#74
リュカの整備工場に間借りして五日が経った。
「オーライ、オーライ」
旗を振って入換作業用機関車のB20を使ってコンテナ貨車を牽引する。
その先では半分に分割されたスフェーンの列車が待機しており、色々と工場は騒がしかった。
「まさか貨車を買うとはな…」
そんな景色を前にリュカはそれを買った顧客を見る。
「あら、いけなかった?」
そんな列車を見ながらスフェーンは自分の列車を見る。
台車点検を四日で終え、その間工場の貨車販売所を見ていたスフェーンはそこで売られていたコンテナ貨車の一つの購入をリュカに打診していた。
「金は払えるんだろうな?」
台車点検の料金にコンテナ貨車の料金、諸々見積もった金額を見せると彼女は少しリュカを見下ろすように言う。
「えぇ、これでも黒字経営なものでして?」
「…そうかよ」
リュカはハイライトに火をつけていた。コバルトブルーが特徴的なパッケージはブルーナイトが愛したものと同じだ。
「何だ?」
「いえ?何も」
そんな少し昔の記憶に耽っている所をリュカの訝しむ目線で引き戻され、スフェーンは連結作業中の自分の列車を見る。
「反対は終わったぞ」
「んじゃ、移動させますよ」
入換機関車によって連結され、早速コードの接続が行われる中。スフェーンは切り離した側の自分の列車の運転台に乗り込んで窓を開け、後ろを見るとそこでは工場の従業員の一人が旗を振っているのを確認した。
そしてマスコンを軽く動かし、ゆっくりと後進を入れて列車を旗の振り具合を確認する。
「よっと」
そして旗が止まり、一旦連結器の確認を行うと再び旗が振られ。列車に衝撃と、金属同士のぶつかる音が響き渡った。
「オッケー!」
連結器の確認を終え、コードを繋げると列車に七両目の新しい表示が加わるとエーテル機関を切って運転台を降りる。
「ふぅ、終わった終わった」
そして間借りしているリュカの整備工場の本来の出入り口の方から見知った顔がやって来る。
「よぅ」
「ペグか…」
「おっ、珍しい」
そこでは機械工のペグが工場に訪れており、彼は台車点検を行なっていた時も一度だけ工場を訪れて台車を点検して行った。
「そろそろ出るんだったな」
「えぇ、明日に通行許可が出ているのでね」
元々この大峡谷を抜けた先の街が今回の仕事の目的地だ。ここに立ち寄ったのも単なる中継地点でしかないし、何より時間を食っているので橋を抜けたら急いで目的地に向かわなければならない。
「んじゃ、お別れしなきゃならないか」
「お陰で色々と助かったわ」
コンベア大峡谷でへんなお坊ちゃんに絡まれてからは本当に世話になった。
彼がいたからこそ列車は守られたし、安全に匿って貰う事ができた。
「どうって事ないさ」
やや得意げに答えるペグに間からリュカが不満げに口に出す。
「貸したのは俺だぞ」
元々女嫌いの節があった彼は工場に間借りしていたスフェーンを見て悲鳴をあげそうなほど驚いていたのが少し懐かしかった。
「まぁまぁ、貨車と台車点検で儲かったんだろう?今度付き合えよ」
「ふざけるな」
リュカは軽くペグを睨むと、ペグはリュカの肩を掴んだまま工場の奥に消えて行った。
残されたスフェーンは増結した自分の列車を見ながら、ついでに載せられたコンテナを眺める。
「よぅやったな…」
依頼の最中で台車点検をしていた自分の所業にこの時やや震えていた。中身変な事になってなきゃ良いけど…。
その日の夜、運転台に登ったスフェーンは自室に入るとそこで食糧庫や自分の部屋の確認を終える。
「ふぅ〜…」
そして自分のベッドの上で大きく息を吐くと、そこで徐に冷蔵庫を開ける。
中に入っているみかん水を手にとって蓋を開けると、それを一気に飲み干し始める。
「はぁ…」
そして空になった瓶を分別して床に置くと少し天井を見る。
「煙草欲しくなってきたな…」
『煙草ですか…』
「あぁ、ラキストをな…」
何となくルシエルのガクッとした雰囲気が感じ取れる気がしたが、スフェーンはそのままベッドに横になる。
「今度買いに行くか…」
『ヴェイプではダメですか?』
「飽きた」
『…左様ですか』
今までは見た目の関係で代理品でなんとかしていたが、本物を長く吸っていた身としては少々堪える所があった。
「煙草吸わせろー」
『…はぁ、』
そんなスフェーンの対応に軽くため息を吐いたルシエルはスフェーンに言う。
『仕方ありませんね』
「よっしゃ」
とりあえず今日はこのあと寝るつもりだったので買いに行くのは次の街に行った時だろうが、煙草を楽しみにしながらスフェーンは着ているナッパ服やトレンチコートはそのままに天井を見上げる。
「今後の予定は?」
『予想以上に切迫していますので、列車は全ての駅を通過します』
「そう…」
そして少し目を閉じると、彼女はそのまま列車の中で一夜を過ごした。
翌日、工場の入り口が開き。そこで留置線と接続される。
線路の先ではリュカが旗を振って、それに従ってゆっくりと前進すると列車は工場を抜けて留置線に入る。
この街の人間であれば誰でも知っているミケというお坊ちゃん、事情はすでにペグによって広まっていたらしく。留置線から本線に入るまで一本で行けるようにされていた。
「誰も味方がいないとはね…」
『彼についての情報は一通り把握できました。どうやら誰からも期待されていない様ですね』
「んで、下からはこうやって遊びのネタにされている…と」
これほど団結された民衆というのも珍しい話だ。
鉱山から始まり、終いにはこの留置線を管理する街の信号場まで。ほとんどの住人が彼と彼の部下ををまるで玩具のように遊んでいた。
そして彼の部下も仕事に対してやる気が無く、本来であれば憤激もののあの事件も部下の兵士達はポイント切り替えだけで諦めていた。
それほどあのお坊ちゃんに対する忠誠度というのは見てとれた。
『悲惨ですね』
「知らない幸せがあるってもんさ。いずれ現実を知るんじゃない?」
『あの状態ですと、現実を受け入れられない可能性の方が高そうですが…』
「私には関係ないもん」
スフェーンはそう答えると、留置線の出口で一旦停車するとそこで線路脇で軽く手を振って見送るリュカを見た。
それを見て彼女も軽く手を振り返すと、そのまま列車は橋の前にある操車場に停車すると橋の管理局から連絡が入った。
『お待たせしました。橋の通行を許可します』
「うっしゃ、行きますか」
橋の通行許可が降り、列車は操車場から大陸有数の橋に進入する。
全長二三キロ、道路との併用橋のその鉄橋は下を道路が走り。その下をさらに峡谷を繋ぐ、地元民曰くぼったくりモノレールが走っている。
一番上の線路を走る途中でも横を三本の線路を使って走る専用の橋渡し機関車が貨車を繋いで走る。
走る時に橋が揺れるので正直勘弁してほしいと思うが、橋の制限速度の関係もあるので我慢するしかなかった。
橋の横では大峡谷が作り出した壮大な景色が広がっており、その奥底には今でもエーテルが眠っているとされている。
されていると言うのはこの大峡谷の底の調査は進んでいないからだ。
大災害の際に噴出したエーテルによる地裂により、文字通り地の底から割れていると思われるので確認しようにも恐ろしい長さのロープが必要になる上に降りる途中で周囲の気温が恐ろしく上がる事になる。
『現在把握されている深さは九六〇〇メートル。現在のニッケル坑道の採掘に合わせて掘られているようです』
「なるほどねぇ〜」
ルシエルの観光ガイドを聞きながら列車は制限速度ギリギリで橋を通過し終えると、反対側の操車場の乗降場にペグ達の姿があった。
今日は仕事でいなかったので、おそらく見送りのために反対で待ってくれていたのだろう。
彼の横には初日で知り合ったあの機関士の姿もあり、通過するスフェーンの列車を見送るとそのまま列車は街を離れて行った。
『あっさりとしたお別れですね』
「こんくらいの方がいいんだよ。うちらみたいな生き方をしていればね」
速度を上げながらスフェーンはそう答えると、列車は既定の路線を進み始めていた。
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街を離れ、時間が押していると言う理由で本来は止まるはずだった途中駅を全てすっ飛ばして超特急もビビる程の運転をこなしていた。
「さて、今日は一つ。やばい料理と行きますか」
そこで彼女は少し悪い笑みを浮かべながら冷蔵庫を開くとそこからニンニクの塊を二つ取り出す。
「あら、芽がでてら」
そして外の薄皮を剥がして中から少し緑色の芽が出ているニンニクのかけらを見るが気にする事なく皮を剥がす。
向いたニンニクはそのまま小さい揚げ鍋に入れ、次に鷹の爪を一本入れる。辛くしたいときはこれを潰すと良い。
そこで軽く浸かる程度にオリーブオイルを入れてそのまま弱火で火に掛ける。
その間にバゲットを切り、軽くオーブンに入れて焼く。
そしてニンニクが焦げ付かないように適度に返しながら七、八分揚げる。
フォークなどで刺して柔らかいと思ったらたっぷりと滴るほどオリーブオイルをつけたままニンニクを取り出して軽く焼いたバゲットの上にのせ、潰しながら広げる。
そしてニンニクを塗り広げた後は刻んだパセリを振り掛けて完成する簡単な一品の完成である。
サクッ
バゲットを噛むと同時にニンニクの香りががつんとくる。そしてほのかにパセリの新鮮な香りがニンニクの香りを若干和らげる。
「うま〜…」
そして部屋に充満するニンニクの香り。これは臭い。しばらく脱臭のために窓を開けた方がいいだろうって言うレベルには臭い。
「んじゃ」
そして次に揚げたニンニクをそのまま刺して口に運ぶ。
ニンニクに香りつく唐辛子の香りが少しピリつき、直後に揚げた少しさっくりとした表面を噛み潰すと、中から芋の食感に近いホクホクとしたニンニクの舌触りを感じる。
「はふはふっ」
少なくとも翌日に人に会えないような料理だが、そもそも会う人間すらいないのでスフェーにはあまり関係の無い話なのだが…。
「美味ぁ…」
揚げただけでこの美味さ。やはりニンニクと胡麻油はどんな料理にも合う最高の調味料だ。
さしすせそが調味料の基本なのであれば、この二つはアレンジの基本だろう。
ニンニクの旨さを楽しみながらスフェーンは新たな街に向けて移動していた。




