#76
コノハナは花の街、主な取引品も穀物や贈呈用の花などが中心であり。それ故に、
「ここでも花の匂いがする…」
軽く驚きながらスフェーンは貨物ターミナルに搬入されてくるトラックを眺める。
トレンチコートに水色のシャツを羽織り、足にはカーゴパンツ、スニーカーを履くスフェーンは今日も今日とて仕事で得た金を元に街の散策を行う。
勿論、服の下には拳銃を携えて。今回も中折れの方で行く。
肩掛けカバンにはガスマスクも添えており、準備万端である。
「いい景色なこった」
留置線に列車を停め、街に繰り出す時に停車場にやって来る四両編成のタトラT3に乗り込んで郊外の花畑に向かう。
街中を縦横に走り、途中で朝摘みの花を売る出店や石畳の道路を走っていくトラバントなどのコンパクトカー。
カフェやスタンドが多く存在し、街路樹が植えられた公園なども存在している。
少し入り組んだ道を路面電車は走るので少し車内は揺れる。
「おっと…」
コノハナの街は大災害の後に難民となった多くの人間がまだ空間エーテル濃度の存在が今ほど重要視されていなかった時代に作り上げたが故に道の多くが入り組んでいる上に細い。
今でこそ十五階以上の建物が多いが、少し古い写真を見ると七、八階建てが多く点在していた。
特に旧市街と呼ばれる街の中心部は古き良き景観が残っているが、交通の便が少し悪いことで知られている。
列車には観光客と住人が入り混じって乗っており、停車場に着くと乗り降りが起きる。
「ふぅ…」
そして目的の停留所で降車し、市議会議事堂前に降りる。
議事堂前の公園は整備されており、今日も多くの市民が外に出て余暇を楽しんでいる様子だった。
ヌヴォルネッサンス建築の荘厳さや高層化された建築方式で建築されたコノハナ市議会議事堂はその走りと言われている。
大量の石材を用いて作られたそれは会議期間以外は一般公開されていた。
「観覧チケットは…」
受付で観覧用のチケットを購入し、目の前の階段を登って中央広間に足を踏み入れると八階建ての吹き抜け構造が姿を見せ。天井のステンドグラスから光が差し込んでいた。
上の壁画にはこの街の勃興と議事堂建設までを表した絵画が描かれ、訪れる者に簡単な歴史を教えていた。
『コノハナは緑化連合に最初に加盟した都市であり、外の公園にあるオベリスクはその際にグリーンボウルより寄贈された物となります』
「確か、岩山から直接掘り出した一品物だったかしら?」
『えぇ以降、緑化連合に加盟した都市にはオベリスクが寄贈される風習が出来上がりました』
おまけに有能な無料音声ガイドを受けながら議事堂の本会議場を見物するスフェーン。
扇状の座席には多くの議員達が座り、投票をした市民に掲げた公約を守る為に議論を展開する。
「民主主義…か」
グリーンボウル議定書に記されている民主主義の概念。緑化連合に所属する都市は民主主義政治を行う必要があり、直接投票による普通選挙によって選ばれた議員によって市議会が定期的に開催される。
これが企業等が緑化連合を敬遠する理由の一つであった。
自由選挙を基本とされると、企業の役員が気軽に議員になりづらくなってしまう。
都市という小さなコミュニティーでは、不正はすぐにバラされてしまうので気軽に議員の買収もできない。
「誰が言ったか『地方自治は民主主義の学校である』そのものね」
『嘗て、政治学者ジェームズ・ブライスの残した古代文学書である『近代民主政治』に書かれた一文です』
ルシエルのありがたい解説を受けながらスフェーンは本会議場を後にする。
「企業の銭ゲバ共には致死性の毒に近いものね」
『致死性どころか、自分達で都市の管理が出来なくなる。企業が最も恐れる対象の一つではないでしょうか?』
「そうかも」
会議場の次は有識者による委員会室を訪れ、スフェーンとルシエルはそんな事を言い合う。
「まぁ、自分達で直したり作った都市がいきなり自分達でどうしようも出来なくなるんですもの。誰だって嫌がるわね」
そう言いタバコを取り出そうとした時、
『スフェーン、ここは火気厳禁です』
「おっと」
注意の看板に書かれた禁止マークを見てタバコを片付けるとそのまま順路に沿って議事堂の観光をしていた。
そして観光を終え、議事堂を後にしたスフェーンは目の前の公園に移動する。
公園の入り口ではドリンクが販売されており、そこで一本のレモンソーダを購入していた。
「お?」
議事堂前の公園に入った時、視線の先の木陰で見覚えのある顔がイーゼルを立て、キャンバスに一枚の絵を描いていた。
『あれは昨日の…』
「あぁ、飲んだくれ女だ」
瓶入りレモンソーダを片手に小さく頷くと、スフェーンはその絵描きだった飲んだくれ女に近づく。
「…」
所々穴の開いたジーンズに、使い古したコートに横縞の白いシャツ。その女性はパレットを片手に油絵を描いていた。
描いているのは議事堂と路面電車、足元には絵描きならありそうな売っている絵もなかった。
絵を描いているので邪魔にならないように静かに後ろから書いているのを見ていると、その女性はパレットナイフの動きを止めて一言。
「何か?」
「ん?あぁ、いえ…」
ぼんやりと眺めていた絵は少しだけ引き寄せられる様ななんとも言えないものがあり、丸眼鏡を掛けた彼女はスフェーンにもやや不審げな目線で話しかけてきていた。
「良い絵だなと思ったので」
スフェーンは純粋に思ったのだが、彼女は少し鼻で笑った後に手で追い払う仕草をした。
「冷やかしならあっちに行ってくれ」
「…」
スフェーンはそんな冷たい対応をした女性に少し眉を顰めるも、スフェーンはルシエルに問う。
「どう?」
『どう…と言われましても。私に芸術は聞かないで欲しいです』
「そりゃそうか…」
人外に聞いても分からんなと思いつつ、スフェーンはサングラスの下から改めて描き始めた絵を見て女性に聞いた。
「他に何か描いてるの?」
「…」
スフェーンの問いに女性は答える事なく、絵を描き続ける。
全く取り合ってくれないので仕方なく昨日の出来事を切り出す。
「昨日、酒に溺れて治安官のお世話になっていた人よね?」
「…」
事実であるのだろう、少しパレットナイフの動きが遅くなる。しかしそれでも取り合わない彼女にスフェーンはもう直球で彼女に言う。
「今、お金に困っているんでしょう?」
そう言うと、彼女はパレットナイフの手が止まる。
「交渉次第だけど、あなたが数日間暮らせるくらいのお金は払うつもりよ」
それを聞くと、彼女は止まったパレットナイフをパレットに置いた。
「…はぁ」
そして大きめにため息をつくと、彼女は振り返りながら問いかけた。
「冷やかしだったら後で殴るわよ」
それを聞いて、スフェーンは薄く笑った。
その後、彼女の他の絵を見に家に向かうことになったのだが…
「なんで、私が手伝わされるんですか…」
片手に描き掛けのキャンバスを持ち、木枠を掴むスフェーン。その横ではその他の画材一式を持って歩く女性、名前をアリズ・キテラと言ったその人は言う。
「その絵、汚したら容赦しないから」
「私、顧客なんですけど…?!」
おかしい、絵を買うはずの顧客にこんな事させるのか?
「知らないわよ」
しかしアリズはそんなスフェーンのボヤキをぶった斬ると、そんな対応に流石のルシエルも
『とんでもない人ですね…』
「えぇ、買う相手を間違えた気がするよ」
そんな事を口に出してしまう程だったが、少し歩いた旧市街のほぼスラムに近いような立地のアパートに到着する。
「着いたわよ」
「そうですか…」
もうすでに色々と満身創痍になりつつある状態での到着だが、アパートに入る直前。
「おい、アリズ!」
一階の部屋から怒鳴る一人のハゲ親父がアリズに言う。
「テメェ、家賃払いやがれ!」
「五月蝿ぇっ!今月は払っただろうが!」
即座に反論するとおそらく大家のその親父はアリズに指差しながら怒鳴った。
「馬鹿!ありゃ二ヶ月前のだ!今月までに滞納金払わなかったら出て行ってもらうからな!!」
そう叫ぶと、彼は勢いよく窓を閉めると彼女は悪態を吐く。
「チッ、あのクソジジイめ…」
「…」
悪態をついた後、アリズは不機嫌なままスフェーンを部屋まで案内した。
「ヒィ…遠…」
急な階段をキャンバス片手に登る。十二階建てのこのアパートの最上階に住んでいる彼女はそんなスフェーンを鼻で笑った。
「ふんっ、所詮ガキか…」
「はぁ…はぁ…悪かったですね。見た目通りで」
肩で息をするような状況に軽くアリズを睨みながら答えると、彼女は部屋の鍵を開けた。
なぜか荷物持ちをやらされて、アパートの前では怒鳴られ、荷物を持ったまま階段を延々登らされて…散々な経験をした彼女はキャンバスを片手に部屋に入った。
「っ!うわぁ…」
そして部屋に入った途端、その景色に一瞬唖然となった。
「すご…」
カーテンで閉じられて薄暗い部屋の中、絵の具があちらこちらに散らばり、数多のキャンバスが雑多に壁に立てかけられている景色だった。
「っ!くっさ!?」
そして直後に香った明らかにやばい匂い。
体が拒絶反応を起こしそうな化学薬品の香りと言えば良いだろうか、とんでも無い異臭が部屋から立ち込めて慌てて口と鼻を押さえて廊下に逃げ出してしまった。
そんなスフェーンの対応にアリズは
「なんて奴だ」
その態度の酷さに呆れながらそのまま部屋の奥に入っていく。思わずスフェーンは廊下で叫んだ。
「よくこんな状況で生きてこれましたね!全く!」
そしてそのまま怒りに任せて部屋に半ば捨て置かれていた箒を手に取り、サングラスとガスマスクを付け替えて部屋に突入する。
「あっ、おい!」
アリズが突入したスフェーンに向かって手を伸ばすも、彼女のガスマスク越しからでも伝わる怒気に気圧されて逆に固まってしまった。
時間帯は午後になった頃、窓とカーテンを全開にし、部屋に陽の光が差し込む。
「ぐあぁ…!!」
目をやられ、咄嗟にカーテンに伸ばそうとした手をスフェーンがはたき倒した。
「さっきまで外にいたでしょう!弱音を吐くな!!」
「がっ…?!」
そしてそのまま部屋のベッドに彼女を叩き込むと、ベッドからもボフッと埃が出てアリズはマットレスの上で白目を向いて気絶してしまった。
「…」
そして気絶をした彼女を見て目元が真っ黒になったスフェーンはそのまま箒を片手にベッドから去って行った。




