#73
埃濡れの列車は建設時に資材を運んでいたのだろう。線路の上で放置されており、全体的に埃で汚れていた。
全ての車両にコンテナが一つずつ載せられた状態で止まっているカーゴスプリンターだ。
「…」
列車というのは今まで移動手段としてしか見てきていなかった存在だ。
運輸ギルドに移送依頼を出してそこまでオートマトンと共に運んでもらう。
たまに線路外を走る履帯式大型トラックに運んでもらうが、大半はコンテナ輸送だった。
「動かせられるのか?」
『幸いにもこの列車の扉は電子錠です。接続を行えば解錠が可能となります』
と言う事なので早速鍵らしき部分に手を当てると、ルシエルは早速ハッキングを行って一瞬で列車のロックが解除された。
『列車の電子錠の複製を完了。列車運行システム権限に侵入、掌握しました』
そしてそこから列車内部のシステムをものの数十秒で掌握し終え、列車の所有者を書き換えてしまった。
「俺の脳チップの方はどうなっているんだ?」
『スフェーンの名前への書き換えや生年月日の捏造などはお任せを』
胸を張って言うルシエルだったがそれは歴とした犯罪である。どちらかと言うと無許可の戸籍情報改変と言う無期懲役レベルの重罪の…。
「まぁ書き換えなきゃ生きて行けねぇか…」
自分という存在は生きていると分かった瞬間に命が狙われる。故にチップ書き換えでもしない限り安全な生活というのもできないかと自己納得を済ませる。
普通ならインプラントチップの書き換えと言う点で怪しむ所ではあるが、摩訶不思議な存在であるルシエルを前にしてスフェーンは考える事をやめていた。
「列車の状態は…」
そこで動いていなかった列車の様子を確認するとおそらく足回りもかなり固まっている事だろう。
「確認すっか…」
そこで列車の扉を開けたまま列車の足回りを確認する。
「あちゃー」
そこで入り口の明かりを使いながら見たそれは明らかに固まり切った様子の列車の足回りだった。
「動いていないとは言えこれは酷い」
そう評したくなる程の足回り、これでは時速三〇〇キロも出せばすぐさま軸焼けを起こしそうな勢いだ。
『近場の街まで向かうのであれば問題は無いかと…』
「そこで軽く点検してもらいますかね…」
そして移動手段がこれしか無さそうなので仕方なく列車に戻ると、そこでスフェーンはエーテル機関の温度とエーテル残量を確認する。
基本的にエーテル機関と言うのは熱を大量に持つのでそれを放熱する過程で発電や推力などに使用される。故にエーテル機関は余すとこの無い最も効率の良いエネルギー機関と言われているのだが…。
「うし、行けそうだな」
そこでエーテル機関のスターターに指を伸ばすと、そこでエーテル機関が動き出す音が聞こえた。
「おぉ〜…」
しかも有難いことにエーテル機関の残量も街に向かう分くらいは全然残っており、ここから移動することもできた。
「すげぇ、こんな放置されてても動くのか」
『一応、最低限の整備をしておきましょう』
「整備道具なんてあるのか?」
一回エーテル機関を切って列車を降りたスフェーンは辺りを見回すと、そこで見つけた道具箱を手に取る。
「重っ」
しかし肩に掛けるサイズの道具箱では非常に重く、スフェーンでは運ぶことは出来なかった。
「仕方ねぇか…」
そこでスフェーンは軽くため息をついた後に中から工具を手に取って列車の機関部のハッチを開けていた。
そして自慢の膨大な知識量を生かしながら軽く眺めてエーテル機関が次の場所まで行けるくらいの状態まで軽く整備をした。
「何もかも足りないな…」
埃塗れな現状、清掃もしておきたいと思っているとルシエルが言う。
『工事現場に水源が残っています。清掃は可能でしょう』
「水出るか?」
そう思いながらもこんな埃まみれの状態で街に行きたくも無いので蛇口に向かうと、そこで捻ると先から水が噴き出てきた。
「水出るんかい」
なるほど、アナログなものほど頑丈とはよく言ったものだと軽く感心しながら出てきた水を近くにあったホースに繋いで列車に吹きかけた。
そして梯子をかけて列車の上に登って同じように水を吹きかけて埃を洗い流すと、下から銀釜のような色合いの塗装が姿を見せ、昼夜問わず永遠と水洗いをしていた。
「ふぅ…」
僅かに入り口を開けていたのでそこから風やら吹き込みつつも、何回か昼と夜が交代しているのを見た頃、
「終わったぁ…」
着ていた作業着が全体的に薄汚れつつも列車全体の清掃を終え、工事現場に余っていた赤と灰色のペンキを使って列車全体を塗り終えて綺麗になった列車があった。
皮肉かもしれんが、自分が傭兵をしていた時の愛機と同じ色の塗装である。やっぱりこの色合いが一番個人的に好きだし落ち着くのだ。
「さて、行くとしますかね…」
列車を見つけて大体一週間程、一通りの整備をやってまともに動くようになった列車を前に達成感を感じながら運転台に登る。
『スフェーン、ここで一つ。私より提案があるのですが』
「何だ?」
そして列車の運転台に登ったスフェーンにルシエルが提案する。
『このまま運輸ギルドに行くのは如何でしょう?』
「運輸ギルド?あぁ、商人達の仕事場だろ?」
スフェーンは自分の記憶を頼りにルシエルから出てきた組織を思い出す。
するとルシエルはそんなスフェーンに詳しい運輸ギルドの情報を伝える。
『いえ、運輸ギルドには行商人の外に運び屋と呼ばれる仕事があります』
「運び屋…」
『文字通り物を言われた場所に運ぶ為の仕事です』
ルシエルの話を聞き、少し考えるスフェーン。
「簡単な仕事だな」
現状、金になるものがないので運び屋をやるしかないと言う事でスフェーンも運び屋をする事に賛同する。
もう傭兵業をやろうとも思わないし、恐らくやれない。
どうしても傭兵業で名を売っていた自分は再び傭兵を始めようにも、どうしても動きやらを見て人を特定する事が多い。
名前や姿を変えたとて人の癖や動きはどうしてもオートマトンの動きに出てしまう。特定される事は極力避けたい身としては自分の腕っぷしが試される傭兵業は避けるべきだ。
『ただし途中で野盗の襲撃もありますが』
「んなの、オートマトンの一つでもありゃ良い」
幸いにも積まれていたコンテナのうち一つに古いオートマトンが格納されていた事を思い返しながら言うと、軽く計器類に指差し確認で動いているのを確認した後に運転台のマスコンハンドルを握る。
「さて…出発、進行」
エーテル機関を始動し、そして汽笛を軽く鳴らした後にゆっくりと前進する列車。
『この先の線路状況を鑑みて三〇キロで抑えてください』
「街に着く時は三日後になりそうだな」
軽くため息を吐きながらスフェーンは速度を少し上げると列車が工事現場を抜けた所で入口の隔壁が閉鎖された。
『システム侵入履歴、および開閉記録も削除』
「痕跡は残さないってか」
徐行運転をしながら前進する一本の列車。申し訳ないと思えばそうだろうが、元々えらく長く放置されてきた物だ。持ち主が取りに来ない以上、自由に
使っても怒られる事は無いだろうし。何より自分の今後の生活が掛かっているので仕方ないのだ。
「んじゃ、これから色々とよろしく頼むぞ」
『はい、お任せください』
列車に行ったつもりだったがルシエルが反応した事にやや苦笑しながらゆっくりと列車は線路を進み始めていた。
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「ところで何だが、」
『何でしょうか?』
そんな回想に思い老けている所でふと疑問に思ったスフェーンの疑問。
「どうやってあの時周囲のネットに接続したの?」
『あぁ、簡単です。工事現場のシステムを復旧した際。古い回線が残っていましたので、そちらを使わせていただきました』
「…」
なるほど、古い回線ですか。
「古い回線って今でもネットで繋がるのか…」
『古くとも情報収集を行う上で不満な点はありませんでした』
そんな事を話しながら列車の天井を軽く眺めて点検をしていると『ギザギザハートの子守唄』を流しながらリュカが登ってきた。
「あら、どうしたんです?」
「点検だ。お前の列車のな」
リュカは片手に青い工具箱を持っており、口には煙草を咥えていた。
「点検してくれるんですか?」
そんなリュカの行動に少し首を傾げていると、彼はスフェーンの列車を見ながら一言。
「さっき台車を見たらかなり負荷がかかっていた。だから台車検査をしないかと提案しに来たところだ」
「なるほど…」
台車検査を行う事自体はよくあるが、最近はあまりしていないかとふと思い返す。
日々の点検を怠ると酷い目に遭うのは傭兵時代から重々承知している事象だ。
「どうせここ六日間は動かないんだろう?」
リュカの目を見てスフェーンも少し笑った後に頷いた。
「…そうね、お願いしようかしら」
どちらにしろこの規模の台車点検は長くても四日で終わる。タダで間借りすると言うのも向こうとしてみれば気分がすぐれないだろうし、こちらも少々思うところはあったのでリュカの提案に乗る事にした。
前のウリヤナバートルの時のオーバーホールと違って小規模の点検なのでそれほど時間もかからない。間借りをさせてもらっているのでちょうど良いと言えるだろう。
「んじゃあ、すぐに始めさせてもらうぜ」
「えぇ、分かったわ」
するとリュカは足場のベルを鳴らすと工場の従業員に言った。
「台車点検だ!始めるぞ!」
拡声器を使って伝えると、すぐさま従業員たちはスフェーンの列車の足回りに群がって車体を浮かせる装置を使う。
クレーンによって列車は挟まれると車両毎に分割作業が行われる、非常に慣れた手つきだ。
「あぁ、中の武装区画には手を出さないでよ?」
「分かってる。元々台車点検だ、触らねぇ部分だよ」
リュカはそう言い、簡単に吊り上げられた列車を見る。
「料金はあそこの値段表を参考にしてくれ」
「はいはい」
工場の壁に貼られた値段表を見てスフェーンは少し考えた後にリュカと軽い値段交渉に入る。
「少しまけてよ?」
「…ふんっ、どうかな」
煙草を吸って灰を足場に落としながら答えたリュカに少しだけスフェーンは不満げな表情になった。




