで調べられるのか…」
『手紙を知り合いが一度データ化してくれたおかげですね』
そこでスフェーンは彼女が送った手紙をデータ化するほどまめな人物に少し興味が湧いた。
「…ちなみに手紙の送り先は?」
「クリス・キルケニーと呼ばれるグッピー商会に所属する商人です」
名前を聞き、スフェーンは今までのアリズとの会話を掘り起こしてピンと一本の線が繋がった。
「なるほど、彼女の絵を買った知り合いか…」
『彼女とは孤児院時代に知り合い、一時は交際をしていた仲でもあったようです』
「なるほどねぇ…」
ルシエルが調べてくれたアリズの過去の関係や経歴を知り、煙草に手をやってそれに火をつけた。
確かに、自分が気絶するほどの容量を使って調べただけはある濃いものだった。
「さて、あの絵をどうしたものかね…」
スフェーンは一服をした後に自分の部屋の天井を見ながらそう呟いていた。
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数日後、スフェーンの姿は近郊特急の485系の車内にあった。
特徴的なボンネットに赤とクリーム色に塗装され、十二両の特急列車はコノハナを離れて隣町に向かっていた。
メイド服のスフェーンの足元には絵画を包んだ風呂敷を置き、列車が到着するのを待っていた。
今日もアリズからの連絡は無く、新居探しには苦労している様子だ。
「置いてくれると良いけど…」
今回はアリズから受け取った絵画の売り込みの為に絵を置く画廊に向かっていた。
流石に受け取った絵をそのままサラに売り続けるのもやや申し訳ないという事で別の人間にゼロから売り込もうと考えていた。
「ゼロから…か…」
案外、そういう経験はしたことが無いかもしれないとふと考える。
「手厳しいもんだ…」
メイド服に風呂敷、そして座り込む足の間に散弾銃を挟んで立てかける彼女は窓の外の景色を眺めながら呟いていた。
そして予定の街に到着し、荷物を片手に目的地であるグッピー商会支店に到着する。
「スフェノス・ククヴァヤ様ですね」
グッピー商会はこの地方では指折りの美術品を扱う商会だ。そんな絵画を扱う商社なので当然、顧客は上の者が多くなる。
受付で確認を行ったアンドロイドはそのままスフェーンを奥の応接間に案内する。
「こちらでお待ちください」
そう言われ、やや小さめの応接室に通されたスフェーンはそこでソファに座って静かに待っていた。
まぁ、待たされることには慣れているししょうがないとこの際割り切っている。
ご丁寧に灰皿も準備されていたのでスフェーンはお構いなく煙草に火をつけていた。
「お待たせいたしました」
そして煙草を一本吸い終えた時に別の扉から若い青年の販売員が入ってきた。
スフェーンは煙草を灰皿に押し付けて消して青年に目を合わせた。
「それで、今日はどんな絵画をお持ち込みになられたのでしょうか?」
その販売員はスフェーンを見ておそらく代理で絵を売りにきたと思っているのだろう。
「こちらなのですが…」
そう言い、スフェーンはアリズから受け取った一枚の絵画を見せる。
「ほぅ…」
「他にも数枚あり、こちらで買取をお願いしようかと思っておりまして」
「なるほど、畏まりました」
販売員は絵画を見て興味深そうにするとルーペを取り出した。
「ふむ…」
そして軽く見た後に販売員はスフェーンに聞く。
「初めて見る筆の触り方で、非常に特徴的な色使いですね」
販売員の評価は上場だった。そして持ち込んだ絵に思ったことを一言、
「そうですね、なんとも引き込まれるような画力です。いやぁ、良い絵だ」
こんな絵をいったい誰から買ったのだと聞かれ、スフェーンは素直に答えた。
「この絵を描いたのはアリズ・キテラと言う人物でして…」
その名前を出した時、明らかに販売員の顔色が変わった。
「…すみません」
そして絵を見て良さげな反応だったにも関わらずその販売員は話を切り上げ始めた。
「?」
「今日の商談は無かったことにさせてください」
「は?」
そしてその販売員はそそくさと撤収し始めた。
「では、私はこれで…」
「お、おい…」
そんな対応に思わずスフェーンも販売員に一つ文句をつけると、
「私だって、こんな事で仕事を失いたく無いんですよ…」
「…?」
そう呟くと、その販売員は応接間を後にしてしまった。スフェーンは訳が分からず不満げに荷物をまとめた。
そして応接間を出て、商会の入り口に向かう途中
「ん?」
すれ違った数人の商人の一人が、スフェーンの持っていた絵画に目が入った。
「君…」
「?」
商会からの去り際、入り口でスフェーンは声をかけられて振り向くとそこではスーツに身を包んだ紳士的な男が立っていた。
「その絵は?」
「ん?あぁ、ある画家からもらった絵です」
スフェーンはそう答えると、その男はスフェーンに顔を近づけて聞いた。
「その画家は…アリズ・キテラと言うかい?」
「え?えぇ…そうですが…」
「…そうか」
スフェーンは彼の剣幕にやや困惑しながら答えると、彼は少し周りを見回した後に近くにいた同僚に近づいて一言。
「少し商談に出てくる」
そう言うとその男はスフェーンを連れて街の少し離れたカフェに向かった。
その後、街の支店から離れた個室カフェに入った二人。
「すまないね、いきなり連れてきてしまって」
「あぁ…いえ…」
個室カフェは完全防音の盗聴対策も取られた、外の見た目の割に内装はしっかりと作り込まれた建物だった。
「早速で悪いんだけど、君が持ってきた絵を見せてもらえないか?」
「…まぁ、どうぞ」
特段怪しい雰囲気は感じられず、スフェーンはその男に持ってきた絵画を見せた。
「ふむ…失礼、少し触っても?」
「どうぞ…?」
ルーペで確認もせず、彼は絵画の裏を見る。
「32番…か。本物だな」
「?」
彼の行動に疑問を感じていると、その男はそんな反応を見てキャンバスのある場所を示した。
「ここに番号が書いてあるだろう?」
「…あぁ〜」
キャンバスの木枠に書かれた番号には『32』と書かれていた。
「彼女の癖でね、自分の描く絵の木枠に木炭で番号を書くんだ」
そしてそのまま彼の調子で話が進みそうだったので慌てて口を挟んだ。
「あの…彼女とは?」
一応、間違っているかもしれないのでその男に聞くと彼は頷きながら聞いた。
「ん?あぁ、この絵を描いた人さ。アリズ・キテラで間違いないかい?」
「はい…そう、ですね」
確認をした後、スフェーンは目の前の男にさらに聞いた。
「あの…あなたはアリズさんの事を知っているのですか?」
そう聞くと、その男は数回頷いた後に言う。
「もちろんさ、私と彼女は孤児院の時代からの友人で、恋人だったからね」
「…え?じゃあ、もしかして」
スフェーンの記憶の中からアリズとその関係に至っていたのは一人しかいなかった。
「うむ、私はクリス・キルケニー。今はグッピー商会の絵画部門で外商員をしている者だ」




