#53
後ろで私を抱き枕にして寝ているサラ・アンデルセン、彼女の経歴はだいぶ特異的だ。
『サラ・アンデルセンはスラム街生まれの少女で、母親は娼婦。カジノ王、シェリド・アンデルセンとの合意の元で出産したようです』
「合意ね…金?」
深夜、先程までスフェーンを抱き枕にして少し嗚咽していたサラはそのまま強く抱きしめて寝ていた。
一日くらいは良いと言ってしまった手前、今日はこのままだなと軽くため息を吐くスフェーン。
『いえ、状況から見るに恐らく金の問題ではないかと』
「本物の愛?まぁ、金持ちはロマンチストだがね」
そこで軽くスフェーンは鼻で笑う。
自分があの大型サイボーグに腕を握りつぶされた時、彼女の顔は尋常ではないほど焦っており、スフェーンはそこで違和感を感じていた。
「しかし、まさか妹がいたとはねぇ」
街で自分を妹にしたいと言っていたり、さっきもグレイと誰かの名前を呟いており。この様子だと、恐らくグレイという名前で彼女に妹がいたのだろう。
「このお嬢様に妹なんていたのか?」
その疑問にルシエルが答える。
『いえ、そのような情報はありませんので。恐らく義理の妹かと』
「あぁ、なるほどね…」
恐らくスラム街で知り合った仲なのだろう。あそこでは義理の兄弟ができるのはよくある話だ。と言うより、スラム街を一人て生きて行くと言うのは不可能な話なのだ。自分がそうだったのだから。
『スフェーン、グレイと呼ばれる人物について検索は行いますか?』
「いいさ、大方の予測は付いている」
多分、何かしらの持病で若くして死んだのだろう。そしてその死んだ人物と、自分をこの少女は重ね合わせているのだろう。
今は背中でぐっすりと眠っているが、起きたら色々と混乱しそうだなと思いながらスフェーンは考える。
「気取った強気のお嬢様でも、中身は年相応なのね…」
『今のスフェーンは子供ですよ?』
「ガワだけな」
スフェーンは少し表情を顰めてルシエルに反論すると、彼女を抱くサラの腕の力が少し強くなる。
「全く…」
高額依頼に吸い寄せられたのが運の尽きかなと思いながらスフェーンは彼女が起きるまで目を閉じていた。
「…んっ」
ゆっくりと瞼を開け、視界が朧気に回復してくるサラ。
自分の目の前には灰色の髪があり、自分の腕は誰かを抱いていた。
「っ!」
そしてサラは深夜の事を思い出すと、顔を少し赤くした後に笑った。
「よく寝れましたか?」
「…えぇ」
スフェーンの問いにサラは頷くと、彼女を抱いたまま起き上がる。
「なんで抱きついたままなんですか…」
「この方が私は良いから」
「はぁ…」
呆れるようにため息を吐いたスフェーンは抱き枕されたままテーブルに足を伸ばす。
「よ…っと」
そして置いてあったシーシャを手繰り寄せると、それをサラは抜き取った。
「今はダメ」
「……」
そしてサラはそのままスフェーンを抱きしめたまま、首元に顔を埋めると生暖かい息がスフェーンの首元を流れていった。
「このままですか?」
「もうちょっとだけ…」
二人で色違いの同じネグリジェを纏っている今、スフェーンとしてはすぐに着替えたかったのだが。サラは今のスフェーンを堪能しているようにも見えた。
そしてその後、満足したのか。サラは抱いていた腕を解いてスフェーンを解放すると。早速スフェーンは着替え始めた。
「サラさんも着替えてください。あと数時間で目的地に着くはずなんで」
「えぇ、分かったわ」
そしてスフェーンの言葉にサラも軽く頷くと、二人は着替え始める。
羞恥とかそう言う感情はこの体にすっかり慣れたスフェーンには無かったし、なんなら昔は子供の面倒を見るために男女入り混じった混浴風呂に入れさせられた事もあるわけで……どっかのロリコンのように幼女の裸体を見たところで興奮する事もなかった。
今考えるととんでもない話だが、孤児院には多くの仲間たちが引き取った孤児たちが集まっており、その世話をする事になるのもよくあった。
「(今はどうしているかな?)」
今の自分は追われている立場だが、それでも過去に自分の過ごしていた場所に想いを馳せる事はある。
今では企業と業務提携という形でアイリーンの仕事を受けている赤砂傭兵団。ぶっちゃけブルーナイトが中では音頭を摂っていたので、自分がいなくとも組織としての運営は万全にできる。
「(恥ずかしいな、こんな状況でも仲間を気にかける自分が…)」
『それは恥ずかしいことでもないかと』
「そうかい?」
丁寧に折り畳まれたスーツを着るスフェーン。量産品だが、丈夫に出来ているおかげで昨日のあのオートマトンの襲撃があっても破れる事はなかった。
『人は誰しも、故郷と呼ぶ場所に想いを抱くと言います。貴方にとって、それは赤砂傭兵団である事に違いはないかと』
「…そうだな」
そしてホルスターを背負い、上からジャケットを最後に着ると。後ろで白いシャツにベージュのカーゴパンツを着るサラが着替え終わったスフェーンに言う。
「少し手伝ってくれない?」
「はいはい、何です?」
そこで彼女はバレッタを取り出すと、それを後ろでつけてくれと言った。
「これで宜しいですか?」
「ええ、ありがとう」
そして着替え終えると、次にスフェーンは化粧をする前にサラをちゃぶ台の反対に座らせた。
「さてサラさん、お話ししたい事があります」
「…」
何を言いたいのか、サラはよく分かっていた。だから何も聞かずに素直に座り込む。
そしてちゃぶ台の上に一丁の拳銃、サラがスフェーンにあげたあの拳銃を置いた。
その拳銃をちゃぶ台の真ん中に手で押してからスフェーンはゆっくりと口をひらいた。
「貴方が何を思ったのかはわかりませんが、サラさん。貴方には姉妹がいたんですね?」
「…えぇ、そうよ」
サラは頷くと、スフェーンはさらに聞く。
「私を妹にしたがったのは何故ですか?」
「…少し、昔話をしても良い?」
その問いにスフェーンは静かに首を縦に振ると、サラは少しゆっくりと思い出を語る。
かつて自分にはグレイと言う義理の妹がおり、彼女は重度のエーテル過敏症だった事。
彼女の治療の為に、今の父と取引をした事。
しかし彼女は結局、病が回復する事なくそのまま天に昇って行った事。
「それ以降、私は貴方のような子を見るたびにグレイを思い出してしまう」
今回、高額な依頼を提示したのは。グレイに似た少女に少しだけ幻影を重ね合わせてしまったから。
「ごめんなさい、スフェーンさん。貴方に故人を重ねてしまって」
全てを話した後、それを静かに聞いていたスフェーンはそこで閉じていた目を開けながら言う。
「…残念ですが、私は貴方の妹になる事はできません」
「…」
はっきりと言われたその事実に、サラは驚く事もなければ悲しむ事もなかった。
彼女はあくまでもスフェーン・シュエットと言う個人であり。自分がかつて愛したグレイではないのだから。
「貴方が故人の幻影を重ね合わせた事には、私は特に文句を言う権限はありませんが。紅茶に睡眠薬を入れた事に関しては、少々私も言いたい事があります」
「…そうね」
途中で降ろされても文句は言えない。故意に睡眠薬を入れたのは事実だし、それによって列車の運転士が業務に支障をきたすような事は鉄道管理局の規則違反にもなり重罪となる。もし、スフェーンがこれを提示した場合。甘んじて受け入れる覚悟もあった。
その為に父親に出した家出状にはいざとなったら切り捨てて欲しいと書いてきたのだ。
「ですが、」
そこでスフェーンは拳銃に手を当てたまま言う。
「友人と言う関係であれば。私も異論はありません」
「へ…?」
スフェーンの言葉に顔を上げたサラは、そこで自分の顔をしっかりと捉えるスフェーンの灰色の瞳を見る。
「私は、貴方の妹になって。貴方の記憶の中で生きる、貴方の妹との記憶を汚したくは無い。と言う事です」
「…」
スフェーンに言われ、サラは唖然となる。
「故人は生き返る事はありません。幻影と現実が混ざると、記憶の中で生きる人の事も曖昧になってしまう」
彼女はサラに少し戒めるようにも、怒るようにも、注意するようにも見えるような口調で言う。
「それでは、いずれスラム街にいる様な現実とサイケデリックもわからない様な境界線の曖昧な人間になってしまう」
「……」
「生きている人間の記憶で、故人を汚す罪を私は被りたくないです」
スフェーンはそう締めくくると、サラは彼女の言葉に少し驚くと共に考えてしまう。
「…そうね」
彼女の言う通りなのかもしれない。
グレイとスフェーンを重ねていたサラはいつの間にか、彼女にグレイの為に購入していた服までも持ち出していた。
彼女とグレイの境目が少し曖昧になっていたのかもしれない。
「別に忘れろとは言いませんが、せめて分別はつけて欲しいです」
「…そうね」
それを考えれば、私は狂っていたのかもしれない。
「多分、私の中でまだグレイは生きているんでしょうね…」
「故人は誰かの記憶の中でしか生きられません。もしそれが大切だと言うのなら、なおさらです」
「…達観しているわね」
サラはそう溢すと、スフェーンはサラの拳銃をホルスターに仕舞う。
「伊達にこの業界で生きていませんよ」
「はははっ、…所詮は私も温室育ちの人間になっていたのね」
「温室育ちの方が、この世界では幸せな環境だと思いますよ」
「かもしれないわね…」
温室育ちというのは金持ちの子供の事を揶揄する隠語の様なものであり、世間知らずを意味する言葉でもあった。
でも逆に、苦労をせずに生きる事ができる幸せな立場でもあった。
「でも貴方の様な人がいるだけで。その人は幸せだと思いますよ」
「…そう」
そこで少し溢れた涙を拭ったサラはスフェーンを見ると、少し笑みを浮かべて彼女に聞く。
「じゃあ、貴方は私の友人になってくれる?」
「貴方の愚痴を聞いてあげられるくらいには」
そう答えると、スフェーンも軽く笑みを作って目を静かに閉じて答えると。サラはスフェーンの横に座って彼女の肩に身を寄せた。
「じゃあ、私のボディーガードは?」
「私は運び屋で生きて行きますよ」
「…そっか」
勧誘をやんわりと断られ、少しサラは残念がる。
「ってか、諦めて無いじゃないですか」
そしてスフェーンは軽くツッコミを入れると、サラはスフェーンに身を寄せて少し甘える様に言う。
「良いじゃないスフェーン。実力はあるのよ?」
サラは目的地に到着するまでスフェーンから離れる事はなかった。




