#67
大災害の話は、トラオムに住まう人間であれば誰もが知っている話だ。
大地が割れ、星を覆う程飛翔する活性化エーテル。それに伴う津波。
人や動物などを覆い尽くし、多くの建物をエーテルの質量で押し潰した大災害。
カーマンラインまで勢いよく噴出したエーテルの足元、割れた大地はエーテルが地表を突き破って生まれている。
その反動は星全体を震わせ、エーテルの津波を生んだ。
そして地面を引き裂いたエーテルは遥か空まで打ち上がり、その残骸は今でも世界中に残されていた。
荒野の乾いた風が吹く中、スフェーンの列車は走る。
巡航速度で鉄路を走り、依頼された荷物を運ぶ。
途中で野盗に襲われる事があっても武装強化をしたおかげで軽い野盗であれば撃退する事ができた。
「ふぅ…」
ヴェイプを吸う彼女は部屋で一人、古い本を読んでいた。
木材が高い現在、こう言う紙の本は電子書籍と比べると高いが、資産の一つにもなる上に紙を一枚一枚捲って読む事は電子書籍を読むよりもゆったりと時間を過ごせる…気がする。
ただ部屋に一つ、木目の物が置いてあるだけでも心は落ち着くのは直感的に思っている。
『人の作る物語は想像に富んでいますね』
「まぁ、それが人というものよ。じゃなきゃこんな発展しないって」
そう答え、本を閉じるとルシエルは伝える。
スフェーン的には人の発展の原動力は想像力と変態度の高さだと思っていた。
『間も無く、コンベア大峡谷に到着いたします』
「はいよ」
そして運転室に入って前を見ると、そこでは一つの都市を見た。
コンベア大渓谷は大災害の時に吹き上がったエーテルにより、都市を二つに分断された大災害の影響を直接受けた都市だ。
都市を引き裂いたエーテルの影響で北西から南東に掛け長い地面の亀裂が発生しており、その長さは最長40キロに達する。
嘗ての大災害が生み出した巨大な地裂で、普通であれば捨てられる都市であったが、ここでは良質なシリコンや錫がとれるが故に放棄する損失の方が大きいと判断されたことで地裂に新たに橋が掛けられる事になった。
「ヒュ〜♪壮観な眺め」
数多の貨物列車が待機する中、スフェーンは東コンベア地区と呼ばれる都市の東側の貨物取扱ターミナルに到着する。
二つの都市が一つになっており、それぞれに東西のどちらかの地名が最初に付けられている。
「ネフィリムも居るのね」
そう言い、遠くの専用路線にて佇む巨大な貨物列車を見る。
一つの貨物船が陸上を走っているかのような巨躯は、遠くから離れていてもよく見える。
『ここは交通の要所、ネフィリムの載せ替えの場所でもありますね』
「えぇ、だから橋の通行許可がいるのよ」
そう言いながら、スフェーンは都市のビルほどの大きさの主塔を見ていた。
東西のコンベア大峡谷を繋ぐドン・カルロス一世橋と呼ばれる橋は全長23キロの道路・鉄道併用橋であり。片側六本の線路が通る橋が架けられており、それが二つに分かれて隣接している。
上下の二層構造であり、下では崖から並行するモノレールが走っている。
こんな橋には重量制限がかけられており、複々線専用のネフィリムは橋を渡る事ができない。
しかし迂回しようとすると時間がかかるので、この橋を使って荷物の積み替えを行なっている。
そしてこの都市では多くの貨物列車が行き交うので、橋を渡る際は事前に橋の管理局に連絡をとって橋を渡る予約をしなければならない。
『ドン・カルロス一世橋管理局より連絡。一週間後の通行許可をとりました』
「一週間?!」
その期間の長さに若干スフェーンは驚く。
「長すぎるでしょ…」
『これでも限界のダイヤを組んでいます。最近は交通量は増えている一方だそうです』
「はぁ…仕方ないか」
片側六本、計十二本ある線路の内の半分、三本ずつはネフィリムからの積み替え専門の鉄道が走る。ネフィリムから下ろされるコンテナを横のまま運ぶので三本の路線を使うのだ。
そして残った三本の内、二本は運送業者や複線専用機関車が使用、残った一本で運び屋や単線用機関車が走る。
そしてここはネフィリムが通るような幹線…もう分かるだろう、明らかに通る列車に対して線路の数が圧倒的に足りていないのだ。
故にコンベアではこのように待機中の列車が山ほどおり、輸送が一部滞る程だった。
「仕方ない、しばらく街に宿泊か…」
なのでコンベアでは新たな橋の建設が行われており、それは片側八本の更に巨大な橋だと言う。完成はまだ先なので今のスフェーンにはあまり関係のない話であった。
『都市のおすすめの飲食店を検索しますか?』
「いや、その前に弾薬の調達」
『了解です』
今回の仕事の際、野盗は自己防衛装置のおかげでオートマトンに乗る必要はなかったが。代わりに大量に弾薬を消費するので、ここいらで補給をする必要があった。
『エーテルの補給も要請しておきます』
「頼む」
留置線に移動し、予約表を確認したスフェーンは小銃と拳銃を持って街に向かった。
都市では自分と同様、橋を渡る為に待ちぼうけを喰らっている運び屋や運送業者で溢れていた。
「人が多い…」
『マーケットは大賑わいですね』
いつものようにサングラスを付けて都市を歩くスフェーンだが、人混みでまっすぐ歩くのが困難な程、人が多くいた。
「弾薬はどこで買える?」
『通りの近くにいくつか店舗があります』
コンベア大峡谷は東西で都市が分かれており、大峡谷は鉱山も存在しており。多くの軽便鉄道が行き交っていた。
現在は東コンベア地区にいるスフェーンはそこのマーケットを歩くスフェーン。
今まで巡ってきた都市に比べると治安は中の下くらいだが、あまりにも人の数が凄い。こりゃ企業が新しく橋をかけたがるわけだ。
「一週間の滞在かぁ…」
マーケットを抜け、通りに入ったスフェーンは少し顔を上げる。
空はやや曇天、一雨降りそうな雰囲気が漂っていた。
「新しいローブでも買うかねぇ…」
ナッパ服に帽子、サングラスを付けて背中には小銃と太腿に拳銃、腰にはスコープを入れるケースと布製の弾薬盒を二つ付けて巻いていた。中にはそれぞれストリッパー・クリップに入った小銃用弾薬と裸で突っ込んだマグナム弾の弾薬が入っている。
『顔を隠すものが欲しいのであれば、ガスマスクでよろしいのでは?』
「できれば頭も隠しておきたい…今だと色々と不安だから」
なにせ、なまじ整っていると思えるしサングラスという顔の一部しか顔を隠せていない事実に不安は拭いきれない。
いくらこれで今まで何とか通って切れたと言えどこの前の様に目を隠していただけでは通用しない場合もある。
目元全体を隠していると、目線を追われる事もなく。また輪郭だけ見られるので認識しずらいのかどうかは分からないが、声を掛けられる事は格段に減っている。
ただロリコンに関しては変わらず近づいてくるのでお見舞いをしないといけないのが面倒なところだ。
救いなのはそっちの場合だとほぼ確実で向こう側が悪くなるので自分に罪は擦り付けられない所だろう。
『そういう事ならば、あまり否定は致しませんが…』
「できれば光学迷彩付きのがあれば良いけどねぇ…」
そして信号が切り替わって歩道を歩くスフェーン。
車や人の行き来は激しく、その中に混ざってスフェーンは少し息を吐く。
「少し早めに帰ろうかね…」
『近くにファストフード店があります』
「んじゃ、今日はそこにしますか…」
そして彼女は近場のファストフード店に歩いて行った。
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その後、昼食を取ったスフェーンは一旦都市から留置線に戻ると、そこでは見た事の無い人影が一つあった。
「?」
弾薬やエーテルの補給のそれかとも思ったが、車が無いのでそれはない。
では車上狙いかと思うと、それも無い。だってそこに立っている人影は子供で、尚且つ悪意を今のところ感じ取れないからだ。
「あの〜」
「うおっ!」
自分の列車の前でぼんやりと眺めていた少々小太りの少年はスフェーンに一瞬驚く。
「ご、ごめんなさい」
スフェーンに驚いてペコペコと頭を下げる少年は列車を見ながら一言、
「いやぁ、良い列車ですね」
「そう?」
スフェーンの赤と灰の二色の貨物列車を見ながら少年は言う。
「この列車は貴方の物なんですか?」
「そうね」
ヴェイプを一服しながらスフェーンは答えると、少年は再びスフェーンの列車を見る。
「綺麗な列車だ…」
「んで、何か用?」
そして列車を見る少年に問いかけると、彼は一言。
「率直に言うと、僕はこの列車が欲しいです」
「…」
少年の返答にスフェーンはヴェイプを咥えたまま一瞬驚いて少年を見ると、彼はスフェーンを見ながら言う。
「いやぁ、僕はこう言う鉄道車両を集めるのは趣味でして…」
「はぁ…?」
まぁ、そう言う趣味を持っている人間は知っているが。多分、目の前の少年もそんな感じなのだろう。
「カーゴスプリンターはまだ持っていないんですよ」
「ふーん」
話半分に聞くスフェーンはシーシャを一回吸った後に少年に答える。
「悪いけど、こいつは売らないぞ」
「何故です?」
「そりゃ私の商売道具だからさ」
列車の壁に手を当てながら答えるスフェーン。しかし少年は諦める様子は無く、スフェーンに聞く。
「代金はお支払いしますよ?」
「まぁ、値段にもよるかもねぇ〜」
スフェーンは列車を見ながら答えると、少年はメモ帳に金額を記してスフェーンに見せてきた。
「これ位でどうですか?」
そうして提示された値段を見てスフェーンは笑う。
「はははは、」
そこでスフェーンは真顔になって少年に言い放つ。
「何馬鹿な事言っているんだ」
そんな金額で新しい機関車が買えるか、馬鹿者。
「詐欺か冷やかしなら帰ってくれ。坊ちゃん」
そう言い手で軽く少年を払うと、彼はそんなスフェーンを見ながら言う。
「そうですか?なら、」
そこで指を鳴らすと、列車の影から屈強な大男達数人が現れてその手には拳銃が握られていた。
「これで僕のお願いを聞いてくれますか?」
小馬鹿にする様な目をスフェーンに向けながら少年はスフェーンに再度おねだりしてきた。




