#71
朝の点検の後、スフェーンは街に繰り出していた。
修理工場に列車を置かせて貰っている身なので何か謝礼でも送ろうと思いながらマーケットを歩いていると、ルシエルが話しかけてきた。
『スフェーン、ミケという人物を調査しました』
「お、どんな感じだった?」
スフェーンが聞くと、ルシエルは少々ため息をついた後にスフェーンに言った。
『本名ミケ・アルハンド。コンベア大峡谷のシリコン鉱山の大手企業であるイスラライン化学社の二代目の社長の息子です』
「…」
写真付きで出て来る資料を軽く見ながらスフェーンはその写真に映る小太りの少年が昨日のあの小僧と認識する。
『彼は社長の四人兄妹の末っ子で、父親の重要なパーティーなどに彼が出席した痕跡はありません』
「…なるほど」
我儘坊主なのは愛されて育てられた訳では無いから。と言うことか…。
「可哀想なこったねぇ…」
そこでヴェイプを差して一服するスフェーン。
なるほど、出来る社長らしいが中々に其奴は血も涙もないようだ。
「じゃなきゃ生き残れんか…」
隙や怠慢が直ぐに崩壊を生むこの状況下で家族すら満足に愛せないと言う事だ。
「まぁ、うちの知ったこっちゃ無いが…」
そして昨日とは別のマーケットに入ると、そこでは主に衣服を取り扱っていた。
「ふむ…」
相変わらず多くの人が行き交うマーケットだが、スフェーンはそこを縫う様に合間を抜けて歩く。
コンベア大峡谷は東西が大災害の際に裂けた時に街が崩壊し、スクラップアンドビルドで再興した都市だ。
こう言うマーケットには一本裏を入れば禁制品も売られている事が多くあるが、行き過ぎると軍警による摘発が行われる。
「良い服は…」
そこでスフェーンは新しく顔を隠せるくらいの上着を求めてマーケットを彷徨う。
如何せんこんな見た目なので、彼女は歩いていても良く声を掛けられた。
「お嬢ちゃん!良い服あるよ!」
そう言って店に置いてある品を見ると品質が低すぎて話にならず。
「どうだい、安くするよ?」
そう言われて出された品物が偽物だったので店主の腹を殴り飛ばし。
「お嬢ちゃんかわいいねぇ。どうだ、ウチにおすすめの品物があるんだ」
そうして入った店で下心丸出しだった店主に向かって股間に一発銃弾を放ってイチモツを破壊させてあげたりと散々な結果だった。
そんな散々な目に遭って諦め掛けた時、
「どうだい?お嬢ちゃん」
とある衣服を売る露天に立ってスフェーンはそこで売られていたフード付きのトレンチコートが少し気になった。
「子供サイズもあるよ。便利な光学迷彩付きの防弾防刃仕様ネ」
少し訛りのある話し方をする店の太ったおばちゃんはそう言うと、スフェーンはそのトレンチコートを見ながら聞く。
「…おばちゃん、これ見ても?」
「あぁ、いいヨ」
そしてトレンチコートを手に取って見てみると、そこでスフェーンはその使い方を聞く。
「どうやって迷彩を起動するの?」
「着て使えば分かるネ」
そう言われてダブルブレストのボタンが特徴的な軍用のトレンチコートは自分の身長にも合う大きさで、フード付きだったので被るとそこに顔全体を隠せる黒い布が張り付いており、それを下ろすと鏡に映っていた自分の姿が消えた。
「なるほど」
「私のオリジナル。高なるけど自信作ネ」
おばちゃんは姿の見えなくなったスフェーンをしっかりと見つめているので恐らくサーマルを使って見ているのだろう。
基本的に光学迷彩は熱を発するので、どれだけ遠くで離れていてもバレてしまう。故にあくまでも奇襲用としての運用が主で、そんなサーマル対策で折り畳み傘を多くの歩兵は持っていた。
顔を隠せる上に光学迷彩付きのこのトレンチコートをスフェーンは気に入った。
「おばちゃん、これ一つ」
「毎度ネ!」
そしてスフェーンはおばちゃんにコートを着たまま支払いをしていた。
その後、マーケットで新調したトレンチコートを羽織りながら都市を歩く。
『光学迷彩を使用可能なコートですか…』
「良い買い物でしょう?」
『まぁ、使えないことは無さそうですね』
ルシエルもスフェーンの買い物にこれと言った不満げな様子も無く、次に間借りするリュカの整備工場に贈る贈呈品を見繕うために店に向かう。
「確か煎餅が好きとか言っていたっけ?」
『はい、昨晩ペグ氏より伝えられた情報の中に彼は煎餅が好みであると』
「んじゃ、一番良いやつを貢ぎますか…」
そこで近くの煎餅屋に入ってそこで簡単に詰め合わせを買うとそのまま店を出る。
その後、煎餅詰め合わせを片手にリュカの整備工場に戻ると、そこでは数人の男女を問わない子供達が出勤しており。見慣れない顔のスフェーンに首を傾げていた。
「お客だ、手ぇ出すなよ」
そんな彼等に対し、工場から出てきたリュカが言うと工場に勤めていた小さな職員達はスフェーンを一瞥した後に工場に消えて行った。
「ありがとうございます」
「…こっちも仕事の手を止められると困るだけだ」
そう言って去ろうとした時に、スフェーンはリュカに買ってきた煎餅詰め合わせを手渡す。
「一週間、世話になるので」
「…どうも」
そんなスフェーンの好意を少し緊張した様子で答えながら受け取ると、そのままスフェーンから逃げるように去って行った。
間借りしている車両工場は二本分の十三両編成列車が入れるほどの大きさであり、勤めている従業員の数は百数十人。工場にはスクラップから再生された貨車が販売されていた。
その種類はコンテナ車から始まり、ホッパー車やタンク車、果てには客車までも販売していた。
「色々あるわね…」
そんな貨車市場を見ながらスフェーンは施設を歩いていると、そこで再び声をかけられる。
「おい」
「?」
そこではリュカが工具箱を片手に立っており、スフェーンを見上げていた。
身長がスフェーンよりも少し小さい彼は貨車を見ていた彼女に注意するように言う。
「下手に商品に触るなよ」
「あぁ、ごめんごめん」
工場の外で販売されている貨車や客車の数々、恐らく注文を受けて各種改造を施すのだろう。
「ちょっと貨車を買おうかどうか悩んでね」
「…そうか」
スフェーンの返答にリュカはそのままクルリと方向を変えるとそのまま歩き去った。
「変な奴ね…」
『彼は先ほどからこちらを見る回数が多い様子ですね』
「かと言って好かれた訳じゃなさそうだけど…」
トレンチコートを羽織り、橋の通行許可が出るまでの間を匿って貰っているのであと六日間は世話になる。
列車は上に吊り下げられた通路があり、そこに登ると列車を上から眺めることができる。
「…」
何気に久しぶりに見た気がする列車の天井。一人で苦労して洗浄し、赤と灰色に塗装した時の記憶が思い出された。
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時は遡ってスフェーンがタルタロス鉱山にいた頃。
ルシエルとの初めての交流を終え、洞窟を出るためにルシエルによって提示された崩壊した洞窟のルートを進む。
「こんな状況で暑くねぇのな」
洞窟の崩落した岩を掴んで登るスフェーン、正直まっぱなので何か服を欲しいと思いながらも…
「こんな状態じゃあ、誰もいないだろうな」
完全に崩落し切った洞窟。道は崩落した岩や砂利で埋もれており、まともに人が生きているとは思えないような景色だ。
「中々に崩れてらぁ」
崩落した坑道を歩きながらスフェーンは岩に手を触れる。
『スフェーン』
「何だ?」
そこでルシエルが話しかけてくる。
『この先は崩落で道が塞がっています』
「だろうな…」
岩を乗り越えた先で完全に崩落し切った洞窟を見てスフェーンは軽くため息を吐くと、そこでルシエルが言う。
『次のルートを策定しますか?』
「…いや、」
そこでスフェーンは崩落した砂利の壁に手を当てると、そこで目を閉じた彼女は言う。
「このままこいつを退かしても良さそうだ」
すると目の前の砂利の山が、スフェーンの手から這いずり出るように伸びるエーテルに包まれると跡形もなく消えていた。
『分かりました。このまま誘導を継続します』
ルシエルはスフェーンの視界にルートを示すと、そのまま坑道を登っていく。
自分が知っている坑道とまるっきり違う形状に変化している洞窟では、時折逃げ遅れて押し潰されたオートマトンの姿があった。
『生体反応はありません』
「そうか…」
そんな残骸の横を通り抜けながらスフェーンは洞窟の崖に手をかけて登る。
「遠いな…」
『現在のスフェーンの身長ではこの崖を登る事は苦労するでしょう』
そして手を掛けていた崖から一度降りると、そこで地面に倒れた。
「はぁ…はぁ…」
そして上の方の小さな穴を見ながら叫ぶ。
「だめだぁ〜」
小さな体になったせいで体力が大幅に消失、おまけに地の底からここまで歩いたことで疲れてしまった。
『体力の著しい損耗が確認されます。一度ここで活動を停止するべきでしょう』
「あぁ、今日は休憩させてくれ」
そう答えて砂利の上でへたり込んだスフェーンはそこで洞窟の壁に背を預けるように座り込んで目を閉じる。
「…なぁ、ルシエル」
『はい、どうかしましたか?』
そして目を閉じた状態でスフェーンはルシエルに聞く。
「この洞窟を本当に抜けられると思うか?」
『可能な限り、迅速に抜けるルートを選定しているつもりですが…何かご不満でしょうか?』
そんなルシエルの返答にスフェーンは軽く首を振った。
「…いや、お前さんには答えられんかもな」
『どう言う事でしょうか?』
「まぁ、いずれ分かるだろうよ」
スフェーンは頭に響くような慣れない感覚に軽く気疲れをしていると、
「ん?」
ふと座っていた場所で微かに空気が流れているのを肌で感じた。
「風…」
『洞窟内に空気が流れています。近くに上昇気流がある可能性があるものかと』
「…行ってみるか」
そこで彼女は風下に向かって移動を始める。
風下の先は大抵が低気圧がある場所、そこから先は上昇気流が発生している可能性がある。つまり地上と繋がっている可能性があると言う事だ。
「でもここってまだかなり深いはずだぞ?」
なにせオートマトンで降りても相当時間のかかったほどだ。地上にはまだ遠いはずだと思っていると、目の前の岩肌に空気が掃除機のように吸い込まれていた。
この崩落事故で恐らく崩れたのだろう。その先に大きな空間、それも地上に繋がっている可能性があった。
岩を少し削って中に入り、その先の風の抜ける洞窟の先でスフェーンは驚いた。
「何だこりゃ…」
そこには整えられた壁で出来た施設があったからだ。




