#78
さて、アリズ・キテラと言う絵描きとの契約料の代わりで貰った二枚のキャンバス。それをどうやって換金するのかだが…
「久しぶり、サラさん」
『あら、貴方からとは…初めてじゃないかしら?』
視界のウィンドウに映るサラの映像。彼女との連絡先は交換していたので、時折彼女から愚痴を聞かされる事はあったが。こうやって自分から連絡するのは初めてだった。
『貴方からって事は…どんな用事かしら?』
スフェーンからの連絡に内心嬉しそうにしながら落ち着いた声色で問いかけると、彼女は視線の先の映像を彼女に回しながら言う。
「えぇ、少し見て欲しいものがあってね」
『見て欲しいもの…』
「これなんだけど」
そう言い、数日前にアリズから貰い受けたキャンバスを見せる。
『あら絵画?』
「そそっ」
『またどこでこんな物を…』
やや呆れながら頬杖を付く彼女はスフェーンの巻き込まれ癖を想像しながら、おそらくその類だろうと思って微笑みながら彼女の要件を聞く。
「んで、この絵ってどのくらいで買ってくれる?」
『あら、貴方画商でも始めたの?』
「違うから、メイン運び屋。OK?」
商売なんてやってられるかよ、と脳内で愚痴りながら答えるとサラは
『なるほど、要は押し売りね?』
「そっ、値段は…から上ならいくらでも」
スフェーンはそう言うと、サラは絵を良く見せて欲しいと言う事で視線を絵画一枚ずつに近づけると
『好きな絵ね。少し色を付けますわ』
「おっ、マジか」
予想外に気に入った様子にスフェーンはサラと同じ感性を持っていたが為に少し共感を覚えると、彼女は程よい金額を提示してきた。
「んじゃ、自宅に送るね〜」
『送金は貴方に送ればよろしい?』
「おん」
二つ返事でスフェーンは頷くと、二枚の絵画はサラの物となる。やっぱりこう言う時は金持ちのお嬢さんに万歳だ。程よい金額で買ってくれた。
早速送ると言って梱包を始めようとすると、
『ところでスフェーン』
「ん?」
最後にサラはスフェーンに聞いた。
『貴方どうしてメイド服を着ているの?』
スフェーンの今の格好、白黒の正統派ヴィクトリアンメイド服を着ているスフェーン。片手にはモップを持っていた。
「…」
聞かれたスフェーンは無言で通話を切ると、直後に鬼電と無数のチャットが送りつけられてきたが、ガン無視した。
スフェーンがメイド服を着るようになったのはルシエルが原因だった。
『スフェーン、仕事に合う服を買いましょう!』
ルシエルの発言に軽くため息が漏れながら拒否をするとルシエルは強行権を発動し、あれよあれよと水着の時のようにメイド服を買ってしまったのだ。
これを着てアリズの元に赴いた時なんか、
『仕事熱心で良いではないか!』
と褒められ、その日は誰にも会いたくない気分だった。
綺麗にしたアリズの部屋で絵の鑑定を終え、プチプチとスポンジと薄紙で梱包を済ませたスフェーンはそのままコノハナの駅舎に向かい、そこで駅舎に必ずある鉄道郵便局の窓口に行く。
鉄道郵便局は郵便物の配送を行う鉄道管理局が運営する赤いユの字が特徴的な郵便業者である。
多くの個人の荷物を取り扱い、郵便車で目的地まで運ぶ実に便利なシステムである。
窓口で送り状を書いて料金を支払い、一応絵画なので割れ物注意の印も押してもらう。その後ろでは手紙を蝋封しているアンドロイド。
着払いにすると後で文句を言われそうなので、大人しく通常の送り状に必要事項を記載するとそれを荷物に貼り付けてあとは荷物を送るだけ。
赤いターレットトラックがホームを行き交い、到着する郵便車に依頼された荷物や手紙を入れていた。
この鉄道郵便局は個人の手持ち荷物においては、圧倒的な巨大組織の運営する会社ゆえに高い信頼度があった。
「これお願いします」
「畏まりました」
濃紫色の鉄道管理局の制服に郵便局員の証のユの赤文字の白腕章をつけた職員がスフェーンの絵画二枚の運送を請け負うとそのまま荷物はターレットに載せられた。
一つ仕事を終え、ついでに送金の確認を終えるとスフェーンはアリズのアパートに向かう。
ちなみに、最初に見ていいなと思った絵画は買おうとしたのだが…
『あんな絵画を君に渡すわけには行かない』
と一蹴され、彼女なりにあの絵は不満足だったのか、議事堂の絵画に代わる絵を彼女は描いていた。
彼女はアパートから出てコノハナの街並みを散策しているはずだ。その間に部屋の片付けと掃除をする。
「ふぅ…」
ぶっちゃけ本物の給仕を知らないのでなんとも言い難いが、スフェーンは部屋に立てかけられたキャンバスを移動させ。濡らしたモップで床掃除をする。
絵の具でカラフルになった床や壁を清掃し、キャンバスを片付ける。煙草を咥えながらの作業だが、本人が見ていないのでいいだろう。
「帰ってくるまでに終わらせないとなぁ…」
少し遠い目をしながら掃除を終わらせると、部屋の扉が開いた。
「あぁ、お帰り…」
出迎えようとした矢先、思わず顔を顰めてしまった。
「ゲフ…」
顔を真っ赤にし、片手に焼酎の入った一升瓶を握っており。この女、また街中で飲んできたのだろう。
そしてアリズはスフェーンを見るとそのまま緩んだ顔でスフェーンに頬ずりする。
「スフェノス〜」
しかしされる側としては迷惑この上なかった。
「…臭いです」
「ひどいよぉ〜」
酒臭い上に風呂に入っていないので汗臭い。そんな状態で頬ズリされれば誰でも嫌がる。
「風呂に入って、あと洗濯物をクリーニングしますよ」
「は〜い」
顔を赤くして昼間から酔っ払っているアリズはそのまま目の前で着ていた服を脱ぎ始めた。
「ちょ、馬鹿っ!」
脱ぎ始めたアリズを慌てて顔を赤くして抑え付ける。
「何してんすかっ!?」
とんでもない行動に慌てて聞くと、アリズはそのままスフェーンの力をかけるようにして倒れてきた。
「うわっ、ちょ…」
そして泥酔から睡眠に入った彼女にスフェーンはため息を漏らす。
「いつになったら絵を描くんですか…」
自分の腕の中でもたれかかって寝るアリズを前に呆れていた。
この一週間は絵を描く行為の方が少なかった気がする。筆を手に取っていた回数は数える程度、最初に描いていた絵は完成しており。部屋の荷物に追加されていた。
そして一週間経ったと言う事でスフェーンはアリズに別れを言おうとした時、
「んじゃ、延長料金」
「は?」
そう言って適当にキャンバスを差し出しながら言った一言にスフェーンは変な声が漏れて固まる。
「こいつ売ればいいだろう?」
「…」
パイプを咥えながら自分で描いた絵を簡単に手放している彼女の行動にスフェーンは呆れた。
「そんな絵が手放せるなら売ったら良いじゃないですか…」
少なくともアリズの絵を気にいる人間は一定数いるのだから、換金でもすれば良いのにと思っていると
「売りたい相手にしか売りたくないの」
どうやらアリズは絵を手放すときは相手を選ぶ人間らしい。
「転売はいいんですか?」
「そこはあたしの知るところじゃない」
「じゃあなんで…」
転売は良いのに相手を選んでいる…と言うより、あんな限界生活になっても部屋の中に積まれた絵画をなりふり構わず売りに出さなかったのがやや驚きだ。
「私の知らない範囲だったら絵はどんな風に描かれても良いの」
「ホーン…」
まぁ、彼女なりの持論というものがあるのだろう。深く関わった方が負けという奴だ。
「知り合いに画廊持ってる人とかいないんですか?」
「いたら苦労しない。クソどものせいで私に画商はいないわよ」
そう言い恨み言を連ねるアリズは過去によほど何かあったのだろう、それはそれは誰かを睨んでいるようだった。
「普段どうやって生きてたんですか…」
「似顔絵商売」
「あぁ…」
小遣い程度の金をもらって似顔絵を描いて生きていたのかと納得するスフェーン。
「でもそれって小遣い程度じゃあ…」
しかしそれは家賃を払えるほど儲からないはずだと思っていると、
「たまに知り合いが絵を買ってくれる」
「それでも滞納しているんですか…」
それ絶対お情け価格で安く買い叩かれているじゃんと思っていると、アリズは
「これでも絵は売れているんだぞ?」
「ちなみに何枚ですか?」
スフェーンが聞くとアリズは自信満々に手を広げた。
「君を含めて五枚だ」
「…」
駄目だこりゃと思ったスフェーンは肩を落としそうになった所を堪えて、部屋に置かれたキャンバスを眺める。
「これ、大丈夫?」
スフェーンは思わず口にすると、ルシエルは少し苦しげに答える。
『現時点では何とも…』
「はぁ…」
しかしルシエルは助言する。
『絵をサラ嬢に販売するということであれば、この依頼は続けてもよろしいのではないでしょうか?』
「…」
『スフェーンがアリズ様の絵を気に入ったというのであれば、お好きなようにするのが一番です』
「…そうね〜」
そして少し考えた後にスフェーンはアリズが差し出してきた絵画を受け取る前に言う。
「続けるならいくつか条件があります」
「何だ?」
アリズは期待する目線を向けながらスフェーンに聞くと、彼女は指を伸ばしながら一つずつ言う。
「一つは絵の管理を私に任せる事。
一つは貴方が絵に注力する事。
最後は契約期間は貴方が私に渡すと言った絵画が完成するまで。
条件はこの三つです」
「…」
「それ以外の身の回りの世話は責任を持ってやります」
普通なら断るような話だ。自分の書いた絵を自分でどうこうできないのだから。これで直ぐに手を切れるだろうと踏んでいた。
「良いよ」
「…ほっ?」
するとそんなスフェーンの提案に二つ返事で頷いたアリズに少し驚いた。
「良いんですか?」
「あぁ、君が管理するなら良い」
キッパリと言うアリズにスフェーンは聞く。
「私が裏でこっそりと絵を燃やすかもしれないのに?」
少し意地悪だったかななどと思っていると、アリズはそんなスフェーンに薄い笑みを作って答えた。
「それを言っている時点でスフェノスは私の絵画を燃やす気は無いだろう?」
「…はぁ、」
なるほど、この女。初めからわかっていたのかと軽くため息が漏れると、アリズは軽くウインクしており。その光景に一瞬身震いすると、軽く彼女に頭をどつかれた。




